覚悟と勇気は別物
家の表には、芝本家所有のものと思しき黒塗りの高級車が二台止まっている。そして門では言い争いが起きていた。
「旦那様は貴方がたとの面談のご意向は無い」
「返答がないのでこちらから出向いた次第だが」
「断りのご連絡を旦那様より申し出ているでしょう!」
「執念深さは、大したようようですな。芝本家の皆さん」
「「旦那様!」」
門に崎田家の主が姿を現す。
「何度来ても、我々が首を縦に振ることは無い。そしてこれは本人だけでなく私の意見でもある。わかったら帰れ。これ以上言うことは無い」
「何を言いますか。私どもとあなた方との婚約の件は、いずれの発展にも大きく影響するものと考えておりまして……」
「ならば尚更互いの考えが合うことは無い。こちとらそういうことに興味はないのでね」
「そうだよ!!」
門の奥から少女の声が響く。
「「お嬢様!」」
「紅葉! 部屋で待っていろと言っただろう!」
「すみませんお父様。止めたんですが」
紅葉を追いかけるように、俺もその場所に現れる。
「……後ろの方に居なさい」
お父様がそういうも、紅葉は人の波を押しのけて芝本家の人達の前に立つ。
「これはこれは。紅葉様自ら参じるとは」
「この際私自身の口からハッキリと言わせてもらう。今回の件は願い下げよ! 何度来たって、何を言われたって、私の考えは変わらない!」
「そうか。なら私どもではなく、下賎のものと付き合うと決めたのですか?名家の名が廃るものだ」
「何よ! 蓮君はそんなんじゃないもん!?」
「下賎で結構だ。アンタらにとっちゃ、俺はただの庶民だ」
人ごみの隙間を蓮は通り、遂には崎田家と芝本家の間に割って出た。
「蓮君! 何を……」
「あいつらから見れば、俺がたいそうな人間でないのは事実だ」
「でも……」
「頼むから下がってくれ。これ以上お父様を困らせるのはやめてほしい」
紅葉は無言で俺のことを見てくるが、俺の目を見てわかってくれたのか下がってくれた。
紅葉が下がっていった後、向こう側の真ん中に立つ男性が俺に向かって言った。
「ひとつ聞くが、君は彼女に対して何をしてやれる。庶民の身であるあんたに」
おそらく芝本秀幸その人であろう。その人は俺を指差し、卑下するように言った。
「少なくとも、初めて会ったあんたよりかはまともに務まるとは思うよ」
「下賎の者は、口だけは達者なようで」
「勝手にそう思ってくれ」
しばらく睨み合った後、あいつはこういう言った。
「そこまで言うのなら言葉ではなく、実力で示してみろ。黒宮蓮と言ったか。私が直々に叩きのめして、どちらが相応しいのか証明してやる」
「叩き、のめす?」
「次の週末だ。覚えておけ」
俺に有無を言わせることなく、彼は振り返って連れの者に一声かける。
「車を出せ。今日はこれで失礼しよう」
芝本家の御一行が崎田家の屋敷を去り、影も形も見えなくなったところで、お父様からこんな話をされた。
「本人の意思というのもそうだが、私としてはもう一つ、見合いをせん理由があった」
「理由、ですか」
「あくまで聞いた話で、確証がある訳では無いから事実かどうかはわからない。どうも向こうには怪しいものが潜んでいるのではないかという噂だ」
「芝本グループの裏……」
「元々十数年前まではどこの傘下というわけでもなく、名の知れた家というわけでもなかった。それがたったこれだけの期間であれほどに成長しているというのが、私にとっては不思議でならない。彼らの裏には何か大きな陰謀があるのではないかと考えている。……しかし今考えるべきことは、目先のことだ」
今度は俺のほうを見て言った。
「良かったのか? ……いや、良くはないだろう。今君は紅葉との関係だけではない、両家の運命を背負っていることになるのだぞ」
視線を逸らし、少し考え込んでしまったが、一息吐いてから俺はお父様の方を向いて言った。
「もちろんこんな状況に置かれて、平然としてられる訳ありません。俺はただの高校生。社会事情がどうだの、家の問題がどうといったことなんて、分かったもんじゃないです」
「だったら君には負担が大きすぎる」
「今のやり取りを見ていてはっきりとわかったことがありました。あの人たちはきっと、婚約に関してはあまり真剣に考えていないのではないかと」
ふと聞こえてきたある発言が気になった。「いずれの発展に大きく影響し……」というものだ。これだけ聞くと、昔の政略結婚を思わせるような発言だ。
いや、結婚なんて建前にもならないだろう。彼らは婚約の話と称して、影響力のある崎田家を取り込もうとしているのではないかと思ってしまう。
相手の態度。というのもあるが、まだ理由があった。
「それに先程お父様と話をして、どれだけ娘さんのお考えを大事にしていたのか、よく分かりました。その心意気は裏切れない。そう思いました」
「黒宮君……」
「それと話は変わりますが、彼らと面と向かって気にかかることがあります」
そう言って俺は、開封済みの便箋を取り出した。
「これは?」
「昨日うちに送られてきたものです。紅葉から手を引け。同様の内容のものが、これを含めて三通届きました。最初に来たものは破り捨ててしまいましたが、残りの二通は残してあります」
「しかし、なぜ今このような話を」
「俺と紅葉が付き合っているっていうことが学院内で明らかになったとき、騒ぎにこそなりましたけど反感を買うようなことはありませんでした。本日の件を考えたら、送り主は彼らになるのではないかと思ったんです。もちろん、あくまでこれは俺の勝手な推測です」
「何それひどーい!」
「まぁ何にしても彼らから忌み嫌われていることだけは十分わかりました。だからこそ、ケリをつけなくてはと思ったんです」
俺の話を聞いて、お父様は一度目をそらしてから言った。
「君は強いんだな。そうでなければこんな事、まず口にはできない」
「そんなことはないです。今更ながらですが、争いごとや面倒ごとは嫌いなんです。できることならあぁはなって欲しかったです。何故あぁなってしまったんだと、後悔もしています」
「それは誰だって同じだ。誰しも衝突はしたくないものだ」
もしかすれば衝突することなく丸め込むことができたのかもしれない。大事になる前に片付いたのかもしれない。決闘なんて挑まれることもなかったかもしれない。しかし今、そうかもしれないと言ったって仕方がない。嘆いたところで変わるものなどない。
「これが君一人の問題ではないことを、どうか忘れないでほしい」
「……ありがとうございます」
そう言っていた俺の身体は、自分でもわかるくらいに震えていた。




