黒歴史は蘇る
今更ながらだが、思うことがある。
「どうだろうか。腰回り、きつくはないか?」
「あぁはい。大丈夫です」
これが任務であり作戦のまた一部であるということは、子供でもないからまぁ理解はできる。
「ヒールは慣れないだろう。別のものを用意した」
「えぇ。どうも」
しかしだ。はたしてこうすることの必要性があるのかどうか、自分には理解できない。
「一通りは済んだ。鏡で確認してみてくれないか。何かあれば対応しよう」
「ありがとう、ございます」
鏡の前に立って、今の自分の姿を眺めていた。ガラリと変わってしまった自分と向き合い、頬が染まっていくのが分かる。
「それにしても凄いですね。ここまで外見が変わるものなんですね」
「そりゃあこうなれば、ねぇ……」
この場にいる、山水の中本さんと荻原さんは、見違えるような変化に驚いていた。
優美なドレスに身を包んだ自分を。黒宮蓮ではなく、蕪城ゆずとなった自分を。
それから数日。作戦決行にあたって外部のものから協力者を呼んでいるという話であったので、俺たちは応接室に集まり、その人物とやらが来るのを待っていた訳だが、その人物こそ……いや、彼女は何も悪くない。
俺がこの行き場のない怒りか何かをぶつけるならば、こんなことを思いついた管理局の職員であろう。
この格好にはいい思い出なんかない。あの事件のあった当日もそうだが、そのあとのことも大変だったのだ。
「何見てんだ将星?」
応接室に集まっての昼食。執行班のメンバーでの小会議を終えて教室に戻ってくると、何やら将星たちがざわついていた。あいつの視線はスマホの画面に向いており、近くにいる正樹と明弘もその画面を見ていた。
「おぉ蓮。お疲れー。友人が撮ったっていうこの前の騒動の時の写真があってさー」
「この前の? 俺は思い返したくないんだがな。その写真がどうかしたのか」
「何でもここに写ってる人らが騒動を解決したんじゃないかって話題になっててな」
「俺にも見せてもらっていいか」
「どうぞどうぞ」
将星のスマホに映っている写真を見せてもらった。そこに映っていたのは、兼城学院で捜査に当たっていた俺たちもとい、その時は性別逆転していた時の自分たちだ。
「誰だよこれ撮ったの」
「広岡。四組にいる俺の友人だよ」
「堂々と盗撮してくれるなそいつ」
「それで広岡の奴がその写真の人物。この前にいる黒髪のポニーテールの子について興味を持ちだしてな。制服着てるってことはうちの生徒の誰かで間違いないって喚いてんだよ」
「探してどうするつもりだよ」
「さぁ?」
「てか見つけたとこでさ。彼女はあの騒動の被害者なんだから男を探すことになるぞ」
「あぁ。アイツ両刀だってよ」
「さらっととんでもねぇこと言ってくれたな」
身体が震えてしょうがない。もしその黒髪ロングの美少女の正体が俺だとばれた時のことを考えるとおぞましい。唯一の救いを考えてみるなら、性別が変わったことによって姿ががらりと変わっているため、よっぽどのことがなければ身元が割れることはないだろう。
「どうした? 痙攣か?」
「いや肩を持つ……ってんじゃないんだがその人のことを心配してるとなぁ……」
「あーわかるわぁ。この後の展開が読めないくらいにおっそろしいわな」
とりあえず話を今日の任務の方に戻そう。パーティー会場となっている建物近くにあるビル。ここにいるのは管理局局員が数名、兼城から俺と邦岡さん。山水から中本さんと荻原さん。その他、他校の執行班から数名ずつ。と言った具合だ。
ほかの管理局局員、執行班班員もいくつかのグループに分けられ、各々の任務に当たっている。
ここにいるものの役割は会場内部にいるものへの通信。そして俺は潜り込む役だ。でもって潜入するに当たって――――
「大体なんなんですか!? こんな作戦立案したやつと、それを了承した上層部は!」
俺は何故か女にされた。
外部からの協力者というのは、管理局関連の組織ではなく、俺と同じ兼城学院に通う人物、石引ななみだ。彼女は先日の性別逆転事件において一番の被害にあった人物だ。
これについてはあまり思い返したくはないが、簡潔にまとめることとしよう。ある休日のこと、未だ解析の続いている怪しげな機械によって、兼城学院の生徒の性別が逆転してしまった事件だ。
この一件は活動報告として管理局に提出してある。その辺の資料があるとはいえ、今回の作戦に流用させる意味などまるで分からない。
「潜入に当たってその方がいいと判断したようだ。君たちには前もそうだが、無理を頼んでしまい申し訳ない」
「松永さんが気にやむことではありませんよ」
「それもそうだというか落ち着かない……」
「慣れない格好をしているんだ。いた仕方ないことだ」
服装もそうだけど、他に関してもだ。
前は晒を巻いて、長い髪もヘアゴムでまとめていたけど、今回はその両方ともがない。胸は重いし、時々髪が当たって弄っかしい。
ひとまず着替えも済ませて、簡単なブリーフィングを行った。
「会場内に入る前に、ボディチェックを受けることになる。当たり前だが物騒なものは持ち込めない。連絡はこのスマホで行うことにする」
「分かりました」
「松永さんと黒宮さんはこちらの指示を受けてから会場を離れてください。気持ち早めになるとは思いますが、あまりスマホを注視することの無いように」
「「了解です」」
「あと何か確認しておきたいことのある者がいれば」
「なら、お……私の方からいいですか。全員にではなく、執行班の班員に対してです」
俺は行動開始の前に、ここにいる執行班の班員を全員集めた。
「どうかしたのか黒宮」
「開始の前に言っておきたいことがありまして。まだ落ち着いている今のうちにと」
一回深呼吸してから、笑顔を作ってこういった。
「どうかこのことについては、ここにいるものだけの内密と言うことにしてください」
「いや一体どう言う……」
「そうして頂けるとー幸いでーす」
「「「……」」」
俺の目を見たからなのか、声を聞いたからなのか。力も感情もこもっていない俺の頼み、いや脅迫と言っても差し支えないようなことを聞いては、他の人たちがドン引きしてしまうのも仕方ない。
俺が逆の立場だったとしても、同じようなことになっているであろう。
「その……なんだ。黒宮自身もいい思い出がないのでな。軽率な口外は控えて貰いたいと、私からも頼みたい」
「わ、分かり、ました」
見かねた邦岡さんからフォローを入れられる。本当に脅迫するみたいな形になってしまったが、理解はして貰えた。それと同時に通信が入った。
「はい。……了解しました」
「これより作戦を開始します。各自持ち場に」
「それでは行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
「あのにこやかな顔が逆に怖い」
「相当な闇抱えてるってことね」
「しかし凄いもんですね」
「あれが男だったとは思えんな」
ご感想。