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自らを偽るのも大変です

「すみません。大丈夫ですか?」


 今俺の前にいる人物。ただの偶然にも会話をすることになった見ず知らずの人間ではない。俺のよく知る人物。

 山水高校執行班所属、友人の桐生泰牙だ。




 落ち着け落ち着くんだまずは冷静になるんだ、おかしな挙動を見せようものなら変に思われるのは絶対。怪しいそぶりは見せるな相手が知ってるやつだからといって驚くな。

 邦岡さんにも言われたじゃないか突然のことであろうと落ち着いて判断して行動するんだ、どんな時でも柔軟に対応できる冷静さが必要なんだそれが執行班の在り方じゃあないか。

 それにこれくらいなんだ、知ってるやつに出くわすかもしれないことくらい想定済みだし、ある程度対策なんかも出掛ける前に考えてある。何も今回のことは何気ないただのアクシデント突発的に起こったことだ。変に会話をする必要はない無理にかしこまることもない大袈裟に詫びをいれなきゃいけないわけでもない。

 知ってるやつとはいえ幸いけんかとか言い争いになるような相手じゃあないんだ、俺だと疑われるようなことしなければいいんだ、それでいいんだうんそれでいい。とにかく自然体だ、力むことなく平常心で普段友人と話すような感じで。

 あでも。今の俺は男性ではなく女性。黒宮蓮ではない今の俺、いや私はまた違う自分だ。いつものような感じでは当然ずれが生じる、だからこそ演技で何とかしていくしかない。今の外見らしい感じで……えぇと……




「す、すみませんこちらこそ。このあたり来るの初めてなもので、道に迷ってたら前のほうに意識が向かなくなってしまって……。あぁ、ケガの心配なら大丈夫ですから。お気になさらずー」

「そうでしたかー。怪我無くてよかったです」


 よし。まず自分のイメージ作りに関しては問題ないだろう。やや物静かな感じ。という設定でそれっぽい感じで喋ってみた。

 見た目はそうだが女性になったことに合わせて、声の調子とかトーンも変わっているから、よほどのことがない限りは一発で俺だとばれるようなことはないだろう。ともかく長話は無用だ。さっさと行かねば――


「道に迷ったんだったら案内しましょうか! 俺このあたりには詳しいですから!」


 俺が手助けしてやりますよと言わんばかりにか、ぐいぐい迫ってくる。


「いえいえ。そこまで気を遣っていただかなくても。道を一本間違えただけみたいですから、何とかなりそうです」



 今そういう気遣いはいいんだよぉー!?それに今のその恰好お前今見回り中なんじゃないか!?油売ってないであんたのお仕事しなさーい?!

 愚痴交じりの本音は出さず、心のうちにしまっておこう。出したら出したでなおさらだ。


「そうでしたかー。すみません」

「では私達はこれで。行きましょう」


 横にいる希愛を連れて足早にこの場を立ち去ろうとした。しかしそういうわけにもまたいかなかった。


「あ、あのー! 待ってください!」

「(今度は何だよぉー!?)」


 何度も呼び止めないでくれ頼むから。今お前と呑気にお話ししてる場合でもないんだよ! こっちもいろいろ話せないような事情があってだなー!?


「すみません何度も。もしよろしかったらお伺いしたいことがございまして……」


 相手してる時間もないが、このまま無視して歩いて行ってしまうのもなんだか申し訳なく思ってしまい、やむなくというか仕方なく……というべきだろうか。

 ほとんど意味が同じような気もするがまぁいい。良心に負かされたような感じで、話に応じることにした。


「に……姉さーん。早くしてー」


 うずうずしてるのかじれったいのか、希愛が俺の左腕に頬をくっつけてくる。あいつ時々こういうことしてくるんだが、今になっても、その姿になっていても相変わらずか。


「ごめんねー。すぐ終わるからちょっと待ってねー」


 とりあえずすり寄ってくる希愛を引き剥がす。こみあげてくる何かをぐっとこらえて今は我慢しよう。




「俺、実は執行班の者なんですが……」


 うん。知ってる。俺も持ってる、執行班の証明である手帳を見せてきた。


「ある調査をしていまして、少しばかり質問させていただきたいんですが……」

「わ、私なんかではお役に立てるかどうか……」

「そう気負わずに。ここ最近、このあたりで何か不審なことなんかはありませんでしたか?」

「……といいますと、具体的にはどんな感じですか?」


 長話はあまりしたくない。あんな返答してしまったが、さっさと済ませてしまわなければ。とにかく興味を示すような反応は無し。知らないの一点張りでいこう。


「最近聞いたことなんですが、どうも暴れ者がいるっていうような話で……。俺たち執行班としてはその人物について……」

「えっ、そうなんですか?! よろしかったらこっちからも……」


 思わず声に出てしまったのにハッとして、慌てて自分の口を両手でふさいだ。執行班としては放ってはおけない事案なんだが、今の俺が首を突っ込めば変に思われるだろう。そう思っていたがつい口に出てしまいそうになっ……てた。

 少なくともこの案件は俺たち兼城のもとには通達されていない。要するにこの件は山水の担当区分であって、こっちのものではない。


「あぁ! すみません、突然声を荒げてしまって。実は私の友人もあなたのように執行班? ってものに所属しているものなので……。それでつい気になってしまって……それで……」


 まずい。ついつい気になってしまって前のめりになってしまった。このあとどうすればいい?

 おろおろしてしまいそうになったところに携帯の着信音が鳴った。俺のものではない。


「すみません俺みたいです。ちょっと失礼します」


 携帯を取り出すと、俺に背中を向けて泰牙は電話に出た。


「森嶋さん? えぇ……。はい。……はい。……わかりました。すぐ向かいます」


 電話が終わると、あいつは再びこちらを向いた。


「すみません。こちらとしてもお話伺いたいところですが、そろそろいかないといけないもんで」

「いえいえ。お仕事の邪魔してしまって申し訳ありません」


 泰牙の背中が小さくなっていくのを確認して、ようやく肩の力が抜けていった。サンキュー、森嶋さん。




 ひとまず路地のほうに逃げ込んで、溜まっていた息をすべて吐き出した。


「あっぶねー。ついぼろが出てしまったわー」

「すっかり素になってる……」

「今は人目もないからこうさせてくれ……」


 女性の演技をやめ、その容姿からはイメージつかないような振舞いに。言ってしまえば普段の、本来の自分なんだが。


「あっそ。ところでさぁ、に……姉さん。そういえば周りの人たちは変わってないんじゃないかな。ひょっとして私達だけが性別逆転してるって感じで……」

「今言われてみると……確かに」


 さっさと話を切り上げてしまおうということばかりに意識が向いていたが、こうしてゆっくりと考えて思い出してみたが、あいつはいつものままであった。

 それもそうだが他の人に関しても特に慌てふためいている様子は見受けられない。つまり能力の影響が出ていないということだ。


「広範囲に影響ある能力にしては、対象まで絞れるっていうのか……」

「実際珍しいものでもないんじゃないの?」

「まぁそうだけどさ……」


 能力という物自体まだまだ分からないことのほうが多いため、傾向だとか特色だとかそういうものがあるわけでもないらしい。

 固定概念とか法則があるわけでもないようで。理論が何だと最近は言われているが、不確定要素も多いのだ。


「ともかく。今度こそ別行動だ」

「姉さん。キャラキャラ」

「あっ……コホン、失礼」


 希愛に指摘され、咳払いしてからスイッチを入れなおす。


「では行きましょうか」

「りょーかーい」

「正直さっきのやり取り面白かった」

「言ってくれるねぇ……」

「嫌だなー姉さーん。素敵な顔が台無しでー」

「おーのーれー……」


 弟(妹)にもてあそばれる姉(兄)。

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