記憶の底に眠るもの
少なくとも、さっきまでいた場所でないことは一目でわかった。それに、自分以外のもの全てが灰色だった。空も、建物も、街の中を行き交う人々も。モノクロの写真の中に吸い込まれたような感じだった。
身体は……動く。さっきまで攻撃くらっていたにも関わらず、痛みを全く感じないのが少々気持ち悪い。
制服は……さっきまでの戦闘で、さすがに汚れやシワはあるか。
俺、死んだわけじゃないよな? 確かあの時、無我夢中で叫んでみたらペンダントがとてつもない輝きを放ち出して、その光に俺は飲み込まれて……。
というところまでは覚えているんだが、その後がさっぱりだ。ようやくその光が消えていたと思ったら、こんな所にいたわけだし。
「とにかく。このままじっとしてても意味なさそうだな」
この場にとどまっていても何かが起こるとは思えないし、仮に閉じ込められたとして、行動を起こせるのに助けを待つのも癪。そもそもそんなもの来るのかでさえ分からない。
まずはこの謎の世界について、自分の足で知ってみる必要がありそうだ。
「にしても何なんだここは……気味が悪い」
暫くこの灰色の世界を歩いていて思ったことがある。俺以外のもの全てが死んでいるかのように動かないのだ。
車や人がいても、一切動くことなく止まっている。車はチンケなおもちゃどころか、ただその形に固めただけの粘土のよう。人なんてマネキンみたいだ。顔の辺りはぼやけていて感情さえ伺えない。
時々上を見上げても、陽の光は降り注いでや来ないし、雲があってもピクリとも動かない。そしてようやく気がついたけど、風さえ吹いてこないし、音さえ聞こえてこない。
時間の止まった虚無の世界。と言ったところか。
「こんな所に一体何があるって言う……んだ……」
周りをぐるぐると見回しているうちに、一点だけ灰色ではない。鮮やかな色が浮かんでいるのが見えた。
「あれは……」
その先にいたのは一人の少年だった。俺よりも小さく、身長は百二十から百三十程だろうか。背中姿だから顔は見えないが、どういう訳か、初めて出会ったような感じが全くしなかった。
無意識に俺は、その少年の方へと歩みを寄せていた。一歩。また一歩。少しずつ近づいていく。しかし――――――
「おい! 待ってくれ!」
前にいた少年は、突然奥の方へと走り出してしまう。俺はそれを見失わないようにと、必死に追いかけていった。ただ前に移るその人影だけを視界に入れて、息が切れても構わずに追いかけていった。
全力で走っているのに、どんどんその少年の背中が小さくなっているように感じた。足を止めてしまったら、ようやく見つけた光を見失ってしまうかもしれない。そう思った。
でもその思いとは裏腹に。前をゆく少年は、忽然と姿を消していた。そして――――――
「ここ……何処だよ……? 俺さっきまで街の中に居たはず……だよな?」
ふと周りを見ていれば、見える景色はガラリと変わっていた。建物がそびえ立つ街中ではなく、今度はさっきよりも開けた場所に出ていた。そして俺の後ろにはなにか別の建物がそびえ立っていた。
しかし、今度はその建物に見覚えがあった。
「これって……!」
目の前にしてみれば、懐かしいものだ。以前、俺たち兼城学院執行班が訪問した、東京の明桜学園にある研究棟であった。
そしてその入口から誰かが出てきた。
「……! あれは!」
少しばかりか背は低く、格好は学ランであったが俺には確信があった。
間違いなくそうだった。あの時見た、あの顔だ。
「そういやそうだったな……。乃木村さんが言っていた。ここで確認された、俺と同じ特異体。その二人目の名前が確か若草……だった。そしてそれがあの少年ってことだよな?」
ここまで来て、ようやくこの世界がどういうものなのか、わかってきた気がする。
ここは、若草という名の少年の記憶によって作られた独自の世界。そしてその世界を創り出したのが、あのペンダントの光……ということだろうか。
そしてまた景色が。いや、場所が変わったといえばいいだろうか。今度はより覚えのある場所へと移動していた。
「今度は……家の近所じゃねぇか!」
そして今度はより、鮮明に映っていた。本物と見紛うくらいにだ。
恐らく昔の時に比べて、記憶がよりハッキリと残っているからだろうか。車や人も動いているし、はっきりと聞こえるほどではないが、誰かが何かを話しているくらいには音も聞き取れる。
「さてと……若草は何処だ……」
おそらく近くにいる。そう思いながら街の中を走っていると、女性の叫びと、ブレーキ音が耳に飛び込んできた。
それを聞き、俺はすかさずその音がする方向へと走っていく。そして見えた光景は――――
サッカーボールを追いかけ、車道に飛び出す男の子がいた。それを驚きの表情で見る女性と、慌てふためく周りの通行人。
そしてトラックの前に、一人の少年が飛び出していく光景だった。
彼は素早く男の子を歩道の方に押し出した。しかしこれでは立ち位置が入れ替わっただけ。今度は助けた少年がトラックに轢かれるか。という状況に変わっていた。
ここは現実の世界ではない。過去の事だとしたら、既にその先の未来は確定している。俺がなにかをしたところで何も変わりはしない。
それが僅かにわかっていながらも、俺は走り出していた。でも間に合わない。
今、目の前に映る少年がトラックと衝突するか――――と思った時だった。
トラックは彼の寸前で止まっていた。よく見てみれば、彼はトラックに向かって両手を突き出していた。まさか受け止めたというのか?
その光景に、目撃していた皆が、目を見開いて驚愕していた。
その少年は何事もなかったかのように……というのは大袈裟だが、ピンピンとしている。そして男の子の方に近づいていき、何やら言葉を交わしているようだ。そして今度はあのトラックの運転手であろう男性も近くに来て、その少年と話をしている。
しかしあれだけのスピードが出ていたんだ。ブレーキが間に合うはずがない。だとしたら、本当にあの少年が受け止めたって言うのか?有り得ない?!どれだけの馬鹿力だよ?!
いや……待てよ……?ココ最近のことで、近くでトラック事故が怒りそうになった……ってもしかして――――
そうだ。思い出した。
希愛があの時言っていた少年って、若草のことなのか?!
でもそうだったとしたら、俺は認めたくなかった。どうしてそんなやつが、俺らの学院や管理局を襲撃なんてするんだと。
あいつの詳しいことなんて分からないが、人の為にここまで体を張れるような奴が、どうして他人を傷つけるような真似をするのかと。
考え事している間にその少年は住宅街の方向へと、遠くの方へと逃げるように移動していた。それを見失ってしまわないようにと、俺は再び全力疾走で彼を追いかけるのであった。
好奇心が、さらに奥へと誘っていく。




