【アヌビアの国】①
「着いたよイヴ君! あの城壁が今回僕たちの目的地であるアヌビアの国だ。そして僕が、君の愛しのキリスだよ!」
眼前に広がってくる石材の壁面を背景に、僕はイヴ君の前に立ち両手を広げ、いつでも抱きしめることのできる体制をとった。
しかしイヴ君は僕の懐に飛び込んでくる様子はなく、懐から紙とペンを取り出してスラスラと文字を書き始めた。
彼女は話すことができない。なので常に紙とペンを持っていて、筆談で僕とコミュニケーションをとるのだ。
けれども、僕は彼女が文字を紡ぐ前から、彼女が何を書こうとしているのかは分かっていた。僕と彼女とは長い旅付き合いだ。きっと彼女は、『こんなところでは恥ずかしいです……』とでも書きたいのだろう。
彼女が書き終えた紙を私に見せた。
『邪魔。死んで』
どうやら彼女流の照れ隠しは、少々毒舌だったようだ。
彼女との愛の確認(?)を行いながら歩いていると、さっきまでは遠かった城壁がだんだんと近づいてきて、それとともに壁の周りに沿うように建てられているある物に目が留まった。
「墓……?」
それは数多くの墓石の集まりだった。供えられた花束や果物等のお供え物があることから、少なくとも参拝者はいるようだった。アヌビアの国で亡くなった者の墓だろうか。
「普通は国内で墓地を作るのが普通なんだけど、国外に設置するのは珍しいね、イヴ君」
横にいるイヴ君も同意見だったようだ。その吸い込まれそうなほどに美しい目を少し見開いていた。
そうして、千はあるだろう墓石に圧倒されていると、不意に後ろから声をかけられた。
「やぁやぁ、こんな所でデートかい?」
明るい朗らかな、それでもって飄々とした女性の声に僕たちは振り返った。
そこには、黒い髪を肩あたりまで伸ばした胸の大きな、体は華奢で巨乳の、門番であろうか肩に彼女の胸と同じく大きな銃を下げた、豊満なバストの持ち主がそこにいた。
「結婚してくれませんグフッ……」
喋り切る前に横にいたイヴ君に脇腹を殴られた……。きっと、イヴ君以外の女性に鼻の下を伸ばしたのがいけなかったのだろう。
「アハハハっ! 君、なかなか面白いねっ!」
そう言って彼女は大きな胸を揺らしながら笑った。
「もしかしなくても、君達は入国希望者かな?」
そう彼女は訪ねてきた。
「はい。私達はアヌビアの国を訪ねて来ました」
「やっぱりねっ! 国の入口はこっちだよ、ついて来て!」
そして彼女は私達の前を歩いて先導してくれた。
墓地を歩きながら国の入口を目指す間、彼女は自分のことを紹介してくれた。アヌビアの国の門番を数年前からやっていること。弟がいたが若くして亡くなってしまったこと。その弟の墓がこの墓地にあるので門番をしながら墓参りをしていること。そして、アヌビアの国の美味しい料理店や特産品を教えてくれた。
身長が低くて長髪で、どこか儚げな印象を受けるイヴ君とは違い、女性にしては高身長で短髪で、太陽のような明るい印象を受ける門番だな、と僕は思った。そして何より彼女とイヴくんの最も大きな違いと言えば、イヴくんの絶壁のような体にはない2つのたわわなむグフッ……。
『次は殺す』
……どうやら僕には、考える自由もないようだった。でもどうして、イヴ君は不機嫌になってしまったのだろうか? イヴ君と門番の胸とを1秒間に3回ずつほど交互に見比べていたのがダメだったのだろうか。真相は闇の中だ……。僕は自分の脇腹に深々と刺さったイヴ君のペンを引き抜きながら考えた。
そうするうちに墓地を抜け、国の入口と思われる門扉と、その横に小さな小屋がある場所に到着した。
「着いたよっ! ここがアヌビアの国の入口さ。入国する前に簡単な審査をするからね!」
門番の彼女はそう言いながら小屋の中に入って、しばらくしてから一枚の紙と一本のペンを取り出してきた。入国審査に必要な書類なのだろう。こういったことは何回もしたことがあるから分かる。
それから僕たちは「どこから来たんだい?」や「旅生活は長いのかい?」といった世間話から始まり、「旅目的は何か」「滞在期間はいつまでか」「現在伝染病等にかかっていないか」「護身用の武器は携帯しているのか」などの形式的な質問をいくつかされた。
それらの質問にそつなく答えていくと、門番はその答えに満足したのか、書いていた書類を四つ折りにして服の胸ポケットに入れ、実に堂々とした態度で胸を張って言った。
「よしっ! これで入国審査は終わり。君たちは入国が許された! さぁ、思う存分アヌビアの国を楽しんでおいで!」
そう言い終わると、門番は腰のポケットから鍵を取り出し、それを門扉の鍵穴に差し込んで開放した。だけど僕は、その扉に入るよりも前に、さっきから気にかかっていたことを質問することにした。
「つかぬことをお聞きしますが、何故この国は墓地が国外にあるんですか? 城壁の長さからしてもこの国は領土も大きいみたいですし、墓地を作る場所がないとも思えません。何より、墓地が外にあったら墓参りも面倒でしょう?」
そう言うと門番は「よくぞ聞いてくれました!」と顔に書いてあるような満面の笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれましたっ!」
そして言った。実際言った。
「この国は少々特殊でね。国内に墓を作れないのさ」
「墓を作れない? 墓荒らしでもいるんですか?」
「それがねぇ、国内で死者を埋めても、意味がないのさ」
門番は勿体ぶるかのように答えた。
「このアヌビアの国ではね、人が死なないんだ」
「人が死なない……ですか?」
「だからきちんと死んでもらうために、国の外で人を埋めるのさ」
「すいません、ちょっと何を言っているかわからないですね。死なない人なんて、いるわけないじゃないですか」
イヴ君が訝しげな様子で僕を見てきた。何だろう、変なことでも言ったかな?
「まぁ、何人かの旅人は君のように墓地のことを訪ねてきたし、今と同じように答えたんだけど、君と同じようなリアクションだったよ」
門番は僕の反応を分かっていたとばかりに答えた。
「でも、信じられないのも無理はないねっ! 論より証拠って言うし、これから先は実際にその目で確かめてくるといいよ!」
そういうと門番は、顔に笑みをたたえながら、先程開いた門扉を指差して言った。どうやら後は、自分の目で確かめて来いということらしい。
「では、そうさせていただきます。案内、ありがとうございました。行こう、イヴ君」
「土産話、待ってるよ〜っ!」と、後ろからの声援を受けながら、僕とイヴ君は門扉をくぐる。終始テンションの高い人だったなぁ、と、少し見習いたくなる気持ちを感じながら、僕とイヴ君のアヌビアの国の冒険記は始まるのだった。




