1-12 前哨
クラスメイトたちを見るや、自分が格上の存在に思えてきて、顔の筋肉が踊りだす。
維光はすっかり気を取り直していたのである。実力の程度を知ろうともせず、少年はいつの間にか自分が偉大な何かにでもなった気がしていた。
楓は無論、そんな事情などつゆも知らない。この優等生少女は維光に何かがあると疑い続けていた。そのせいかどうかはさておき、楓は維光がやけに上機嫌そうに見えることにも一種の不審さを感じずにはおれなかった。
つまり休日を挟んでさえ、維光はかの戦勝気分を曳きずり続けていたわけ。
「変わったね」
「え?」
維光は心意気さかんな笑顔のままで、楓に。
「維光ってそんな風に元気な奴って感じじゃなかったと意う。何かうれしいことでもあったの?」
机越しににらむ楓。
当然ながらあのカフェでの一事件をべらべらと語るくらい気分を逸脱していたわけではないので、とりあえずこう答える。
「ああ。ちょっと社会に貢献するようなことがあってさ」
『社会に貢献』……。楓は、その表現にやはり得体のしれないもの。
「具体的に答えて」
答えなければ、私の恐怖にもある程度の根拠。
「カフェであったことなんだけど、過嬉ぎてよく覚えてないかな……」
くそ、こんなことを告白けたら僕の素性がばれちまう!
両者ともに、一種の緊張をいだかずにはおれない。
「カフェねえ……あの店のこと?」
「街灯夜亭のことか?」
突如竹屋町が会話に参加。
「う……うん」
「おとといあそこで逃走中の強盗が逮捕されたんだってな。まさか居合わせてはいなかったよな?」
不安げに問訊ねてくる。楓同様、彼も無知。
「いや……別に、同じ時間じゃなかったよ」
さすがに隠せない動揺。口が裂けても、自分がその強盗を懲らしめただなんて。
「つまりその場を目撃するのは回避したってわけだ……恐い恐い……」
やけに顔の青くなる竹屋町。
「……他に変わったことは?」
たいして疑念を顕らかにはしない楓。
「特にないかな」
顔をかしげて、ごまかそうと。
「うん、じゃあさっきの自信は何なんだ」
だんだん言葉に窮していき、危地に立たされる維光。
「空元気……」
正気に返った気持ちになって、思わず恥ずかしくなった。まさかここまで苦しい立場に置かれるとは。彼らを非日常に巻きこむわけにはいかないのだ。そのために――こんなことに。
「変わったな」
と竹屋町。
「楓の言葉を再発はしねえが、なんか匿してそうな顔だ」
もう一人にまで言われると、さすがに維光でもいきらずにはいられない。
「何だよ。お前らには関係のないことだろ」
僕は行使者だ、お前らとは違う。
お前らに俺の何が分かるというんだ。
竹屋町にして見れば、維光の秘匿的な態度こそ、まさにいじりの素材でしかなく、
「おいおい、まさか御池の推測が当たったってのか、そりゃ?」
「あなたって人は――」 怒る楓。
「やめてよ、二人とも」
小柄な少女が、この間に割って入る。
以前と同じく、こうなった場を収めるのは決まって永歌。
「維光くんはまだ気分が落ち着かないんだよ。そっとしてあげなよ」
「永歌、お前はこいつが正直に物を言っていると意うのか?」
維光はすっかり厭な気分。
やれやれ、行使者という地位はこの日常にあっては何の意味もないらしい。
「そんなの、維光くんが言いたくないんだから問いつめるべきじゃない」
行使者もそろそろ気色ばみつつある。
「大体僕はそういう半端なことで喜んでたんじゃない。もっと特別なことなんだよ」
竹屋町のけげんな口調にもとげが芽生える。
「特別なことって何だよ」
「だから、それは言えない」
竹屋町がさらなる返事にいどむ直前、
「ね、維光くんはそういう気分じゃないの。だから、責めるのはやめてあげて」
実のところ維光にとっては竹屋町より永歌の方がしゃくにさわる。竹屋町は真実を知ろうとしているのに対し、永歌の場合は最初から原因を決めつけているのだから。
維光は首を縦に振らない。
「だからそうじゃなくて――」
竹屋町は至極ぶっきらぼうに。
「お前が唇をわっても云わないことはよく知ってるつもりだ。何しろ俺に遠慮してそうな口なんだから」
まぶしくも冷たい、日光をあびながら、
「結局理解されずじまいだ」
花壇に座り、一人さびしく弁当を食べる。
誰にも聞こえない小さな声で、
「行使者は世間には理解されない……か」
「ようやく分かってきたみたいね」 やけにすきとおった音色。
一人と一匹、そこに。
「すでにここまで知られている以上、何も隠蔽する必要なんてないのよ。いっそべらべらとまくしたてればいいのに」
容赦ない言葉の連鎖は、さながら立て板に水という感じがする。
「そうすればあなたはただのおかしい人間としか見なされない。もう誰もこの件には口出ししなくなる」
「避けたいな、おかしな人呼ばわりなんて」
維光はうつむいてつぶやく。
「違う。私たちにとってはあいつらこそがおかしな人。忌み嫌うべき類」
「仕方ないか……」 維光は投げやりに返す。
惑書は、その口調にやや苛立ちをまし加える。
「たかがその程度の人間に認められないからと言ってどうするのですか? あなたが注目すべき人間はもっと別にある……!」
ミートボールうまい。
「透みたいな奴と仲良くしろってか?」
絶望だな、とでも言いたげな表情で僕に向く。
「おっしゃる通り。それが私たちのあるべき姿」
あまりにも感心するような表情だったので、維光はうれしくなるよりむしろぞっと。
「つまり相戮えってか」
「最後は結局誰かが魔物を失うしかない。私が死ぬか、あるいは私以外の魔物が死ぬか……」
主人は? 主人は魔物がいなくても生きていけるってのか。
「僕もただじゃすまないんだろうな」
「ええ。行使者となったからには元には回れない。たとえどんなにごまかしたとしても」
惑書は立って、維光を見下ろす。
実に素晴らしいながめだ。紺色の袴が風に当たってゆらめく様子はまるで一つの形からの分化とは思えないし、胸の曲線はいつもより鋭い。
「僕の父さんだって幸福な家庭生活より厳しい行使者としての人生を選んだわけだしな……」
そこにどれほどの葛藤があったのだろうと想像すると、慄然。
維光のこれまでの人生から見れば、それはあまりに常軌を逸した選択のはず。なぜ、こんな境遇にまた馳せ参じようと。
「運命でもないし当然、というべきですわね……」
惑書は細い目で維光を視てきた。
維光はますますどうでもいられなくなった。そうだ、こいつなんてもっと壮絶な前途をたどっている……!
「やっぱり不安だ」
そんな両者に較べれば、自分はあまりにも卑小。父のように白刃を踏むまねができるわけもなく、下僕のように何度も同じ過程を経ることもできず。
ただこんな、何もできない人形のままでしか自分をたもてない……。
「嫌だよ」
呼吸がだんだん荒くなっていた。自分の身体をくだきたい衝動に駆られ、不意に立ち上がって惑書を見やる。
「全てをなかったことにできたらいいのに」
「それはできません」 柔和な表情で拒絶。
「だろうな……」
維光はため息しかつけない。
「いくらなんでも重荷が過ぎるだろ……ただでさえ僕は強い方じゃないというのに……目標に対して責任を負えないなんて」
「ため息ではなく、次にどうするか決めるべきではないのですか」
「は?」
顔をかたむけながら、下僕は馬鹿にした顔で。
「あなたったら、本当に惰弱だから困るの。かつての盛永様だってそんな弱い人間じゃなかった」
体の震えにくずれそうになりながら、ゆっくりと後ずさる。
「うっせえなあ……父さんみたいに強かったら苦労なんてしないさ!」
何だよ、なぐさめもせずに責めるなんて。ひどい。
「ああ……これだからガキは困る。見棄てようかしら」
惑書の嘲弄は、まさしく煮えたぎる油。
「分かったよ。それなら僕だってお前を見捨ててやる!」
維光は恨みに満ちた声で吐き捨て、小走りに逃げ去ってしまった。
人間なら笑う所だろう、しかし私は笑わない。笑う気持ちではあるが、あいにく魔物にはその力がみについていないのだ。
「本当に、愚かな人」
惑書は維光を追う必要を感じなかった。千年以上の経験から分かるのだ。行使者が本当に自分の職務を放棄することなど、万に一つもない、と。
さて、私は何をするとしよう。奴の行方を知るに若くはあるまい。だがそれを調べるにあたって、この服装では不都合。では変えてしまえばよいのだ。
「変身」
ぼそりと叫ぶ惑書。一陣の風がふいたかとおもうと、彼女の服装はすでに現代風の女子高生のそれに変わっていた。美人調の顔も、今や筋骨たくましげに。
「ちょっといい?」
千本楓は、突然現れたその少女が誰であるか知っていた。しかしなぜか、一瞬違和感がさすのを覚えた。
「あ、堀川先輩」
その少女とは、部活での先輩。
席にすわってちょうど弁当を食べている時に、彼女は歩きながら親しげに声をかけてきた。
「維光くんは元からああいう人なの?」
堀川は年頃の人間をまねた口調で。
「いや、そんなことないですよ」
隣に席をよせていた永歌が、さけぶようにつぶやく。
「維光くんはずっと勇気があると意う。けど、それが発揮できないだけ。だって透くんがいなくなっちゃったんだから」
「となると、維光くんにとって透くんは大切な人なのね」
「うん。だって小学生の時から一緒だったもの」
永歌と少女の問答の間、思案にあけくれる楓。
先輩はどうやら透のことを知っているらしい。しかし、上級生の中で透はそこまで有名じゃないはず。となると、御池から聞いたのか。とはいえ、学校にそんな人間がいたかどうか?
「そ、そうでしょ、楓ちゃん?」
顔を少し赤くして、楓に向く永歌。
楓は二人の会話など聴いていなかった。
「ええ、そうですね」 適当なあいづち。
「維光くんの父さんについて知ってることは?」
不覚。どうやら、想像以上に専門的な会話だったらしい。
「いや……私があいつのことを知ったのはごく最近のことで、あまり家庭環境のこととかしらないの」
一体、維光と透のことを訊いて何に役だてるつもりなのだろう?
「でも、確かお母さんと二人暮らしだったって聞いたことはあります。あまりそのことには手を出してほしくなかったみたいで」
一瞬、惑書の瞳が宙を動いた。
「そう? 楓ちゃんならもう少し知識があると思ったんだけど」
「うーん……維光って結構暗いからね。自分から談すことも稀ないし」
「あーあ、そりゃ残念」
堀川先輩にしては、やけに感情の出た動き。
「ちょっと話は変わるけど、街の方で変わったことは?」
透の次に、街。楓は不審な表情が出てくるのを全力で止める。
永歌が答える。
「街灯夜亭での一件は恐かった。だって維光くんはあそこに泥棒が入ってくるぎりぎりの時間に店で食べてたんだって」
「そりゃ驚き」 肩をすくめる惑書。
「あと……私、維光くんに本当は教えてあげたことだったんだけど」
まさかという気分になって、永歌の顔をのぞきこむ楓と堀川。
永歌はその迫力で一瞬息をのむ。
「あの、多様んな店の口コミを集めてるサイトを察てて、目にしたことなんだけど……」
「いいの。教えて」 楓は聞き逃すまいとしてその口の動きに注目。
堀川はいつの間にか手を脇におさめ直立。
陰気を帯びながら述べる永歌。
「ずっと誰も住んでいない家がこの学校の近くにあるって知ってるよね? 最近、そこで時々こどもが一人出入りする姿が目撃されてるんだって」
楓は目つきを一気に鋭くし、永歌の直前にのりだす。
「まさかそいつが――」
「ちょっと楓、落ち着いてよ。透がそんな所に野宿してるわけないじゃない」
楓の肩をなでる堀川。しかし、楓は警戒する表情をゆるめず。
「でも先輩、少しでも怪しいものは徹底的に調べるべきですよ」
楓はたった今の貴重な情報、そして堀川の両者に関心を向けていた。
透かもしれない人間。そして、違和感を覚えさせる先輩。
「だからさ、透くんは言うほど無謀なことができるわけないじゃない。ただの変な人」
「……先輩が透のことを知ってるって意外でしたね」
というより、ほぼ確信なのだ。わざわざ部活を共にしてもいない同級生についてずけずけと聞きだそうとするのが堀川先輩の性格だったかどうか。
「……私も」 引いた口調で賛同する永歌。続けて、
「で、でも、透くんは絶対還ってくるって私も信じます」
と意気ごみつつ。
「だって、維光くんがあんなに落ちこんでるのを知ったら、絶対あのままじゃいられませんから。ね?」
惑書は、本物の堀川先輩をよくまねた動作と声で、
「よく言った。それでこそあいつの友達だもの」
だが、ここで永歌はびくりと。というのは、この少女にとって透はある意味友達以上の存在であったから。
「え、ええ……そうですよね! 絶対に、あの人は!」
動揺を抑えつつ、不安定に満面の笑顔で。
堀川先輩が元の教室に退出していくと、すぐ楓は自分の疑念を口にすることに。
「永歌」
弁当の中のスパゲッティを全部たいらげた後で、少女に呼びかける。
「あれは……先輩じゃない」
「え?」 予想外の一言。
「本物の先輩なら、透の名前なんて知ってるわけないもの」
永歌は一転して冷たい顔つきの楓にはやや衝撃らしかった。
「でも、透があんな状態なら心配しないはず……」
「動きもおかしかった。あんたがさっきのことを教えてくれた時、まるで何でもないかのように突っ立ってたしね。もしかしたら……」
誰かが、堀川先輩に擬装しているということか。だが、そんなことができる人間は?
あるとすれば――
「ごめん、私、維光くんを探しに行ってくる」
にわかに弁当を片づけ、元の机のそばにあるかばんに収める少女。
「永歌?」
楓のけげんな表情に不関、そそくさとここをあとに。
永歌にとって楓の推測などどうでもよかった。重要なのは、みんなの元気。
維光と透、どっちもかけがえのない人間なのだから。
恥ずかしい限りだ、と維光はなげく。元から行使者を自慢できる存在などとは思っていなかった。
行使者として向き合ってしまったせいであの赤恥。惑書にまた馬鹿にされる。
くそ、といって何かを蹴ったが、ただ砂をまきあげるだけ。
いっそ叫びたい気分だ。だがどうせますます変な奴に思われるわけで。
「どうしてこんな運命になっちまったんだよ」
吐き捨ててコンクリートの壁を殴る。
だが、後ろから人の声。
「……維光くん!」
永歌だ。振り向くと、小柄で顔のやさしげな女の子が一人、走りよってくる。
「おい、永歌、なんで――」
「維光くんが心配であちこち、回ってたの」
維光は困惑した表情だったが、永歌はなぜか渾沌のない顔で笑っていた。
「不安で不安で仕方なかったんでしょ? 私、分かるの」
「……何が」
お前に何が分かるんだ、と心の中で返す。
永歌はすこし赤い顔。
「透くんのこと」
小声の次は、それを大きくしようとして、
「維光君って頑固で、無口で、性格も素直じゃない……でも、本当はとてもがんばってる。透くんとよく似てるな……相性がいいわけ」
他人にほめられると、気恥ずかしい感情が半端ではない。
「別に、あいつが大切だから気にかけてるんじゃないんだ。してもらった世話に返してるだけさ」
「違う。維光くんと透くんはずっと深く結ばれてるの。だからこそ、片方がピンチになったら助けずにはいられない。ねえ、覚えてる?」
昔を懐かしむ雰囲気をとりながら、近づこうとする。
「あの時、プールで溺れかけてた私を透くんと一緒に助けてくれたのは維光くんだったもんね。だから私も、あの時の恩に報わなきゃなんないかなって」
永歌の語るその事件は、小学生の頃だったと記憶している。まだ物心もついていなかった時のこと。
永歌が排水溝へと吸いこまれていった時、維光はプールの端によりかかりながら腕を伸ばそうとしたが届かなかった。透はこの時、ほぼ何も考えずに手をにぎってなんとか助けを求める永歌をつかみ、すんでのところで命を助けた。
もっとも二人も無事ではすまなかった。二人とも腕がひん曲がって、数週間寝こむはめになったのだが。
「維光くんが一人でかかえこんでるのを観るのは……私だって辛い」
永歌の言葉は、もしもっと別の状況であれば救済となりえたかもしれない。
事実、維光はうれしかったのだ。永歌が純粋に心配してくれているのは。けど、今は。
もう彼らとの間には越えることのできない溝ができあがってしまったのだ。意見の違いではなく、住んでいる世界の違いによって。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
ああ、僕は人間の心がけを受け取ってやれない無残な人間だ……。
「僕はもう昔とは違う。もう普通の人間にはなれなくなっちまった。これ以上変になぐさめられても困るだけさ」
「維光くんはいつだって普通なんかじゃない」
永歌は声を大にして。
「今だって精いっぱい生きてる。私はそんな風には生きられない。もし支えを失えば、即座に崩れて、もう立ち直ることなんてできやしない。でも、維光くんは違う。自分が信じるもののためなら、どんなことにだってめげない。それなのに……私は……」
永歌が泣いている。ああ困ったことだ。ただ僕は、透が僕を狙っているようだからその敵意をとりのけようとしているだけなのに。
「そうやって特別扱いしないでくれるかな。僕はルサンチマンのかたまりだから、現状に甘んじているのが耐えられないだけなんだよ」
永歌の憐憫は事実何の役にも立たない。問題の焦点をただずらしているに過ぎん。
「それに……僕がこのことを他人にはどうしても言えないというのは本当なんだ。たとえ永歌や楓にしたってさ。無関係な人たちを巻きこみたくなんてない……ただそれだけだから」
「え……?」
永歌は、面食らったようにそこにたたずむ。もっと軽めの話題だと推測していたのだろう。
「僕にはやらなきゃならないことがある。今から探しに行かなきゃならないんだ」
「探すって……誰を?」
「それは言えない」
もっと永歌に言ってやりたい気分だったが、重要なことは何かを十分にわきまえていて。
そのまま片足を挙げて走る様子を見せた途端、これを地面に踏みつける直前、永歌を越えて消え去った。
惑書に会わねばならない。この落とし前はぜひともつけなければ。
維光はもう先ほどの気分に惑わされている余裕などなかった。永歌はあまり僕の心を理解してくれているわけではない。だが、理解しないだけ楽なのだ。こっちの苦労に深く感情移入した所で、一層重圧が深まるだけだから……。
維光は永歌との会話を思いめぐらすばかりに、自分が常人を越える速度で廊下を駆け巡っていることに最初気づかなかった。無意識のうちに行使者としての自覚が頭をもたげていたわけだ。
惑書の嘲笑を聞くことになるだろうが、そんなことは構ってられない。まさか父さんにもあんな態度で接していたのだろうか? だとしたらなかなか大胆不敵。維光は――
しかし、思いがけない出来事に遭遇すことに。
成人したばかりに見える男が、そこに。
「ま、待て、ぶつかるっ!」
片手を突き出して止めようとした時には、維光はその数歩手前にまで迫っていた。
動きを止めた時、維光は驚いた。
一つは反動が体にほとんどかからなかったこと、そして二つはこの男が人間ではないことを。
彼は確かに、人間ではなかった。輪郭が数回、点滅する光のごとゆがむ。波のようにぼやけ、にじむ。
「あんた、魔物か」
維光はつばを飲みこんで、問う。
「君は、行使者なのか?」
目前の男――のびた無精ひげ、黒縁の眼鏡――は、不安定にゆれる輪郭のまま、質問に質問。
こいつが透の? 警戒するかのように、後ずさる。
だとすれば、惑書がいない今はまさに危機ではないか。
「ご安心ください、彼に行使者はおりませんよ」
忽然とそばに出現する惑書。
「おい、惑書……」
「私と主とはつながっているのですよ。離散になるとでも?」
男性型の魔物は、二人(一応)の姿をいまだ冷静な態度で受け止められずにいる。
「君は、まさかあの惑書か?」
どうも、彼女(一応)のことを知っている様子。そしてそのことに駭くこともなく、
「ええ。あなたこそ、なぜここに?」




