何を思って拳を振るう
「落ち着いてください! 局員らの指示に従い、順番に!」
「こちらは危ないですから! 近づかないでください!」
「押さないで! ゆっくりでも大丈夫ですから!」
「おばあさん。肩を貸しますから。一緒に避難しましょう」
途中、想定外のトラブルこそあったが、その後はなんら問題なく現場に到着。先の指示のとおり、すぐさま現場周辺での避難指示の支援に当たった。
先程主任から入ってきた通信によれば、現状で避難誘導についてはほぼ完了。襲撃犯のうち、既に三名の身柄が確保されたとの事。
「こっちはこれで最後か?」
「いえ。男の子とその母親がまだ残っているとの事です」
「他にはなにかないか?」
「いえ。ありません」
「そうか。なら残りの避難誘導は俺が請け負う。お前さんたちは現場の支援に当たってくれ」
「わかりました。黒宮、北島。先を急ぐぞ」
「了解です」
「わかりました」
局員の支持を受け、支部の方に向かおうとしたその時、通信が入った。
「黒宮。出てくれないか」
「あ、はい」
邦岡さんに言われ、通信に出る。相手は紅葉のようだ。
『なんだ?』
『大変です! 襲撃犯のひとりが、すごい勢いでそっちに向かっているかも知れません!』
『なんだと! てか知れませんって……』
『走っていった方向からなんとなくだけど予測してみたら、ちょうど蓮君たちの班のいる方だったから』
『まぁとにかくわかった。こっちの避難は概ね完了している』
『了解! こっちも問題ないよ』
『ともかくそいつの対応にあたる』
通信を切ってすぐ、邦岡さんが近づいてきた。
「本当か? その話」
「推測ですけど、こっちに来る可能性が高いと」
「分かった」
本当にここに来るのかは分からないが、可能性がある以上は放棄する訳にも行かない。厳粛に対応する必要がある。
そして北島さんは、顎に手を当て考えていた。
「しかし……妙だ」
「妙って言うのは?」
「そのままの意味。奴らの目的が管理局だとしても、わざわざこっちに来る理由があるのかしら」
「撤退……とかではないか。そんなことは言っていなかったからな」
「だとしたら……」
北島さんの言葉を遮るように、何かの衝撃音が響いた。そしてその音は間違いなくこちらに近づいてきている。
「細かいこと考えるのは……」
「後回しですか……」
そして、奴は現れた。
最初は百メートルほど先で辺りを見回していたが、こちらに俺たちがいることを確認すると、凄まじい勢いで突進してくる。
「陣形を乱すな!」
「なら先手をとる!」
北島さんが地面に右手を置くと、先程のような巨木が彼の前に立ち塞がるように伸びてくる。
「暴走もたいがいに……ってそんな?!」
しかしその巨木は、奴の拳の一振によって次々とへし折られていく。あれの硬さがどれほどのもんかなんて俺には分からないが、少なくとも常人が生身でそう簡単になぎ倒せるものでは無いであろう。
「突貫で作ったとはいえ、こうも簡単に?!」
「来るぞ!!」
今度は邦岡さんが奴の前に立ち塞がるように構える。しかし途中で方向転換。素早い移動であっという間に抜き去ってしまう。
「私のことは眼中にもないのか!」
そして二人をあっという間に突破して俺の方へと向かってくる。
「来るぞ黒宮!」
「!!」
やつは右の拳を振りかぶり、そのまま俺に向かって一発。大ぶりだったんで避けるのは簡単だったが、その拳が当たった先のアスファルトは、大きくヒビが入っていた。
「(なんつぅー威力だよおい!!)」
そう驚いていられる余裕なんてもちろんなく、構え直すとやつは再び俺に向かって突っ込んでくる。俺もなんとか応戦していくが、相手も相当な手練だ。
「まずいですよ邦岡さん。このままだと黒宮が引き離されてしまいますよ」
「分かっている。しかし管理局の方向から離れているのが気になる」
「応援、呼びますか?」
「あぁ。近くの班に連絡入れてくれ。私たちもあとを追うぞ」
誘い出されたのか。それとも戦闘による致し方ないものなのか。気がつけば邦岡さんと北島さんからかなり離れていってしまった。幸い通信機の位置情報で居場所は伝わっているが、単独にされるとこっちもあまり持たない。なんとか援軍が来るまで粘れるのだろうか。
ついぞ考えてみて、ようやく奴の能力の正体がわかってきたような気がする。
だからこそ、なおさら長期戦にする訳にも行かない。しかし悲しいことに、俺には一撃で決められるほどの火力なんぞ持っていない。ならどうせいと。
そう思い、距離を置いて睨み合いしてる隙に、俺は胸元に下げられているペンダントを服越しに握りしめていた。
なんならいっそ、何が起こったもんかなんて分からないがこいつにかけてみるしかないのかもしれない。もしかすれば、あの時のようなことが起こる……かもしれない。だからといって何になるんだと言うが、他にいい策がないのもまた事実。
そう思っていると、向こうの方から数名の人影が。
「あれは……」
方向からして管理局の方だ。もしかすれば……応援が来てくれたのか!
と言いたいが、そう喜ばしいことでもない。その人たちはこちらになにか合図を送ることもなく、射撃体制をとり始めた。
「待て! 余計なことをするな!」
俺がそう叫んでも、彼らには届いていなかった。もちろんあの銃自体、弾は睡眠弾とかの相手の動きを封じるためのものなんだろうけど、問題はそこじゃない。
下手に生半可な攻撃をすること自体が、あいつにとっては攻撃ではなく、反撃のための力を貰っているようなものなんだから。
何をどうしたのかなんて、遠くから見ていた俺には分からんが、銃弾は全て捌いてしまったんだろう。そして目障りだと攻撃目標を、応援の方に切り替えると、あっという間に銃を持った三人を片付けてしまった。
そしてすぐさま再び俺の方へ突進。
これはまずい。あれだけやったならまだ力は残っているだろうしそれに――――
反応が遅れた!
回避が間に合わず。渾身の一発を右胸に食らってしまう。勢いそのままに飛ばされ、俺の身体は日光で熱せられてヒリヒリとするアスファルト上を転がっていく。
素早く体勢を立て直さなければ、追撃を食らう。それがわかっていても、身体は言うことを聞いてくれやしない。立とうにも足がビリビリしてくるし、殴られたせいか転がされたせいなのか、今は視界が歪んでさえ見える。
奴はゆっくりとこちらに歩いていくと、拳を握り直して再び俺に向かって突進してきた。
避けなきゃいけないのに足が動かない。迎え撃とうにも拳に力が入らない。息は乱れてきてるし、正直今はなんとか立つのがやっとってところ。
それでもあいつはこっち向かって突っ込んでくる。もう行動の全てが間に合わない。そんな時だった。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
こちらに向かって叫び声が聞こえた。そして誰もいなくなった向かってくる奴に向かってショルダータックルをぶち当てたのだ。
突然の奇襲だったのか、あいつは対応が間に合わずに軽く吹っ飛んで行った。
「おい無事か黒宮!!」
この声……泰牙か?




