013 バカな弟子め、隠し事は止めろよな…
ドン、と力任せにドアを閉めた。荒い息を吐き出したまま、研究室のドアに背中を押しつける。まぶたを閉じると同時に、背中がずり落ちていった。
胸の奥深くから感じる痛みに堪えるように、服の胸元を握りしめる。しかし、重苦しい感覚は少しも和らいではくれなかった。
――生意気な弟子め、どうして話してくれなかったんだよ。
抱えた膝に額を押し当て、身体を小さく丸める。何も見たくないし、何も考えたくない。そんな気分だった。
「アンジュ様、いらっしゃいますか?」
どれだけの時間が経ったのだろうか、廊下側から心配そうなステラの声が聞こえてくる。しかし、ドアを開ける気にはならなかった。どんな顔でステラと話せば良いのかが、私にはわからなかった。
カチャカチャ、とドアノブのまわる音が響くが、私の身体で塞がれてドアは開かない。数秒間の沈黙後、ドア越しに「アンジュ様」と名前を呼ぶステラの声が聞こえてきた。私は両膝を強く抱き締めるだけで、呼び声には答えなかった。
「やっぱり、私を見ていたんですね?」
トン、と何かがドアにぶつかり音を立てる。ステラの声と同時にドアが揺れた。
「私、気づいていました。気づいていたのに、気づかない振りをしていたんです。……臆病な私は、怖かったんです」
私が、怖かったのか……私は、ダメな師匠だったのか。バイブルにも書いてあったのだ。ダメな上司は部下を萎縮させる、と。
きっと今のステラがそれなのだろう。ギュッとまぶたを強く閉じる。
「アンジュ様と一緒にいられないことが、怖かったんです」
「……それは、どういうことだ?」
「今、アンジュ様は……私に魔法を使えと言えますか?」
わかっていると言いたげな口調でステラが訊ねてくる。……生意気な弟子め。
私の沈黙を肯定と捉えたのか、ステラは嬉しそうに「ありがとうございます」と礼を言ってきた。見透かされているようで少し苛立ってしまう。
「だから、アンジュ様には言えませんでした」
「……魔法よりも、命の方が大事だろ?」
「私には、魔法の方が、アンジュ様との時間の方が大事です」
キッパリと言い切るステラの声を聞き、身体の芯が急に熱を帯び、ポカポカとあたたかくなる。嬉しいような泣きたいような不思議な気分だった。
「アンジュ様、どうか私が一緒にいることを許してください! 私は、アンジュ様の、『弟子』でいたいんです!」
瞬間、ハッと想い出してしまう。パンパン、と両頬を叩き、薄っすらと涙の滲む目元を拭う。そうだ、私が師匠なのだ。弟子を引っ張るのは、私なんだ!
「私と一緒にいたいなら、魔法は使えないとダメだ。だから――」
立ち上がってドアを開け放つ。前のめりに倒れ込んできたステラを――受け止められずに下敷きになってしまう。背中にズキズキとした痛みを感じながらも、涙を堪えて私は宣言した。
「私が協力してやるから、その『バケモノ』みたいな外見をとっとと治してしまうぞ! 隠し事は、もうなしだからな!」
宣言から二分後、私とステラは床に座っていた。上に乗って私を潰したことが気になるのか、ステラは居心地が悪そうだった。
「ステラ、お前が知っていることを話せ。隠すことなく、全てだ!」
生意気な弟子め、お前が隠し事をするから話が拗れるんだ。……私に余計な心配をさせるなよ。
「えっと、何から話したら――」
「――お前の"特異"魔法についてだ! その『バケモノ』肌の原因なんだろう?」
隣に座るステラに訊ねる。しかし、ステラは十秒ほど口をパクパクと動かした後、シュンとうなだれてしまう。……なんだ、その反応は?
「アンジュ様に、『バケモノ』って言われるの……なんだか嫌です」
「……お前も『バケモノ』って言ってるだろ?」
「私が自分で言うのはいいんです! でも、アンジュ様が言うのはダメです! 『バケモノ』って言わないでください!」
「……ああ、わかったよ」
両肩をステラに掴まれ、力一杯に揺さぶられる。あまりの剣幕に、つい了承してしまった。
「それで、ステラの"特異"魔法は何なんだよ?」
「……"吸収"です」
まあ、そうだろうな。握りしめた石を体内に取り込む場面を見たから、特段に驚きはしない。
「魔法の発動条件は、対象に触れることか?」
「正確には、両手で触れることです。そうすれば、左手で"吸収"できます」
「……お前、"特異"魔法以外は使えないのか?」
触れることが条件ならば、"火"と"風"は難しいだろう。"水"と"土"は触れられるだろうが……。探るように見つめると、ステラは悲しげに首を縦に振った。
「アンジュ様の想像通りです」
「"水"や"土"もダメか? 触れられないわけではないだろう?」
「……何度も試しましたが、一度も魔法は発動しませんでした」
そう言ってステラは立ち上がり、おもむろに床へ両手で触れる。ステラの宝石眼が輝き始めるが、床には何の変化も起きなかった。
「魔法使いとしては、致命的だな」
ステラが床を見つめていた顔を跳ね上げた。諦めに似た表情で下唇を噛み締めている。どうやら魔法への憧れは捨て切れないらしい。心まで負け犬に成り下がってはいないようだ。
「魔法を発動できない者もいる中、使い方がわかっているだけマシだな。"特異"魔法しか使えないならば、"特異"魔法を極めればいい」
「アンジュ様、でも使えば……こんな肌になってしまいます」
「お前は何を言っているんだ? 要は、使い方次第だろ」
魔法使いの壁を二つ、ステラは乗り越えているのだ。次に考えるべきは、自分の魔法をどう扱うかだ。そこに問題があるならば、対応策を考えればいい。悲観するのは、全てを試し切った後だ。
「魔法での制御は考えたのか? 薬でその肌を直すことは考えたのか? どうせお前のことだ、真剣に考えてはいなかったんだろ……簡単に受け入れるなよ!」
ステラの鼻先へ人差し指を突きつける。諦めるのが早過ぎるんだ。
「私の特異魔法は"分解"だ。お前が"吸収"したものを、私が"分解"してやる」
涙が頬を伝い、ステラの表情が泣き崩れていく。泣くほど苦しいなら、もっと早くに助けを求めろよ。まったく、バカな弟子だ……。
ガシガシと頭を掻きながら、呆然と涙を流すステラを睨みつける。私に救ってもらえる、そう考えているならば見当違いも甚だしい。
「まだ可能性の話だとわかっているのか? 必ず、とは約束できんぞ」
「……はい、アンジュ様」
このバカ弟子め、嬉しそうに笑いやがって……期待に応えたくなるだろうが。
「私が"分解"するのは、今時点でお前が取り込んだ分だけだ。これから先は知らんぞ。お前は、お前自身のために、魔法の制御を学ぶんだよ」
「……ありがとうございます」
「おい、ちゃんとわかっているのか?」
「はい、アンジュ様! 私、精一杯に頑張ります! だから、どうか――」
「――お前、私が誰か忘れたのか?」
目元を拭いながら話すステラ、その言葉に被せて私からステラに訊ね返す。不敵に笑って見せた。
「お前の『主人』であり、お前の『師匠』だぞ。お前は、私を信じていろ!」




