巡り会わせの確率は
拝啓、天国にいる父さんと母さん。
俺は元気にやっています。希愛は俺以上に元気です。じいちゃんとばあちゃんも、まだまだ健康そのものです。彼女との付き合いも、いがみ合いなく楽しくやっています。
運命の巡り合わせで入る事になった執行班でしたが、自分に与えられた使命を果たせるよう一層の努力を重ねています。大変なことばかりですが、いい経験にもなっています。
新しく出来た友人から、執行班としての役目は力を持つものとして信念を背負っていくものと言われました。それに恥じぬように務めていきます。
さてと。前置きはこのくらいにして、本題に入りたいと思います。もし今この姿を天国から見ているとしたらまず一つ。どうかお願いですから、勘違いをしないでください。決して自分から懇願したとかそんなんじゃないんです。どうしようもなかったんです。色々と訳があってこうなってしまったんです。
今のこんな姿でこんなこと言っても、説得力の欠片など微塵にさえ無いとは思いますが、これだけは言わせてください。
俺は黒宮家の、父さんと母さんの間に産まれたれっきとした男です。
遠征から戻ってきてすぐのこと。俺たちに新しい任務が告げられた。近日開催されるという芝本グループ主催のパーティー。睨みを聞かせた管理局がその偵察に向かうとのことであった。外部調査の他、一部数名を会場内に忍び込ませるとのこと。
作戦決行の数日前には管理局にて会議が執り行われ、県内の執行班の代表者も集められた。この会議の開催については、事前に他校の執行班には通達されていたようで、その時遠征に行っていた俺達には日曜に伝えられた。
そこでの会議内容は、芝本グループに対する本格的な調査団立ち上げの報告、そして今回の作戦についての立案がされた。
最初のあの手紙ついてだが、あれは俺の頭の中で書かれた空虚なものに過ぎない。なぜそんなことを書き記していたのか。経緯を話すには、いくらか時間を巻き戻して語る他ないだろう。
遡ること数日前。東京遠征から戻ってきた、月曜日の放課後。
「それにしても……だるいーー」
「そう言うな悠。天王寺さんと邦岡さん、小松主任は管理局の会議に行っているんだし、俺たちがだらけているわけにもいかないだろ。それにまだこの前の遠征の資料のまとめも終わってないからな。今日中に終わらせろとは言ってなかったけど、なるべく進めとかないといかんだろ」
「うー蓮がなんだか真面目だー」
「普段俺の事どんな目で見てたんだ」
二年の四人で作業をしていた。目的は昨日までの遠征の資料のまとめ、及びレポートの作成だ。活動報告として管理局に提出する必要があるのだ。
「なーんでレポート書かなきゃいけないのかなー」
「そんな難しいこと書かなくていいのだけが、幸いなことだけどねー」
女子二人も項垂れている。こんなこと言っている俺も、本音を言えば三人とほとんど変わらないわけなんだが。
「俺だって好きでやってんじゃないんだ。いやなモンだってあるよ」
「だよねー」
「ところで袴田さんは何をしているんだ?ここにいないのが気になるけど」
「ここ来る前にすれ違ったよ。資料片手になんか急ぎ足みたいだったけど」
これはあれだな……うん。逃げられたな。レポートのまとめに関しては個人でやるだろうけど、こっちの資料整理は任せられたってか半ば押し付けられたな。
今日の資料整理の前、邦岡さんから二年の取りまとめを頼むと言われた。その時袴田さんのことはいいんですかって聞いたんだが、「気まぐれだから気にするな」とだけ言われた。それって抑えようがないってことじゃなくて、はなから諦めろとでも言っていたんだろうか。真意はわからないが、どのみち今はこの場にはいないのでどうしようもないことだ。
「あー疲れたー!! ちょっと休憩しよー」
「今何時なのー」
「もう五時過ぎていたのか。じゃあ少し休むか」
いらぬ話もしながらになったが、資料の整理を進めていたら時間が進んでいたようだ。
「これで七割くらいは終わったかなー」
「七はいってないとは思うが、半分ぐらいは進んだんじゃないかな」
「半分かー。でもまだもう半分あるってことだよねー」
「やる気削がれるから、そういう考え方はやめようよ崎田さん……って何を見てるの蓮」
「昨日出た検査結果のコピー。と言ったって、これ睨んでるだけじゃ何も分からないんだがな」
休憩の合間、先日の検査結果を眺めていた。脳のほぼ全てが反応を示したデータだ。
「特異体ねぇ。ひょっとしたら学院内なりこの近くにも、蓮君の他にもいたりするもんなのかな?」
「どうだろうな。調べてみないことには分からんが、かなり少ないんだって言ってなかったか」
「五十五万分の一だったっけ。簡単に見つかるもんじゃないよね。リボルバー一装填分撃って、全部小さな穴に通すくらいのもんじゃないの」
分かるような、分からないような。てかそれは確率なのか?
「十一連でガチャの限定枠四枚抜きくらい?」
「李梨華ちゃんらしい表現だけど……なんかピンと来るような来ないような」
「てかもっと簡単にイメージ出来そうなものないのか。コインとかサイコロとか」
「「「計算がめんどくさい」」」
「よくよく考えたら同意見だ」
三人に揃ってそう言われた。言われて思った。せやな。
なんとなく大体の確率を計算してみたら、コインだと二十一回連続で表か裏が出続ける確率。サイコロだと九回連続で同じ目が出続ける確率とほぼ同等となった。確かに相当な確率だ。そしてわかったことがもう一つ。こんな計算に労力を使うべきではなかった。
「失礼します」
「生徒会長。どうしましたか」
「天王寺さんか邦岡さん……はいないみたいですね」
結局無駄となった確率論を書いたメモ紙をゴミ箱に放り投げ、綺麗な放物線を描いて入ったと同時。スイッチが反応したかのようなタイミングでノックの音がした。
応接室に、生徒会長である岩佐さんがやってきた。しかし目的のふたりは御生憎様、不在である。
「今は執行班絡みで外出してますよ。連絡事項でしたら、私たちで伝えておきますよー」
「ありがとう崎田さん。今度の定例会議で、事前に目を通してもらいたい書類があるの。渡しておくから二人にそう伝えて貰えませんか」
「わっかりましたー!」
「よろしくお願いします。そちらもお仕事頑張ってくださいね」
書類を紅葉に渡すと、用を終えた生徒会長は応接室を静かに出ていった。
「それでその書類、何書いてあるの?」
「勝手に見ていいもんじゃないだろ……って言ってるそばから見てるし」
俺の注意をよそに、三人して生徒会長が持ってきた資料を見ていた。
「後期の予算案と文化祭のことだね」
「文化祭なんてもっと先のことだろこんな早くから準備するもんなのか」
「裏の準備はかなり早いからねー」
「我らの知らぬ秘密裏に進行しているわけだ」
「文化祭、楽しいよー! 校外からもたくさんお客さんが来るんだー」
「そっか。なら楽しみだな」
チラッとスマホで時間を確認してみると、休憩を初めてから十五分は経っていた。
「そろそろ再開しようか。集中してやれば今日中に七割、いや八割は終わるんじゃないか?」
「そうだねー」
「ならちゃっちゃと片付けてしまおうかー!」
「我にかかればそのくらい造作もなし」
その後は資料整理を再開して、キリのいいところまで作業を進めて解散。生徒会長から預かった書類は俺が持ち帰り、翌日二人に渡すことにした。
そして翌日。小松主任の口から次の任務が言い渡された。
「確率と言うと、この前懸賞が当たった。有名店のマカロン」
「良かったじゃないか」
「おのれ。三十三連爆死……」
「ど、どんまい?」
運がいいのか悪いのか。
どうでもいい時に限って、とんでもない確率を引き当てる。