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「エナ様おはようございます〜本日の朝食はイチゴジャムのフレンチトーストでございます〜」



侍女のラナがいい匂いを漂わせてカートを押してくる。


半分に切られた黄金色のトーストはテラテラと輝き、イチゴジャムはお皿まで模様を描くように垂らされている。生クリームも申し訳程度に添えられており、さらに上から粉砂糖が満遍なくかけられていた。


(今日もオシャレ……)


エナはこの皿にまで垂らされたアートは理解できないが、ラナが拘っているのは感じている為何も言わず、毎回皿のソースもすくって食べていた。

料理は見た目より味派なのだ。

きっとナナリも同じだろう。



「いただきます」



ラナがエナが食べる様子を微笑み見つめてくる。


「美味しゅうございますか?」


「うん」


「んふふ〜良かったです」


このやり取りは毎朝欠かさず行っていた。

ラナは料理が好きらしく、『ここに来てから料理が出来て楽しいです』と良く言っていた。

エナは別に朝食はなくてもいいのだが、(というか侍女が来るまでは食べていなかった)ラナが楽しそうなので毎朝律儀に食べていた。


家にいる侍女は役割が決まっていて、身の回りのお世話しかしない。

料理は料理人がするし、ベッドメイキングや掃除は使用人がするものだ。


一方、学園に付いてくる侍女は人数が限られるため全てをこなす必要がある。

その為ラナは『旦那様からお話をいただいた時、料理ができるって飛びついちゃいました』とエナに嬉々として語っていた。


そんなに料理が好きなら料理人になれば良かったではないかと思い一度聞いてみたのだが、婚活市場では侍女が人気なのですよとおちゃめに返された。

礼儀作法が完璧なお淑やかな女性という良いイメージを持ってもらえる上に、様々な貴族と会う機会があるので玉の輿も夢ではないらしい。

高位貴族の侍女であればあるほど良いらしく、女子の憧れの職業ナンバーワンなんだとか。



コンコン



「エナ様おはようございます」


「おはようございます」


マリー先生が部屋に入ってくる。


「早速ご報告がございます。

昨日、旦那様よりお手紙を頂戴いたしまして、夏休みに第二王子殿下の婚約発表パーティーを行うとのことでした。

それまでにドレスを仕立てて、礼儀作法も完璧に、とのお達しです。

パーティーに向けて今まで以上に授業時間を増やしますがよろしいでしょうか?」


「え?」


「よろしいでしょうか?」


「あ、はい。もちろん……」


「では、本日から寮に戻り次第、授業を四時間行います。十七時に仕立て屋を呼んでおりますのでお早めにお戻りくださいませ」



要件だけを述べてマリー先生は退出した。

エナはホッと短く息をつく。


マリー先生は厳しい方だ。

先生だから、と納得しようとしているエナだったが、家庭教師だったユジン先生との違いがどうしても頭をよぎる。

マリー先生は厳しいというより冷たい。

空気の読めないエナでも、マリー先生との授業の時間の空気感は何となく窮屈だった。



「エナ様ようやくお披露目なんですね! まだご学友の方々に言ってないのですよね?

私なら自慢しちゃいそうです〜エナ様は奥ゆかしくて流石でございますわ」


(ん? ……お披露目!?)



マリー先生の矢継ぎ早な説明に気を取られて婚約発表パーティーの持つ意味を失念していた。

ただでさえ天才魔術師と持て囃されているのだ。

発表されたら、これ以上有名になるのは必然だ。


エナは王族の婚約者になったからといって自慢するタイプではないし、そもそも婚約者には、内定の段階だったとはいえ、姉のセレナからスライドしてなったようなものだ。

第二王子殿下はセレナのことを気にいっていたかもしれないし、エナにとってそんな大っぴらに言えることではなかったのだ。



(どの面下げて殿下に会うのよ……)



エナとセレナでは比べるのもおこがましいくらいの差があるとエナは思っている。

セレナは、明るく優しい。

抜群に可愛らしい顔とスタイル。

完璧な令嬢なのだ。



「つーかエナ、忘れてただろ。殿下と婚約したこと」



図星である。

あまりにも何事もなさすぎて若干忘れていた。


忘れていたというより侍女の方が慌ただしく他のことを考える余裕もなかったという方が正しい。

マリー先生に婚約発表と言われてポカンとしてしまったのはそのためだ。

殿下との婚約を破棄する術は未だ見つかっていないのに大々的に発表されてしまってはたまらない。




「エナって記憶力のいい部分と悪い部分の差がえげつねーもんな」




「これで成績は良いんだもんな〜信じられないぜ」とバカにした口調で揶揄うナナリ。


「別にそんなに悪くないでしょ! 忙しかっただけだから!」と返すエナ。



ナナリと久しぶりに軽口を言い合っている気がして少し楽しかった。

いつもはこう言う時アンジェが『エナ様に馴れ馴れしくしないで!』と言って強制終了されるのだ。



(あ、そっかアンジェがいないんだ)



「あの、アンジェはどちらに?」



エナはラナに尋ねたが、ラナも眉を寄せ首を振る。

知らないようだ。

あのアンジェに寝坊はありえないから、具合でも悪いのだろうか。



「あーうん。退職したよ。言うの忘れてたわ。故郷のおっ母さんが倒れて自主退職。

今朝慌てて田舎に帰ったよ。顔も真っ青で可哀想だったなあ〜」



思いもよらない人物が情報を持っていてエナは驚く。

そんな大事なことをなぜ忘れるのか。

エナの記憶力をバカにしたくせにナナリも人のことを言えないではないか、と心の中で悪態をつく。



「アンジェさん、私にはそんなこと一言も……では私の方から旦那様にご報告しておきますね」


「んあ、よろしく」



アンジェがいなくなったことで、あっけなく悩みが片付いた。

ナナリとまたたくさん話すことが出来るし、一緒にいられる。


ナナリ解雇危機はひとまず過ぎ去った。

執事など既に形も成していないが、マリー先生は教育以外には我関せずな態度で何も言ってこないし、ラナも仲良くなったからか何も言ってこない。

また堂々とナナリの側にいることが出来るのだ。



悩みが片付いたと言っても、既に次の悩みがやって来ている。

エナの次なる悩みは殿下との婚約発表パーティーだ。





そろそろナナリさん匂ってきましたね〜

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