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1-13 交渉難航

「当然だろう。魔物の気配だよ」

 男、の外見(すがた)をした魔物はこともなげに。

 維光は、『それ』を信じてはいなかった。なぜ、いきなり現れた男に信用をゆだねるのか。

「魔物にみすみす近づいたのは、何のためだ?」

「行使者がいなければならない」

 男の口調は淡々として、感情が読み取れない。ただ、口の動きが何となく実際の発声とはずれているように感じた。

「行使者がいなければ、魔物はただのかかしに過ぎないからね。死ぬのを待つしかない……」

「なぜそれを知っている?」

 男の視線が外れて、宙を向いた。惑書に比べると、その所作は大部ぎこちなく見える。機械みたいで、人間らしさが欠けている。

「物心づいた時、分かっていたのがそれさ。最大(いちばん)の問題なんだ」

 維光は男をまだ疑っている。どこかに行使者が潜んでいるのではないのか……?

「だが、なぜ魔物がいる所にみすみす出てくるんだ」

 男が再び維光と惑書に向く。やはり機械的な動き。

「学校という場所なら戦闘を起こすはずはないと確信してね……」

 透という例外……。

「あるいは、行使者からヒントを訊きだすとか?」

「なら愚策ね」

 惑書が冷たい声で。

「ここにいる人々を人質に取ればそれが止められるとでも思って? 我が主がそんなものにたばかられると?」

 すごんだ様子に、維光は何も言えなくなった。さすがに自分のことを引き合いに出されると、戦慄を隠せない。

「ぼ、僕はそんなことしないよ」 必死で感情を抑える維光。

「……君たちは僕を狙おうとしないのか」

 手で胸を叩く。

 肉体の動作に比べれば、口の方は自然さを手にしつつ。

「それは主のままに」

 再び自分に責任。重苦しい感情がますます。

「ここに魔物がいることを感じたなら、なぜ逃げない?」

 相手を刺激しないよう極力注意しながら維光。

「単に、刺竹(さすたけ)だけがこの街にいたなら、過誤(まちがい)なく離れていたところだ」

「サスタケ?」

 魔物の名前。まさか……?

「あやつ、まだ生きてたのね」

 惑書はまんざらでもなさそうな態度で、その名を繰り返す。

「なんか知ってるのか」

 わからないという恐怖で、僕の顔を。

「紹介するまでもない雑魚(ざこ)よ、あんな惰弱」

 惑書は男に吐き捨てた。どうしても触れたくない魔物らしい。

「あの魔物に私は追われているんだ。行使者がいるから」

 維光は衝撃を受けてごくりと息をのんだ。

 それが透の契約している魔物なのか。

「ど、どんな魔物なんだ」

 あわてた口調で男につめよる。

「多分僕よりずっと長く生きてきた魔物なんだろう。気配から分かる……僕のよりもずっと強い」

 となると、透も相当に強い、というわけか。内心恐怖と疑念が入り混じる。

「あいつはとても陰険だ。僕のかなう相手じゃない……たとえどんな行使者であっても」

「であるとしても、我が主には(かな)わない」

 惑書の自慢めいた言葉に、吐き気がしそう。

「じゃあ、逃げるしかないだろ」

「だが君たちがいる……奴の天敵になれそうな存在として」

「天敵? 冗談じゃない」

 その時、惑書にも目の前の魔物にも一種のいらだちが芽生えた。

「僕は行使者になってまだ数日も経ってない。戦闘法(たたかいかた)なんてまだ何も知らないよ」

「でもそれは透にも言える」

 惑書の自信に満ちた口調に、思わず振り返る維光。

 色気さえある顔つきに、ふと見とれそうになった。

「たとえどんな強い魔物であっても、行使者が熟練でなければ簡単には勝てないもの」

 完全に男からは顔をそむけた状態で維光は、

「けど、あの日のあいつを見ただろ。本気だったじゃないか」

「それはあなたに覇気がないから」

 腕を組んで、維光をにらむ。そこには従順さなど微塵もない。

 維光は沈黙する。いつもこんな風に、僕を見下すのだから。

閑話休題(とりあえず)、君たちに奴らと闘っていてほしいんだ。僕が行使者を見つける前にね」

 男は結局、自分のことしか考えてはいない。当然だ、危険を避けるためには。

 維光にしても、透がいよいよ元の道に帰れなくなる前に叩く方を支持してはいた。『叩く』ことが何を意味するのか、考えないまま。

 あるいは、この男を今の内に始末するか? 維光は一瞬考え、しかし()めた。

 こんな世界で、そんな非情なことをしまえば、元の世界に(もど)れなくなるじゃないか。おや――自分の思考が?

「なら分かったよ。あんたに恩を売れるとするなら」

 維光は一言。

「そうか。あいつの脅威から守ってくれるか?」

「分かった」

「じゃあ、もし刺竹を倒した暁には――」

 惑書の意図に気づいたその時、

「その時のことはその時考えることにしよう。未来は不確定すぎるからさ」

 と少女に向かって叫ぶ。

「……禍根を残してよいのですか、頼んだ人?」

「だって何があるか不分明(わかんない)し」

 口角を下げ、不服そうな表情。しかし、維光はできるだけこの非日常に係わることを()けたかった。

「ああ、一つ聞きたかったんだけど」

「……何だ?」 魔物は、再び機械的な動きで体を立てる。

「あんたは、一体どこから来たんだ?」

 惑書に聞いた時も、はぐらかされた質問。

「さあ? 憶えてないや」

 魔物は、大したことでもないように答える。

「気づいたらこの世界にいた。ただ闘って、生残ることが義務であると知っていた」

 やはり断片的なことだけ。

 人間のようでいて、けど違う。どうやって生まれたのか、何も。

「最後に、君の名前を教えてくれないか」

 反応を緊張しながら。

「四条……維光」

 魔物は、駭かなかった。知らないのだろうか。

金蛇(かなへび)だ。今はそれだけ覚えてくれればいい」


「おい、維光、誰としゃべってたんだ?」

 御池が近づいて、維光に訊いた。

 すでに金蛇の姿はなく、行使者は脇に黒ずんだ一冊の(ほん)

「あれ? 誰かと(しゃべ)ってたっけ」

 我ながら妙な気分。普通なら、戸惑ってもおかしくないはずなのに。

 あの会話を、盗聴(ぬすみぎき)されてしまった以上は。

「しゃ、しゃべってたぞ。堀川先輩と、あと少し歳とった人か」

「冗談はよしてくれよ。僕は堀川さんのことなんて何も知らないし」

「千本のことでも話し合ってるのかと。あれは先輩の同僚だったのか?」

 御池は、まさしく真実を曲解していた。

「多分誤記憶(きおくちがい)じゃないかな。僕じゃない人だったのさ」

 虚言をつくその顔は、爽やかでさえ。

「ううむ、あれは維光だったと思ったんだけどな。全然動いてなかったのに」

「幻覚だよ。もしくは僕の方が間違ってるか……」

 最終的に折れたのは御池の方だった。この男は人を疑えない性質なのである。

「いや、俺が悪かった。確かに、そんな変なことがあるわけないよな、ははは……」

 安堵と同時に、嫌な予感。

 もしかしたら、これが行使者としての制服効果なのかもしれない……。


「……あれでよかったのか?」

「そう。あれでよかったのです」

 書が答える。

「後ろめたい気持ちがどうにも抜けきらないな」

「その心もいずれ()えるでしょう。ですが、もっと重要なことがあるのです」

「なんだって?」

「夷川透の居場所ですよ。なんでも打ち捨てられた空き家に――」

 気づいたらぎょっとしている。

「ど、どこで知った!?」

「あ、ここにいたんだ!」

 しくった、と思いつつ目の前を看れば。

 永歌が無邪気に嬉んだ顔で、ここに。

「だ、誰かとしゃべってたの? それとも、独言(ひとりごと)……?」

 少し不思議さを添える。猜疑には至らない眼光(めつき)で。

()しなさい」

 惑書が冷淡に告げる。

「今ここで秘密を知られたくないなら」

 記憶でも消せってのかよ。焦りを隠せない顔のまま迷っていると、心の奥底で何かがうごめいている――言葉にできない感触。感情のような、けれど手触りがある感覚。

 今永歌を気絶させて、このまま逃げる。一時的に記憶をなくした上で。

「携帯だったの、今の……?」

 永歌はすっかり心配しきった顔だ。やはり彼女もまた善人。

「いや、別になんでもない」

 維光はつんとすました声。

 そして、(すばや)い動きで書を肩からぬき永歌の頭に。

 悲鳴が挙がる。

 維光は嫌な気分になった。最初透に対して発動した時と同じ、あの生々しい心の動揺……。

『都合が悪い、今すぐに消せ』

 たとえ疑っていなくても、これが最低限の礼儀。

 得体のしれない物が、見えない泥のように永歌の頭の中に流れこんでいった。

「うっ!」

 永歌はその直後、頭痛でも感じたのか片手で額をおさえる。

 数秒間その状態、ついで気力が抜けた様子で維光を視る。

「あれ、私は……?」

「さっきからここにいたさ。むしろ君こそ何してるんだ」

 維光はその言葉を吐く自分がなぜか自分ではない気がした。

「ええと、さっき維光君が校舎から出ていったから、追いかけて、でもまたそこで……」

 自分の指の動きをながめながら回想するところに、

「いや、誤憶(おもいこみ)じゃないかな。僕はずっと中で食べてたと思うけど?」

「あ、そうだった」 苦笑いする永歌。

 合わせている風ではない。事実であると信じ切ってしまったらしい。

 こんな感じで目の前の人間をたぶらかしているのだと考えると、この仕事はつくづく罪だと思った。

「時計見てる? もう授業始まるから。急いでいね」

「うわ、そうか!」

 日常へと再度(ふたたび)引きこまれる維光。行使者以上に現実味がある敵は、時間。

 いまだに維光は、行使者と対決する覚悟を決めては。

「さっきの話をもう一度いたしますか?」

 維光は沈黙して走る。

「どうしてもこういう係累(しがらみ)から抜けきれないというのがあなたの悪い所なのよ」

 うらめしげに。


「透はどこに?」

 校庭の外、森に隣接した静かな通径(とおりみち)に二人の姿。少年が本を開きながらしゃべる。

「全く時間に(こだわ)る人ね」

 もう書はただの白紙の連鎖(つらなり)ではなかった。維光は、そこに情報が所狭しと書きつけられているのを了得できたのである。

 書には文字が書かれているのではない。炎のようにゆらめく光が維光にとどき、図面のようなイメージを脳裏にはりつけている。

 まだ内容が明確に理解できるわけではない。しかし、それが呪文に関係のあることは知っている。

 あの時、透を吹き飛ばした時の技。惑書の呪文体系からすれば氷山の一角に過ぎない。

 テレパシー的な知覚によって、より威力を強くできること、方向を調節できること、長い間力をかけ続けられること……を読み取った。だが、どうやって?

 あるいは、意味不明なもの。そのイメージがあまりに漠然で、輪郭をつかめないのだ。目の焦点が合っていない部分の視界が不明瞭であるのと同じ。ただ、かなり役に立ちそうな技であることは。

「記憶を消しただけで十分だったの? もしかしたら色々と漏らしちゃってるかもしれないのに」

「かもね」

「危機管理が粗末なのよ。あんなに私の存在を表沙汰にして無事(ただ)ですむとでも?」

 書に現実(ほんとう)に向かって会話するなんて、何も知らない人から見れば変態かも。

 だが、それは行使者であるためだ。常人の理解を越えたところに彼らは生きている。

「どうせ分かりゃしないって言ってただろ」

「それはそうだけど……」

 維光は呪文の内容を一部一部理解しながら注意して言葉を続ける。

「で、透はどこにいるってんだ?」

 惑書は前置きを(もと)めなかった。

「街の通りに面した廃屋(あきや)だそうです。そこにずっと出入りを続けている人がいるそうで」

 つまり、ずっと家に帰っていないというわけか。無論、飲食(のみくい)しないわけにはいかない。なら、何かをして糧食(かて)を得ているということになるが……。

「詳しい位置は?」

「口コミサイトで見たのですって。調べる必要がありそうですね」

 維光は沈黙。口コミの種類が不明、しかしきっと困窮(おいつ)められた状況にあるのは間違いなく。

「……そんなことしなくても、今ここにいるかしら?」

 声がした時点で、維光は頭を挙げ、木々の間に焦点。

 黒い輪郭が、奥に。気づくともう人の姿となってここに。

「維光っ!」

 槍を突き出して敵が迫ってきた。

 すぐさま、地面を蹴って後ろに着地。

『撤がれ!』

 同時に異言を放つ口。

 維光の瞳はたとえようもなく(とが)っている。

 敵は、槍を後ろ向きに建てながらも、突如やってきた衝撃波に耐える。

『撤がれ! 撤がれ!』

 維光は呪文をひたすら繰り返す。音声や文言は重要ではない。

 あの時、初めて向けたのと同じ効果。全身に恐怖と、生理的な気持ち悪さ。

 殴り倒すような突風を振り払いつつ、槍を前に向け駆けだそうと目の前の敵。

『伏せろ地面へ。動くなその背』

 その叫びを発しているのが誰なのか、維光でも見当がつかない。

 ただ理解するのは――今相手にしている人間は、倒さなければならない。

 虚空から(しろ)く光る鎖がいくつも引きだされ、奴を獲物に飛びかかる。

「こんなもの無駄だーっ!!」

 敵は叫び、槍で鎖を叩く。

 鎖は巻きつくまでもなく、ガラスのように四散して霧消。

「透、もういい加減にしろ!」

 維光は嫌な気持ちに満ち満ちて叫ぶ。

「僕はあんたと闘いたくない。どうして分かってくれない!」

「それが行使者の責務だからだっ!」

 透は憎悪遍満(にくにくしげ)な眼は到底親友に向ける物とは思われない。

「もしお前が惑書を渡すというのなら(かんが)えてやる」

不可(だめ)だ。お前が行使者である限りは」

 維光も、透も、自分の矜持をぶつけ合うばかり。

「僕は惑書を伐たねばならん。行使者としての名が揚がらないからな」

「主よ、今こそ決意しなくてはなりません。脅迫(おどし)に屈するか、命をかけて彼を止めるか」

 うそだろ……。

 維光は迷う。敵意を明確にしてしまったのだ。一歩にも退けない状況が。

「お前が四条盛永のせがれか!」

 勢いのある、すごんだ響きの男の声がいきなり。

「我が主から名前は聞いていたが、こんな弱弱しい坊主とはな!」

 懊悩と緊迫感、維光には動揺するひまもない。

「その声は刺竹か?」 透の槍がしゃべっているのだと直感。

「おほお、この俺を知っているとか。もしや貴様の惑書からか」

「主よ、こんな者の戯言(たわごと)に耳を傾ける必要などありません」

 惑書の声は高く厳しい。

「あやつは以前私が盛永様とともに征伐(うちとった)った輩。何の心配にも及びません」

「あの時は運が悪かったのだ。盛永は随一の剛の者、俺ごときが克てる道理(いわれ)はなかった。しかし今回はどうかな」

「……とにかく!」

 透が最後に大声。

「維光、僕は君と闘う定めにある」

 維光の方では、嫌な気持ちが次第に高まって行った。

 透は急に低い調子。

「こんな場所で闘って楓さんや永歌さんに迷惑をかけるわけにはいかない。僕らが闘う場所は他にあるだろうからな」

 残酷な事実だ。透は完全に聴く耳を有たない。闘わないで済ます道は、もうどこにも。

「……どこだよ」

 こんな運命になぜめぐり合わなければならないのだ、と呪っている声で。

 短い言葉。しかし言外の内容はあまりにも多すぎる。

「どこに、俺たちが殺しあう場所なんてあるってんだ! ふざけてんなよ!!」

 書の端を片手で(にぎ)りしめ、今にも泣きそうな目をつりあげつつ。

 透は刺竹を地面に突きさして、腰をあずけてから、

「無論、これは僕にとっても不本意な出来事だ……」

 透は、冷たい声で返してくる。

「できれば血を流さずにことを運びたい……だが今の僕は行使者として君に臨んでいる。そして、君が今契約している魔物は……」

 惑書は、自分の声を誰に対しても開放していた。

「そう。数千年となく何百人もの人間をたぶらかし、死地にさらした悪名高い魔物! 都ての人間から(ひと)しく呪われるべき者!」

「おい、惑書……」

 維光はただあっけにとられるだけ。

 むしろ透の方が冷静だった。

「僕は君に恨みがあるわけじゃないさ。ただ……どうしても立ち向かわなきゃならないのは……」

 透の声がしばしやみ、それから表情が一時的に揺れ動く。

「ああ……当然だよ、刺竹。先にやられる前にこっちからやらなきゃならないことくらい……」

「なぜ奴を襲わないのです、我が主!」

 維光の身から力が抜けていく。ややもしれば書が手から落ちそうなほどに。

 なんでだ。なんで、こんな場所でさめざめとする必要が……。

 もう一度前を視ると、透はけだるい様子。苦虫をかみつぶしたような(かお)

「……この学校から数キロメートル離れたところに取り壊し予定のデパートがある。工事がもうすぐ始まるらしい」

「何だよ、お前一体何なんだよ……」

 維光は惑書をにぎりしめながら、目頭をおさえつけている。

「あそこの三階には実に広い空間がある。天井も高いしな。決闘するにはもってこいだ」

「デパートが何だって?」

 透のこめかみに、細い青筋がたちつつあった。

「頼むが、今の僕は行使者だ。君の友人ではないよ」

「愚かな人。この人も、あの人も」

 ぼやく惑書。

「日時はどうする?」

 維光は詰問するかのような口調で透に訊いた。

「……夜だ。夜ならばれることもあるまい」

 透はそっけない口調で遠くを眺めている風に。

「じゃあ、そこでずっと待ってるってことかな」

「いや? 僕は隠処(かくれが)の方で君と会ってから舞台に急ぐとしよう」

「よく敵相手に悠長な態度とれるな」

 自嘲気味に言い放つ維光。

「道うな、刺竹! ……僕にはまだ情けをかける余地がある。これが最後の機会になるかもしれないし」

 透は最初の敵意にあふれた顔から理性を取り戻しつつあった。しかし、いつまた爆発するか予想がつかない。

「やめに……できないのか」

 維光はうなだれて憮然とした。

 透は残酷なくらいに冷たい声でしゃべろうとつとめる。

「残念だが、そこまでは君を信用できない。何しろ絶対、不意をかけるに違いないから……」

「つまり、何もしなくても私たちは絶対に戦闘(たたかい)になるっていうことね?」

 惑書がたずねる。

「そうみたいですね」

 いかにも透らしい返事。

「じゃあ、しばらく様子を観察()るとしよう。多分維光が何もしないなんて考えられないさ」

 気力の抜けた風に立ち上がり、刺竹を引き抜くと、そのまま無言で立ち去っていく。

 維光はその後姿をながめたまま、何も言うことができなかった。

 口を開けたまま、目は面食らったままそこに固まる。

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