最終話:エピローグ——春の草原で
あれから、一年が経った。
世界は、生まれ変わっていた。
空には、雲が浮かんでいる。白い、綺麗な雲だ。
灰は、もう降っていない。
代わりに、たまに雨が降る。温かい、優しい雨だ。
大地には、緑が戻っていた。
草原が広がり、花が咲き乱れている。
森には、鳥のさえずりが響いている。
川には、魚が泳いでいる。
世界が——生きている。
*
俺は、監査官の制服を脱いだ。
もう、着る必要がない。
世界の家計簿は、黒字になった。
俺の仕事は、終わった。
今、俺は——草原の中に立っている。
リナが、見たかった景色だ。
12年前に死んだ、俺の妹。
たった500MPで救えた命。
彼女は、この景色を——見ることができなかった。
「リナ」
俺は、空に向かって呟いた。
「見えているか。これが、春だ」
風が、頬を撫でた。
温かい、優しい風。
まるで、リナが——俺に触れているような。
「カイ」
声がした。
振り返ると、ベルが立っていた。
幼女の姿。
封印が安定して、元の姿に戻っていた。
「何してるの?」
「……妹に、報告していた」
「リナさんに?」
「ああ」
ベルが、俺の隣に立った。
「リナさん、喜んでるかな」
「分からん。だが——」
俺は、空を見上げた。
「怒ってはいないと思う」
「そっか」
ベルが、俺の手を握った。
「ねえ、カイ」
「何だ」
「私、まだ——カイのこと、好きだよ」
「……」
「900年前から、ずっと」
俺は、ベルを見た。
幼女の姿。だが、その奥には——大人のベルがいる。
俺と約束を交わした、美しい女性。
「ベル」
「何?」
「俺も——お前のことが、大事だ」
ベルの目が、輝いた。
「本当……?」
「ああ。900年前の約束を、俺は——覚えている」
ベルが、俺に抱きついた。
「嬉しい……」
「……ああ」
俺は、ベルの頭を撫でた。
小さな体。冷たい肌。だが、その温もりは——確かにそこにある。
*
「カイさーん! ベルちゃーん!」
声が聞こえた。
エルが、丘の向こうから走ってくる。
彼女の後ろには、クラリスがいる。
「お昼ご飯、できましたよー!」
「今日は、私が作った」
クラリスが、少し照れくさそうに言った。
「……味は保証しないが」
「大丈夫です、クラリスさん! 私が味見しましたから!」
エルが、にこにこと笑っている。
彼女の髪には、花が飾られていた。
野に咲く、小さな花。
「行こう、カイ」
ベルが、俺の手を引っ張った。
「お腹、空いたよ」
「……ああ」
俺は、歩き始めた。
草原の中を。
花の香りに包まれながら。
温かい風に吹かれながら。
仲間たちと一緒に。
*
これが、俺の物語だ。
追放された元監査官が、世界の家計簿を黒字化するまでの。
0.003%から始まった、逆転の物語。
俺は——数字しか見ていなかった。
だが、旅の中で——数字の向こう側にあるものを、見つけた。
人の心。
想い。
祈り。
約束。
それらは、「無駄」じゃなかった。
世界を救うための、最大の資源だった。
師匠が教えてくれた。
ベルが教えてくれた。
エルが教えてくれた。
クラリスが教えてくれた。
そして——リナが、ずっと前から教えてくれていた。
大切なのは、数字だけじゃない。
数字の向こう側にある、命の輝きだ。
俺は、それを——忘れない。
これからも、ずっと。
*
『世界のマナ残量:100.000% (SURPLUS)』
『成功確率:100%(達成)』
『監査官カイ・ヴェルナーの最終報告:
世界の家計簿は、黒字化されました。
すべての命が、救われました。
ありがとうございました。
——報告終了』




