3話
この日の夜、拓郎は再び猫のように磨りついてくるクレアの頭をなでながらこの事に対する顛末を話し合っていた。
「何とかなってよかったよ。流石にクラスメイトの家庭状況が破壊されてしまったなんて展開は回避したかったからなぁ」
拓郎の本音に、ジェシカの言葉が続く。
「そうですね、流石にそういった事にはならないようにしたいところですが……珠美さんは突然変異機的に伸びましたから、ご家庭が混乱したのも無理らしからぬ話ではあります。もちろんこの成長は珠美さんが真剣に訓練を積み重ねてきた結果ではありますが」
ジェシカの言う通り、合宿などを含めてコツコツ積み重ねてきたのが珠美だ。その蓄積した訓練による経験が一気に花開いたためレベル3から一気に5に一瞬で駆け上がった──ように見えるだけだ。本人の努力が無ければこのようの成長はないし、学園の魔人や魔女の教え方が良かったことも噛み合って起きた事だ。
「とはいえ、珠美もレベル5になったかぁ……年末を前にレベル5って、人生的に半端じゃないアドバンテージだからなぁ。珠美は犯罪さえしなければ一生安泰だな、まあ一生安泰なんだから犯罪をやる理由が無いか。珠美自身も犯罪に手を出す性質じゃない」
拓郎は天井を見上げながらそう呟いた。クレアと出会って2年もたっていないのにここまで自分だけでなくクラスメイトの人生も変わるとはおもっていなかった。クレアと出会わずにあの日が過ぎたなら、自分自身はレベル5に行けたかは怪しいしクラスメイトもここまで強くならなかっただろう。
「あの日の出会いが全てを変えた、か。あの日クレアと出会えなかったらと考えると今は恐ろしくなるな」
なんて言葉を拓郎が口にすると、頭をなでられていたクレアが顔を上げて来た。その表情は、まさにドヤ顔と言う奴そのものであった。
「ふっふーん、当然よ。愛しの人には私、尽くすよ? 不幸に向かう運命だって蹴り飛ばすんだから。だからたっくんはもっと私に甘えていいのよ? もう子供を仕込んでもいいのよ? そばにいてくれるんでしょう? ずーっと?」
クレアの言葉に、拓郎は少々苦笑しながらも返答した。
「今更もう離れるなんて考えられないさ。離れる方が違和感を感じるようになってしまったしな……ただベタベタにくっつきまくるというよりは、穏やかに一緒に同じ道を歩む感じだけど……まあ、その道で歩く人が増えるんだろうが」
暗に、クレアとの間に子供をもうける事も考えているという宣言である。当然それを感じ取れないクレアではない。再び拓郎の胸に顔を埋めてすりすりとこすりつける。
「うんうん、そうよね。一気に燃え上がるだけが愛じゃない。むしろそうやってじっくりと一緒に歩ける方が私も良いわ。ただこうやって甘えさせてもらう時はあるけどねー」
再び拓郎はクレアの頭をそっと優しくなでる。こういう一瞬を、拓郎としてももう手放せなくなっている。クレアの事は愛おしく思うようになっているし、一生を共に歩くのも既に覚悟を決めている。子供は何時になるか分からないが、どうせもうこうなった以上普通の人の何倍も生きる事が確定しているのだから、その時に考えればいいと思っている。
「もちろん私もその同じ道のひとりに入っていますよね?」「それはもちろん」
少しすねた雰囲気のジェシカからの言葉に、拓郎は即座に応えた。特殊な状況が加速するが、どうせ人の人生に同じものなんかないと思っている拓郎は、ジェシカも当然受け入れる。クレアも一切反対しない。この3人で一緒に歩いて行くのだと既に決まっているのだから。
「ま、結婚を日本でやるってこだわる必要もないしねー」「ええ、別にその辺りの事は柔軟にやればいいでしょう。もっとも、姉さんと私が同時に同じことを頼んだ時に反対できる人がいたら面白いんですけどね」
酷い話である。歩く地球破壊爆弾が爆発しない代わりにこれをお願いと言われて、その内容がささやかな──地球を破壊されることに比べたらささやかな内容であったら誰が断れるというのか。しかもその地球破壊爆弾は喋って飛んで歩きまわるのである。そしていつ起爆するか分からないのだ。その爆弾がこれを認めるなら爆発は先延ばしにしてあげると言ってくるのだ……脅しなんてレベルではない。
「とにかくたっくんが学園を卒業したら私達は結婚、これは決定事項ね」「まあ、それはそうだな……もう覚悟も決まっているんだから先延ばしにする理由がない。ただ、指輪がなぁ」
古い言い方をすれば給料3か月分、である。結婚指輪は一生の記念品でもある。だから拓郎も送りたい──が、学生である以上どうしてもお金は自由にならない部分が多い。最悪過去に喫茶店で貰ったブラックカードを使うという手段が無い訳ではないが、それで買った指輪を送ったところでクレアやジェシカが喜ぶことは無いだろう。こう言うのは高い指輪を買えばいいという物ではない。
「指輪なんかどうでもいいんだけど」「姉さん……」
一方であっけらかんとそんな事を口にするクレアに対して、ジェシカは少々いたたまれない。確かに指輪なんてクレアからしてみれば欲しけりゃ有り余る財産で買えばいいので、今市ピンとこないという背景がある。更に拓郎にお金を切り詰めさせて躱せるなんてことをするぐらいなら、必要ないとも考えている。クレアからしてみれば、一生拓郎が隣にいてくれればそれでいいのである。
ジェシカもそれを理解はしている。しているが、拓郎の言葉も理解しているので、そういってしまったら拓郎の立つ瀬がないだろうと考えてしまうのである。それに拓郎ならば数か月もあれば、それなりの指輪を買うだけのお金を稼げる能力があるのも分かるが……クレアは一刻も早く正式な夫婦になりたい! という考えなので、指輪に重きを置いていないのだ。
(結婚するという点は一致していますが、やっぱり拓郎さんとしては一つの区切りとして指輪の一つも送りたいと思うのはおかしい事ではないですよねぇ)
常に格好をつける必要はない、だがつけるべき時はつける事が出来ないのもまたダメなのだ。だからこそここはクレアがぐっと我慢して拓郎が指輪を送る時間を与えた方が良い、良いのだがそれをする理由がクレアにはない。むしろ揃いの指輪が欲しいなら私が作るとすら言うだろう。華美な物でなく二人の記念という事に特化するだけならば、それこそ今から作ろうと言い出しかねない。
「まあたっくんが欲しいなら作ろっか? たっくん、好きな宝石とかってある?」「ねえさあん……」
言い出しかねないどころか言い出してしまった。姉さん、そうじゃない、そうじゃないんですとジェシカは内心で地団駄を踏んでいた。男性から愛する女性に指輪を送るからこそ格好がつくのに、その甲斐性を立てるお膳立てをあっさりとぶち壊してしまった姉に、ジェシカは頭を抱えたい気分でいっぱいだった。
「ジェシカは確かトルマリンだったわよネ? どういうデザインにしましょうか?」「はううううう……」「ジェシカさん……」
拓郎とジェシカは見あって、同時にため息をついた。それを見たクレアがあれ? なんか私見当違いな事をしちゃった? と首を捻っている。一般的ではない彼女にこういった事での機微を求めるのは酷なのかもしれないが、拓郎もクレアに指輪をねだるつもりで口にしたわけではなく、ジェシカもそれを理解しているからこそのため息だ。
しかし、クレアのこういう時の押しの強さに二人が断れるわけも反論もできず。結局結婚指輪はクレアが全額出すことに決まってしまった。拓郎がこんなつもりで口にしたんじゃないのにと、その後しばらくぼやくことになったのも仕方がないだろう。




