2話
そしてその日の昼休み。やはり話は珠美中心に動いていた。無理もないが……話の中心は、とにかくどうやったら珠美の一家が穏やかな状況に戻るか、である。
「正直、私は今まで通りでいいの。親が妹の魔法の訓練に力を入れるとか、私は留守番が多いとかもすっかり慣れちゃってるし、今から急に変わる方が気持ち悪いの」
これが珠美の本音であった。その声色からも珠美が強がっているわけではないとクラスメイト達も理解した。
「だけど、私の妹の価値観がぶっ壊れちゃったのはもうどうしようもないんだよね。恐らく今頃今のままでいいのか? 本当に私は魔法使いとして未来を掴めるのか? って考えて頭の中ぐるぐるしてそう。でも私が何を言っても多分今は何も通じないと思うし……」
続けて珠美の口から出た言葉に、クラスメイト達は唸る。珠美の分析は間違っていない、恐らくそんな感じで悩んでいる可能性は非常に高いという認識の一致をみているからである。そんな状態にある珠美の妹が、今の珠美の声を素直に聞く──訳が無い。
「これ、珠美一家でどうにかできる話じゃねーだろ……俺達も知らない訳じゃないんだし、少し何らかの形で協力しないとこじれるぞ」
雄一の言葉に誰もが頷いた。そうなるとどうやって何を協力するかだが。ここで拓郎が口を開いた。一回この学校の訓練に妹さんを招待して実際にやってもらうしかないんじゃないか、と。当然視線が拓郎に集まるが……
「妹さんからしてみれば、適度な訓練に留まっていた珠美が何でこんなに突然強くなったのか、多分理解していない。魔女の訓練を受けていると言葉では聞いても、おそらくピンときていない。魔女の指導があったから、インスタント・ヒーローの様にポンと手軽に強くなったってすら考えているかもしれない。だから実際に一回経験してもらって、並みではない訓練をしていると理解してもらわないと、多分誤解したままなんじゃないか?」
拓郎の提案に、クラスメイトの間からも確かにそうするしかないかもしれないという意見が出る。実際拓郎達の訓練は一般的な高校生とは桁が5つ6つ違う訓練の難易度を誇っており、クラスメイト達がレベル4になっているのもこの訓練の厳しさゆえだ。何かに力を分け与えられて強くなる、インスタントな力では決してない。
「担任の先生を通じて校長先生に話を持って行ってもらうしかないね」「珠美ちゃんの過程が壊れるのはさすがに嫌だしねー」「家庭のもめごとは時間が経つともつれるから、早めに手を打った方が良いよね」
と、クラスメイトの意見も出たことで、この日の放課後に担任の先生を通じて話が校長先生の元へと。それからたった2日後、珠美の妹さんが学園に姿を見せていた。
「という形で、今日の4限目にある魔法訓練に特別ゲストという形で参加していただきます。見るだけでもよし、実際に参加するもよし、その判断は貴方に一任します。ただし、参加するなら痛みも苦しさも受ける事は理解してください」
学園の校長先生の言葉に、珠美の妹である真美は頷いた。
「もちろんです、魔法を学ぶという事は危険と隣り合わせであることは重々承知しております。それでも私は、姉があそこまで魔法を使えるようになった訓練の現場を知りたいのです。魔法のレベルではない、全く別の何かを姉から感じました。恐らく私の魔法がまるでそよ風の様に消された理由がここにある筈です。」
校長先生はその真美の言葉に「くれぐれも無理などはしないようにしてください」と念押ししてから訓練の場に送り出す。そして訓練の時間、珠美と真美の両親は校長室から見学していた。数分後には驚愕の二文字が浮かんでいたが。
「あのような訓練をここではしているのですか!?」「特にあの拓郎という生徒の訓練は魔女との殺し合いの様にしか見えませんが……」
想像のはるか上の訓練内容に、絶叫したのも無理のない話だ。特に拓郎がクレアと行っている訓練は、一般の人からすれば全力同士の殺し合いにしか見えないだろう。学園の人間にとってはすでに日常だし、ある程度のダメージを拓郎が受けても自力で回復している所は何度も見て来たので心配などしていない。
「彼は更に先を見ています。残されたわずかな時間でもう一歩先に己を進めるため、あのような訓練を望んでいこなっています。彼だけではありません、学園にいる全生徒だけでなく教師も教えと学びを繰り返して己を高めるようにしています。ここではだれもが魔人、魔女の皆さんから魔法を学んで己を高める同志と言ってもいい状態ですから」
校長先生の言葉に、珠美の父親が口を開いた。「教師も、なんですか?」と。この言葉に校長先生は話を続ける。
「もちろんです。むろん魔法のレベルは上がりません。しかし、魔法の技術や効率、柔軟性などはいくら歳を重ねても訓練すれば伸びるのです。実際わが校の教師の防御魔法は、レベル1であってもレベル3や4の魔法でも雑な魔法なら弾きますよ? ほら、ああそこの真美さんの所の様に」
校長先生に言われて珠美と真美の両親が視界を向けた先では、真美が放つ魔法を教師が容易く払いのけている姿があった。
「そ、そんな!? 私の魔法はこんなに軽いというのですか!?」「確かにレベル4だけあって軽いという事はないんですが……密度が甘すぎます。受けてみてください、こちらはレベル1の風魔法を放ちます、貴方は防ぐ。良いですか?」
教師に言われて真美は真面目に防御魔法を展開する。教師はそれを確認したうえでレベル1の風魔法を真美に向かって放った。普通ならばどうあがいても風魔法が勝つ要素はない──という常識を、容易く打ち破った。教師が放った風魔法は真美の防御魔法を撃ち破り、真美の体に風を届けた。ダメージはない、しかし──その風を浴びた事こそが、防御魔法を抜かれた証拠そのものだった。
「こんな、事が」「真美さんと言いましたね? 私の魔法レベルは2しかありません。今までの常識ならば、私が貴方に勝てる可能性はゼロです。しかし、ここで皆が一丸となって魔人や魔女の方々に教えを乞い、そして真剣に訓練を積み重ねた結果がこれです。誰もが今あなたの周囲で行っている一般的からはかけ離れた訓練を受けて歯を食いしばっています。容易く強くなれる方法など、ありませんよ」
教師の言葉を受けて、もう一度珠美は周囲を見渡した。座学も実際に行われている訓練もみな自分がやってきた訓練の上を言っている、という事だけは分かる。それと同時に、姉が身を置いてきた場所のすさまじさを本当の意味で理解した。今も訓練をしている姉は、家では決して見せない真剣そのもの。時には魔法に吹き飛ばされそうになってもなお、はるかに自分よりも洗練された防御魔法を一瞬で展開して堪えている。
「私も、姉のようになれますか?」「貴女だってなれます、誰だってなれます。今あなたは目標を得たでしょう? こうなったらいいな、という軽い物ではなく絶対になるという強い目標を胸の内に秘めたはずです。そういう人は目標にしっかりとした信念を道しるべにできます。だからあなたも貴女のお姉さんのようになれますよ。一般の魔法使いとは違う、本当の意味で強い魔法使いに」
真美の問いかけに、教師は一瞬も迷わずそう真美に告げた。その後、真美の体が一瞬震えてから教師にこう告げた「もう一回お願いします」と。
「分かりました、ですがただ無為に魔法を放つだけでは成長できません。良いですか、よく見てください。魔法という物はより精密に、かつよりしっかりと魔力を練り上げて放つ物であると私達は教わりました。その訓練方法は──」
こうしてこの日の訓練時間、真美は必死で教師の言葉や訓練方法を学んだ。砂漠に降り注いだ雨を全て飲み干すがごとく貪欲に。その様子を珠美のクラスメイトも確認していた。この様子なら大丈夫だろうと判断し、各々の訓練にすぐに戻ったが。こうして真美にとって帰の効かない重要な1時間は一瞬で終わった錯覚を受けるような形で過ぎ去った。
「時間です、今日学んだ事を無駄にしないように」「ありがとうございました。私、やはりこの学校を選びます。そして、姉のように自らをもっと鍛えて立派な魔法使いになります」「お待ちしていますよ」
真美の表情は、ここ数日の内で一番晴れ晴れとしていた。姉の訓練の姿や自分が受けた訓練の濃密さを知って、真美の心の整理がついたのだ。それと同時に、絶対高校生活はここで送ると決めた瞬間でもあったが。こうして珠美一家が内部分裂するような未来は回避された。




