俺もあなたも悩み人
その事件から十日くらい経ってのことだった。
「ただいまー」
「たっだいまー!」
希愛と二人で家に帰ってきてのこと。自分の部屋にリュックを置いてからリビングに入るやいなや、ソファに座ってテレビを見ていたじいちゃんが振り返って、こんなことを言った。
「おぉお帰り。そうだ蓮。なんかお前宛に手紙が来ておるぞ」
「手紙? 一体誰から?」
「それが誰から来たのかわからんくてな。テーブルのとこに置いてあるぞ」
そう言われてテーブルの方に目をやると、真っ白な便箋がひとつ置かれていた。宛名と俺の名前が書かれているが、差出人と思しき者の名前等は書かれていない。
こんなこと珍しいな。少なくとも友人ではないだろうな。わざわざ連絡を手紙にする理由はないだろうし。だったらポイントカード作った店からとか?それとも懸賞の当たり?いやいやそれもないだろう。それならどこから送られてきたか分かるし、後者に至っては覚えがない。
「そう。後で読んどくよ」
その手紙を近くの棚のとこに移動させ、ひとまずは飯と風呂を優先した。
部屋に戻って、その差出人不明の送りものを開封してみる。中には一枚の紙が入っており、こんな文が書かれていた。
貴様に不幸が訪れることになる。それを望まぬなら、崎田紅葉から手を引け。
「……阿呆らしい。こんなもん送るのに労力使うなよ」
馬鹿馬鹿しく思い、俺はそれをくしゃくしゃにしてゴミ箱に放り投げた。
その翌日の紅葉は、珍しく元気がなかった。笑顔ではあるんだけど、以前見た時のような作られたって感じの笑顔だった。座席から様子を見ていたんだけど、いつものようにクラスの女子と話すことはなく、今日は朝から一人で何か予習をしていた。ただそれにしても手がほとんど動いていなかった。
こういう時、どうしてやるのが正しいのだろうか。素直に事情を聞いてやるべきなのか。それともそっとしておいてやるべきなのか。どちらが正しいのかなんて、正解がある訳では無いから分からない。時と場合、あるいは人によってそれは変わってくるだろう。
それでも俺は前者を選んだ。放っておけないってのが、俺の悪いくせなのだから。
「おはよう紅葉」
「あ。お、おはよう。蓮君」
やっぱりぼーっとしていたのか、いきなり話しかけられて驚いていた。
「どうかしたか。何処か具合でも悪いのか」
「ううん! 大丈夫大丈夫。寝不足……かなぁ?」
「そっか。気をつけなよ。それと……」
聞いていいものか悩んでしまう。やっぱり様子がおかしい。いつもの彼女ではない。それは分かっている。
「いや。なんでもない。予習の邪魔して悪かったな」
それだけ言って、俺は自分の座席に戻った。
本当は聞くべきだった。そうするべきだった。でもそれが出来なかった。何故そうしなかった。そうする勇気がなかったからか。遠慮してしまったからか。しつこいと思われるのが嫌だったからか。分からない。解らない。判らない。理解らない。い考えてもその一言が深く脳裏に出てくる。そう悩んでいたら予鈴がなって先生が入ってきた。
「「やっぱり言うべきだったのかな。あのこと……」」
その後も彼女のことが心配になり、ずっと落ち着かなかった。授業の内容もほとんど耳に入ってこないし、お昼休みの時も、将星らから、今日は口数が少ないと言われた。
放課後になって、今日は北島さんとの執行班の見回りだったんだが、落ち着かないことには変わりなかった。向こうからよくわからんことを言われ、俺はそれを適当に流す。大体がこんなやり取りだ。それに関してはいつもと変わらないんだがな。
北島さんとの見回りも終わって応接室に戻ってくると、紅葉がまだそこに残っていて、英語の課題をしているところであった。朝もそうだったが、紅葉は学校に残っていて勉強することはほとんどないらしい。
「あっ。二人ともお帰り」
「我、ここに帰還!」
「まだいたのか」
「なんだかんだ落ち着くからね」
「私御手洗行ってるから、まとめるのよろしくー」
北島さんが御手洗に行ったところで、紅葉が参考書を閉じて、こっちに近づいてきた。
「ん? どうした紅葉?」
「あのね。実は蓮君に話しておかないといけないことがその……あって……」
「な、なんだそんなモジモジとしちまって。別に人の目とか気にすることないだろ」
「そうなんだけどね。その……」
まずいな。あの紅葉がここまで消極的になっちまってるってよっぽどの事だぞおい!?やっぱりなんかあるんだ。絶対そうだ。
口の中に溜まった唾液を飲み込んでから理由を聞こうとする。
その時だった。
「じれったいのよあんたらは!さっきからモジモジとしちゃって!言いたいことあるならはっきり言っちゃいなさいそれでもあなた達恋人なの!?」
「「?!」」
戻ってきた。と言うよりも、堂々と道場破りにでも来たといった方が正しいくらいの勢いでドアを開けて入ってきた北島さんにそう言われ、二人で揃ってビクンとしてしまう。
「李梨華ちゃん?!」
「北島!?」
「おっと。我のことは大魔術師リリーシェ様と崇めたまえ」
そこは平常運転かーい。
「てかトイレじゃなかったのか!」
「それは其方らを欺くための虚構に過ぎない。まぁとにかく。隠そうとしていても、普段と違うってことは我の魔眼がお見通しなのよ!」
「そ、そんなこと……」
何か反論しようしたがそうさせる猶予を彼女が与えることはなく、紅葉の方を指差して高々にこう言った。
「紅葉。三限のあとの休み時間の時にすれ違ったでしょう。紅葉の顔が優れていないのが見えてたわよ」
「え、嘘?!」
「それにさっきまでここで勉強していたわよね。普段ここでやることなんてないのに珍しいのね。人が普段と明らかに違う行動をする時ってのは、だいたい心に何か抱えている時よ」
そして今度は俺の方を指さしてこう言った。
「そして虚無の概念を司りし者こと黒宮蓮。あんたも今日はキレがなかったように思うわ。返しもいつもより遅く感じたわ」
「い、いやなんだその通り名、初めて聞いたぞおい!?」
「やっぱり返答がいつもより一呼吸分遅いわね。迷いがある証拠よ」
「……」
返す言葉もなかった。こいつなにもんだ。たった半日だっていうのに、ここまで見抜いて言い当ててしまうだと!?
「なんでそこまで分かんだよ」
「それはこのリリーシェ様の魔眼が、全てを見透かしているからに決まっている」
またいつものそれかと思ったが、途中で喋りようが変わった。
「と言いたいとこだけど、私、他人の些細な変化とか、そういうことには敏感なの。妹たちがいるから、変化ってものにすぐに気づくようになったわ」
成程。家ではいいお姉ちゃんしてるってことか。そう感心してたのも束の間。
「それで、紅葉が言っておきたいことっていうのは何なの?」
俺の心に水差すように北島さんがそう言ってきたので、また体がビクンとなる。
「……なぁ。一応聞くが、今の話どっから聞いてた?」
「私がこの部屋出てからのこと全てよ」
「「……」」
二人揃って顔が赤くなる。もう隠すのも無理だろう。
「じ、じゃあ改めて。話しておきたいことってのは、なんだ?」
紅葉は一回軽く頷いてから、こう言った。
「私に……お見合いの話が来たの」




