心の声は救いを求める
昼休み。俺は屋上で一人、街の方を見下ろしていた。考え事をしながらずっと。時々足元に置いておいた水筒のお茶を飲みつつも、ただ遠くに見えるものを眺めていた。
あの襲撃から、これで十日が経過した。管理局の方ではなにやら動きがあったとは聞いているが、こっちの方はからっきし。なんの動きもない。
襲撃犯の少年……若草はあれ以降は姿を見せておらず、他校への襲撃もないと聞いている。
そもそも彼の目的が分からないともなれば、どうしようもない事だ。
先が見えず。何をしようにも空振りに終わる。そんな日が続いていた。
「ここに居たんだ」
誰かがやってきたようなので、声のした方を振り向いてみる。まぁ振り向かずとも、その声の主は分かっている。
入口に立つ彼女の赤いポニーテールは、風になびかれていた。こちらに向かって歩きながら、会話が進んでいく。
「どうかしたの?」
「ちょいと考え事をしていたんだ。ここなら誰もいないから、誰の目を気にすることも無い」
「考え事なんて、蓮君らしくないね」
「らしくないことしてるくらいに、悩んでるのかもな」
勉強なんかを除けば、普段からここまで深く考え込むようなことはほとんどない。
自分らしからぬことをしているのは、分かっている。でもそうしなくてはならない理由がある。
「横。いいかな」
「お構いなく」
紅葉が俺の右に立って、同じように風景を眺め始める。そのあと数分かは、何も喋ることなくこうしていた。普段からよく話しかけてくれる紅葉も、この時は静かだった。
「ただこうしてもたれかかって、遠くを見ているとな、少しだけ自分を忘れられるんだ。軽い悩みとかなら忘れられるくらいに。でも今回ばかりはそうもいかないな」
「その気持ち分かる。私も時々、こうしてただ遠くを眺めていたいって時があるんだ。でも執行班のことまで忘れちゃダメだよ。お仕事なんだから」
「当たり前だ。そっちはどうなんだ? 何か手がかりとかはあったのか?」
「こっちの調査では何も。袴田さんや李梨華ちゃん、雲雀ちゃんのところでも色々やっているみたいだけど、そっちも閑古鳥だって」
「行き詰まっているのはみんな同じか」
「そうだね」
そして会話がピタリと止まる。紅葉も俺と同じように、遠くを眺めるようになった。
こんなこと。今まであっただろうか。俺後知る限りじゃ、一度もなかっただろう。言われたからそうするのではなく、何もすることがないからこうしている。
ただそれが、どうにも耐えがたかった。
「なぁ紅葉。ちょいと話があるんだ」
「なぁに?」
俺は決心した。ずっと一人で考えていたことの一部を、彼女に話すことにした。それにあたって、ズボンの左ポケットからあるものを取り出した。
「あ。それって」
「あの時見せてたペンダントだ。あの日の襲撃の日から、ずっとこうして持っていたんだ」
「でもなんで?」
彼女はそう聞いた。そりゃそうだろう。
どうして今役に立ちそうにないものを、わざわざこうして持っているのかと。
「覚えているか。あの日初めてこれを見せた時、俺が聞いたことを。何か言わなかったかって」
「言っていたような……気もするようなぁーしないようなぁー」
「うろ覚えならそう言ってくれていいかんな」
気を取り直しつつ、話を始めた。
「あの時、不思議なことが起こった。これを持っていたら心が読めるんじゃないかって思ったんだ」
「心が読めるかぁ。私はどうだったの?」
「あの時は確か、お腹すいたって」
「合ってるかも」
「それであの後気になって、自分なりにこのペンダントのことを調べていたんだ。でもその後は、あの時みたいな現象は起こらなかったんだ」
乾いてきた喉を潤すために、一旦しゃがみこんで、水筒を手に取る。蓋を開け、一口お茶を飲んでから再び蓋を閉める。左手にそれを持ったまま話を続けた。
「でも襲撃があったあの日。どういうわけかズボンのポケットに入っていたこれが、また反応した。今度はあの襲撃犯の心の声が聞こえたんだ」
「本当に!? じゃあそれがあれば目的がわかるかも……って思ったけど」
「あぁ。それがわかっていたらすぐに報告するし、こうして思い悩むことだってしないさ」
「だよね。じ、じゃあ何が聞こえたの?」
「『闘いたくない』って。そう言っていたんだ」
「……」
「ずっとそれで悩んでいたんだ。もしこれが本当だったとしたら、彼奴は何のために動いているんだろうって。それもそうなんだけどさ、本当にそうだって言うなら、なにかしてやれないのかって思ったんだ。あいつの肩を持つってのは違う気もするけど、なんだか放って置けなくてな」
気になっていた。一時もその言葉が頭から離れることは無かった。その声が本当だったとしたら、助けてやりたいと思った。
俺の悪い癖かもしれない。でも紅葉や真琴に言われるようになってからは、そうは思わなくなっていた。むしろ誇りにさえ思っていた。
でもだからといって。俺には何がしてやれるのか。俺はそこまで賢くないから雄弁を振るうことは出来ない。戦うことしか今の俺には出来ないであろう。
「なら……蓮君が助けてあげればいいよ」
「俺が?」
気づけば、俺の右手に、紅葉の左手が置かれていた。
「うん。心の闇に呑まれて苦しむのならば、その宝玉に宿せし光を持って解放してやらん。って李梨華ちゃんっぽい言い方になっちゃった」
「闇か……表現としてはそうなのかもな」
「言動と行動がまるで一致しない。いい意味で面白い子だって、この前袴田さんが言ってたんだ。でもその通りだと私は思ってる。あの時私を助けてくれた、中々正直になれない不器用な蓮君だってこと」
「今それを言うか」
そう言われてしまうと適わない。事実だから。
「でもそうするための拳は私や天王寺さん達じゃ届けられない。あの時全く攻撃が通用しなかったんだもん」
「それは関係あるのか?」
「ある……と思う」
あの時、二人の攻撃それに加え悠の銃撃さえも無効化されたのは確かな事実なんだが、それ後果たして対話となんの関係があるのやら。さっぱりであった。
「この前聞いたことがあるの。誰かの為を思って握る拳は、人を傷つけるだけのものじゃないって。それはその人の覚悟の表れなんだって」
「覚悟の表れかなんと言うか色々影響されるようになったな、紅葉も」
「やっぱり分かる? ちなみにさっきのは立花くんが言っていたことなんだ」
アニメが好きで、触発されやすいって言っていたっけ。立花らしい。
「そう言うならいっちょ賭けてみるか。こいつに」
右手に握っていたペンダントを持ち直すと、チェーンを外して首に通した。チェーンを繋ぎ直してから、ペンダントの本体を、制服の下にしまう。
それにしてもこの感覚はなんだろう。なんだかこれをみにつけた途端、何か力が湧き上がってくるようにも感じた。
二人のスマホが同時に鳴った。発信元は、邦岡さんだ。
「はい。崎田です」
「黒宮です」
「二人とも今どこにいる!」
「学院の屋上です。蓮君も一緒にいます」
「緊急事態だ! すぐに応接室まで来てくれ!」
ついに動き出す……!




