輝きが導いてくれた
大通りから離れ、住宅街の中の方へと。もう奴の姿は見えていない。でも不思議と迷いはなかった。こっちに行けばまたアイツに遭遇できる。そんな確信があった。
直感に任せてしばらく走って行ってみれば、その姿を見つけることが出来た。さっきトラックを止めた、赤いTシャツを着た少年を。今度は……何やら囲まれている?
六人の男に行く手を遮られ、動けないでいた。リーダー格の男と、なにやら話をしているのだろうか。下手に関わるのもまずいだろうと、近くの物陰に隠れて様子を伺うことに。
しばらくして、とうとう男達の逆鱗に触れたのか、向こうの一人が若草に向かって拳を振りかざした。しかし――――
「……!!」
ちっとも効いてやいなかった。続けざまに二発、三発と殴ろうと、若草は全く動じなかった。そしてとうとう我慢の限界が来たのか、若草が反撃に転じた。
「?!」
すぐ近くを三人の男が団子状になって飛ばされていくのが、一瞬のうちの出来事だったがわかった。その後は……一方的な展開だった。六人いた男たちは、若草に一撃も攻撃を当てることさえ出来ずに次々と倒されていった。単純な体格差なら、若草の方が不利だと言うのは明らかなのにだ。
動けるやつが居なくなったのを若草が確認すると、なにかブツブツと言いながら、また遠くの方へと歩いて行くのだった。
その光景を見た俺は、頭がどうにかなりそうだった。
わからない。分からない解らない理解ない。俺はどうすればいいのか、一体どれが彼の本性なのか、そして……ここは本当にあいつ自身を照らし出したものだと言うのか。
らしくないことだってのは分かっている。でも今はそんなことを言ってられる状況じゃない。考えるんだ。思い出すんだ。
そんな時俺の頭に過ってきたのは、若草の顔だった。
最初にここに来て見た時は背中しか見えなかったから分からなかったけど、その後のことは確かに覚えている。笑顔だった。真っ直ぐな目をしていた。そして……あの乱闘後の彼の顔は、一瞬しか見えなかったが、どこか哀愁に満ちていた。
思えば学院を襲撃してきた時、そして管理局での件。その時はフルフェイスのヘルメットを被っていたからやつの顔は一切見えなかった。でも今はわかる。
その時のヘルメットの下に隠れていたあいつの顔は、どんなんだったのだろうか。
――――考え込むまでもなかった。きっと悲しかっただろなって思った。そうでなきゃあんなことは絶対言わない。「戦いたくない」なんて言葉が出てきたんだ。その顔には涙さえ流れていたかもしれない。
そしてさっきまで俺が見たあの顔は、決して幻想や作られたものなんかじゃないって思った。それを裏切らないためにも、俺に出来ること――――――
その時、俺は学院の屋上で紅葉に言われたことを思い出した。
「なら……蓮君が助けてあげればいいよ」
そうだ。今それができるのは他の誰でもない。俺一人だけだ。
俺は彼を追いかけ、また走り始めた。
彼の心の内を知りたかった。その気持ちが本当だってことを確かめたかった。そして何より。彼を救いたかった。
走っていくうちに、周りの風景は濁りを増していき、そしてその色は抜け落ちていく。終いには最初に見た灰色一色の世界となっていた。他に何かの存在さえ感じさせない、そんな場所へと変わっていた。
「ちくしょう何処だ! 何処にいる?!」
余計なことなど何も考えずに、ただひたすら前に向かって走っていった。しかし周りの様子は何ら変わって行くことはなく、若草の姿も見当たらない。
一度立ち止まって、周りを見てみるが、見えるのは一面の灰色の景色。気を抜かせば、どこから走ってきたかさえ分からなくなりそうだ。最初に走っていた方向に目を向けてみれば、こちらに向かってくる影があった。
真っ黒な、人の形をした何かがこちらに向かってくる。それも一人ではない。二人、三人、四人……数は増えていき、もう数えられないほどにまで。そしてその大軍は群れをなして、俺に向かって襲いかかってくる。
「邪魔だぁ!! お前らに用はねぇ!」
俺はそれを迎え撃ち、迫り来る黒いものを俺はただひたすらになぎ倒して突き進む。一体。そしてもう一体。行く手を阻むっていうなら己の拳で、その脚で。全て蹴散らして俺は先へと進んでいく。
進んで行った先には間違いなく、彼がいるのだから。
数分相手をしているうちに数が減り、ようやく道が現れた。それに従って突き進もうとしたその時だった。
足元にあった感覚が突如として無くなり、俺の体は下へ。沈みこんでいるんじゃない。間違いなく、落ちていっている。
「……?!」
叫びをあげる猶予もなく、意識は闇の中へと呑まれていった。
今いる場所が現実なのか、それとも虚構なのか。それすらも分からなくなってきそうだ。
次に目を開いてみたら、広がっていたのは海の中を思わせるような藍色の世界だった。音も聞こえず、何かの気配さえ感じさせないこの空間に一人浮かんでいた。
浮かんでいるといえばいいのかなんて分からないが、他にどう表現したらいいものか分からない。水の中とはまた違うし、身動きが取れない訳でもない。率直に出たイメージというのがそれだった。
しかし本当に何も無い。ぐるりと見回してみても、藍色一色。上も下も分からないし、この世界に行き止まりや出口があるのかさえ分からない。
そんな時、胸元が突如として輝きを放ち始めていることに気がついた。その辺りをまさぐってみれば、あのペンダントが輝いていた。あの時よりも小さな光だったが、それでもなお明るく、温かささえ感じた。
そしてもう一つ。俺の足元の方も光り輝いているのがわかった。その先に行けば何かあるのか。もしかすれば彼がいるのか。
そう考えるよりも前に、身体は光の放つ方へと動いていた。
手足を動かし、泳ぐようにして下へ下へと。光の方へと近づいていった。するとどうだろうか。人の姿があることがわかった。そこに居たのは間違いなく――――
「(見つけた!)」
若草だった。一心不乱に手足を動かし、彼の方へと近づいていき、俺は右手を伸ばした。
「聞こえるか! 俺の声が聞こえているなら手を伸ばせ!」
暗闇の中からようやく見つけた、俯いて座る若草に向かって。俺は右手を伸ばして叫んでいた。
「初めてお前に会った時、お前の心の声が聞こえたんだ!『戦いたくなんかない』っていうお前の本心が!それが本当だっていうなら、俺のこの手を掴んでくれ!」
呼びかけてみるも、反応がない。聞こえていないのか?もしくはその心が偽りであったのか。後者でないことを祈りつつももう一度呼びかけようとした時だった。
「む……り……だ……」
力ない声が帰ってきた。さらにこう続く。
「過ちを……俺は犯したんだ……後戻りなんて出来ない……まして……君の手を握る資格なんか、俺には……ない……」
その答えは、偽りでも、真実でも。喜びでもない。悲しみとはまた少し違っていた。
拒否だった。あいつは自分から全てを遠ざけてしまっている。
だとしても……!! ここで引いてしまったら、ここまで来た意味がなくなってしまう!
「昔のことなんてどうでもいい!」
俺はそう叫んだ。そうしたら、伸ばした手の先にいる若草が顔だけでもこっちの方を向いてくれたのがわかった。それを見て言葉を続ける。
「俺だって、出来るって言うなら変えたい過去の一つや二つ持っているさ! でもそれが出来ないことを分かっているから! 全部認めて、受け入れて! そうやって先の未来を生きているんだ!」
「だから今の俺がいる! 不器用で、時々面倒くさがりで!人の為とか言って誰かのことを放っておけない馬鹿な俺がいるんだ!」
「でも……俺は……」
「本当のお前がどんなやつかなんて俺はわからねぇ! でも誰かの為に自分を体張ることの出来る奴だってことは分かる!」
「‼」
「だから……本当の自分にだけは嘘をつくな!!」
「本当の……自分……」
「これから先、こんな俺にできることなんざたかが知れてるかもしれねぇ!だができることなら全力でやってやる! その為にも……」
「手を伸ばしてくれ!! 若草優人!!」
ここから先のことは、意識が薄れてきたことであまり深くは覚えていなかった。でも、俺の伸ばした右手には、彼の手の暖かい感触があったことは確かなことだった。
そのココロには、暖かい輝きが宿る。




