狼煙
その特訓と日を同じくして。黒宮蓮達の所属する執行班を統括する人物、小松秀栄は執行班を管理する特別管理局。その支部を訪れていた。
お偉い方に呼ばれて会議に出席し、彼の預かる生徒が参加する遠征の資料等を受け取る。それが目的であった。
「おや。あんたとこうして会うのはあの時の任務以来になるかねぇ」
「馬場か。まぁそうなるな」
用事を済ませ、外で煙草を吹かせながら彼が休んでいるところに、スーツを着た女性が一人。
以前の不正取引組織の作戦に参加していた、管理局所属の馬場という女性だ。
「聞いたよ。あんたのとこの執行班の子たち、今度例の遠征に行くんだってね」
「あぁ。それに加えて、友好関係にある現地の学校を訪問させてもらうことにもなった」
「そうかい。お呼ばれされるってことは、あんたの教えがいいんだろうね」
「俺はたいそう特別なことをしているわけでもないし、彼らに手ほどきをしてやった覚えというのもほとんどないに等しい。あいつらはあいつらなりに自主的に頑張ってくれている。だから俺も信頼を置くことができる」
「ほうほう。優れた男は背中で語るってか。そういえば兼城には優秀な子たちが多かったね。崎田家のお嬢さんもそうだし、最近入った小僧もなかなかの逸材だそうで」
「黒宮について、そう判断できるかはまだわからん」
「なにか引っかかることでもあるのかい」
「俺なりに色々考えているが……」
「馬場さーん」
二人で話しているところに、一人の男性がやって来た。
「西村じゃないか」
「小松さんもお疲れ様です」
「お疲れさん。いったいどうしたんだい」
「次の任務について、松永さんから資料を取りに来て欲しいと、伝言を預かっておりましたので」
「はいよ。時間ができたら取りに行くよ」
「お願いします」
今度やってきたのは二十代ほどの若い男性だ。小松の近くに来ると、ズボンのポケットから水色の煙草の箱を取り出した。
「お隣いいですか。小松さん」
「あぁ。構わんよ」
「失礼します」
小松に一声かけ了承をもらってから、煙草を一本取り出してライターで火をつける。
それを数歩離れて見ていた馬場は少々呆れた顔をして、煙草を吸う二人の男に向かって言った。
「あんたら煙草、少しは減らしたらどうなんだい。特に小松。また病院に行きたいのかい」
「あれは煙草とは無縁の話だろ。任務中の出来事であってこれとは別だ」
「どちらにしたって医者の世話になりたいのかい」
「本数は減らしてるよ。最近はかみさんもうるさいんでな」
「僕も……場所については考えてますし、本数も極力減らすようにと心がけてます」
そう話していると、馬場は小松の隣で煙草を吸う西村のほうに歩み寄った。
「なら新人君。いいことを二つ教えてあげるわ。その自覚がはっきりあるうちに煙草とはおさらばしておくことをお勧めするよ。気づかぬうちに吸う本数も増えていくんだ」
「あ、はい。それで二つ目は」
「それと。私は別に気にはしないが、タバコ吸う男がモテるとは思うなよ。ということね」
「馬場。それはお前の偏見だろう」
「確かにこれは私個人の意見だ。だが私から言わせりゃ合法なヤクだと思ってるよ」
「言い過ぎだろうが」
「少なくとも体にいいものでは無いだろう。程々にしておきな」
その後馬場は仕事が残っていると言って、建物の方へと戻って行った。
「あの。三年前のことというのは一体……」
西村がそう聞くと、小松は目線を彼がいない左の方に向けて言った。
「悪いが詳細については俺の口からは言えん。上にとって都合のいい言い方になるが、秘匿事項というものになるんでな」
「秘匿ですか。馬場さんはあぁ言っていましたけど、彼女は知っているんですか?」
「全て。ではないがな。俺がお前に言えることといえば、その時に俺は重症を負ったってくらいだ」
「あの小松さんが・・・ですか。上司の方たちからは怪我知らず、敵なしの凄腕だったと聞いていたもので」
「俺のことを一体なんだと思っているんだ。俺だって人間だ。腹ぁ壊すことだってあるし、怪我だってするさ」
「そ、そうですね。すみません」
「お前は俺の事、先輩方からなんと聞いているんだ」
呆れた顔をした小松が西村に聞くと、彼は少し唸って考えてから答えた。
「彼が一人いれば戦況が大きく変わるとか、装甲車を生身で叩き潰したとか」
「捏造ってレベルじゃないだろ。少しは疑うということを覚えたらどうだ」
「は、はい。そうします。聞いていて流石にそれは無いだろうと最初は思ってはいたんですが、あぁも自信気に語られるとつい信じ込んでしまうもので」
「なら尚更だ」
「すみません。以後気をつけます」
西村はその場にしゃがみ込むと、煙草の火を地面のアスファルトに押し当てて消し、持参していた吸殻入れに入れる。
「ところで小松さん。昔は前線で活躍していた。とは聞きましたが、今は違うのですか」
「前線に出たのは、三年前のあの時が俺が覚えている限りでは最後かもしれん。それ以降は、兼城学院執行班の主任という役職を与えられたからだろうな。指示を飛ばすことが中心になって、俺自身が前に出ることはなくなった」
「地位の有る役職に就くと、そういうことになるのでしょうか」
煙草の火を消してから、小松が答える。
「そういうこったな。言いたくもないことだが、命の重みってもんが変わっちまうんだ。俺は昔外国で軍に入っていた過去があるから痛いほどわかる。一部を除けば、名誉と実力のあるものは、戦場でも少しばかりかは安全な場所にいるものだ。もっともその時の俺は、そんな大層な人間じゃなかったがな」
「そうですか。でも今度の作戦。かなり大掛かりなものになるのではないかとも聞いています」
「芝本の件か。長いこと追っていて、ようやく尻尾を掴めそうなところだからな。上もいっそう力を入れるものさ」
そう話しているところに、携帯の着信音が割り込んでくる。
「っとすみません。僕のスマホみたいです。失礼します」
小松から少し距離を置いてから、西村が電話に出る。
「はい。お疲れ様です。……かしこまりました。至急そちらに向かいます」
通話を済ませ、スマホを胸ポケットにしまう。
「上司に呼ばれたので、僕はこれで失礼します」
「あぁ。頑張れよ」
「ありがとうございます」
建物の方に戻っていく彼を見送って、その姿が見えなくなったところで、小松は反対の方にある駐車場の方へと歩いていった。
「(俺は。いや、俺らはまたとんでもないものを相手にすることになるのか……)」
次回は蓮たちが東京へ。




