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残りマナ0.003%、世界の家計簿を黒字化します~追放された元監査官の最適化無双~  作者: れーやん
第一章:追放と出会い編

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プロローグ:灰の葬列

 灰が降っている。


 音もなく、静かに、世界を埋め尽くすように。


 それは雪ではない。


 世界樹が死にゆく証——『死のデス・アッシュ』だ。


 かつて世界樹は、大地にマナを循環させ、空を青く染め、森を緑に輝かせていた。


 だが今、枯れかけた世界樹は不完全燃焼を繰り返し、その燃えカスを空に吐き出し続けている。


 灰は土壌を殺す。


 灰は肺を蝕む。


 灰は、希望を埋葬する。


 人々はこの時代を、こう呼んでいた。


 ——『灰の常冬アッシュ・ウィンター』。



    *



 王都エルディア。


 かつては『光の都』と呼ばれたこの街も、今は灰色の霧に包まれている。


 石畳の上に積もった灰を、使用人たちが魔法の箒で払っている。貴族の邸宅の前だけが、不自然なほど白く輝いている。


 その光景を、俺は馬車の窓から眺めていた。


 視界の端で、数字が明滅する。



『街路清掃魔法:消費120MP/時』

『貴族街全体:消費8,400MP/日』

『年間換算:3,066,000MP』

『一般市民換算:306世帯が1年間暖房を使える量』



 俺の瞳に宿る『マナ・レジャー』が、世界の無駄を数値化していく。


 灰を払うためだけに、306世帯分の暖房費が消えている。


 その間、庶民街では——



『庶民街の暖房制限:1世帯あたり0.3MP/日』

『昨冬の凍死者:推定1,200名』

『死因の内訳:暖房不足による低体温症 78%、灰塵肺 22%』



 1,200人。


 貴族が灰を払う魔法を、暖房に回していれば——全員、救えた。


 馬車が止まった。


 目の前に、白亜の宮殿がそびえている。


 マナ運用局本部。


 俺の、職場だ。


 いや——今日から、元職場になる。



    *



 大会議室に足を踏み入れた瞬間、暖かい空気が頬を撫でた。


 外は灰が降り、庶民は凍えているというのに、この部屋は春のように暖かい。



『室温調整魔法:消費200MP/時』

『参加者の体感快適度維持のため、外気より15℃高く設定』

『年間消費:1,752,000MP』

『改善案:室温を5℃下げ、参加者に上着を着せれば、年間584,000MP節約可能』



 だが、ここにいる貴族たちは、絶対にそんなことはしない。


 『寒さを感じること』自体が、彼らにとっては屈辱だからだ。


 白大理石の床。金糸で織られた絨毯。天井には七基の巨大なシャンデリア。壁のステンドグラスは、すべて魔法で発光している。


 俺のマナ・レジャーが、自動的に計算を始める。



『会議室維持コスト:毎時300MP』

『年間消費:2,628,000MP』

『灰の排出:年間52.6トン相当』



 この部屋を維持するためだけに、52トンの灰が世界に降り注いでいる。


 美しい。


 そして——おぞましいほど、無駄だ。



「——以上が、今期のマナ節約キャンペーンの成果です」


 壇上で、副局長のグレンフェルト侯爵が報告している。


 豚のように太った体を、魔力で浮遊させながら。



『グレンフェルト侯爵:浮遊魔法 消費50MP/分』

『体重推定:142kg』

『改善案①:40kg減量で消費12MP/分に削減可能』

『改善案②:歩け』

『灰の排出:毎分0.8kg相当』



 彼が会議中に浮いているだけで、約50kgの灰が世界に降る。


 歩けば、ゼロだ。



「市民への『マナ浪費禁止令』により、庶民の魔法使用量を前年比で3%削減しました!」


 侯爵の声が、会議室に響く。


「これにより、世界のマナ枯渇予測は『あと30年』から『あと32年』へと延長されました!」


 拍手が起きる。


 自画自賛の、空虚な音だ。


 32年?


 笑わせる。


 俺のマナ・レジャーが示す真実は——



『世界滅亡まで:00年352日 06:47:32』

『00年352日 06:47:31』

『00年352日 06:47:30』



 残り352日。


 1年にも満たない。


 しかも、この『マナ浪費禁止令』の実態は——庶民から暖房と照明を奪い、貴族だけが魔法を独占するための法律だ。


 俺は黙って、会議室の人間たちをスキャンした。



『参加者:47名』

『総年間マナ消費:推定18,500,000MP』

『一般市民換算:1,850世帯分』

『年間灰排出量:370トン相当』

『内訳:

 ・装飾魔法(宝石、服飾の輝き維持):35%

 ・移動魔法(魔法馬車、浮遊):28%

 ・温度調整(私邸の過剰冷暖房):22%

 ・娯楽(魔法庭園、魔法ペット):15%』

『平均効率:1.8%』



 1.8%。


 彼らが使う魔法の98.2%は、無駄に灰となって世界に降り注いでいる。


 俺は、拳を握りしめた。


 脳裏に、一人の少女の顔が浮かぶ。


 ——リナ。


 12年前に死んだ、俺の妹。


 彼女を救うのに必要だったマナは、たった500MPだった。


 この部屋のシャンデリアを、2時間消せば賄える量だ。


 だが、父は言った。


 『欠陥品に使うマナはない』


 その年、父が装飾魔法に使ったマナは——45,000MPだった。


 リナは、90回救えた。



「——カイ監査官」


 名前を呼ばれた。


 グレンフェルト侯爵が、脂ぎった顔でこちらを見ている。


「君は何か意見があるかね? 今回の成果について」


 罠だ。


 俺が何を言っても、揚げ足を取られる。


 だが——もう、どうでもいい。


 俺は立ち上がった。



「異議があります」


 室内が、静まり返る。


「副局長。その『32年延長』は、どのような計算根拠に基づいていますか?」


「……カイ監査官。君は——」


「マナ運用局が公開している計算式では、世界樹の枯渇速度は『年間0.8%加速』が前提です。しかし実測値は『年間1.2%』。乖離率50%」


 会議室の空気が、凍る。


「その上、公開データには『貴族階級の消費量』が含まれていません」


 俺は、一歩前に出た。


「全人口の2%に過ぎない貴族階級が、全マナ消費の42%を占め、全灰排出量の67%を生み出している——この事実を、なぜ隠すのですか?」


「か、カイ監査官! それは機密——」


「機密ではありません」



 俺はマナ・レジャーのデータを、会議室の魔法スクリーンに強制投影した。


 監査官の特権——すべてのマナ消費記録へのアクセス権。


 スクリーンに、巨大な数字が浮かび上がる。



『真のマナ残量:352日分(誤差±7日)』

『現在の灰堆積速度:年間12cm』

『あと3年で農地の80%が死滅』

『あと5年で人類の居住可能域が30%減少』



 室内が、凍りついた。



「……これは、何の冗談だ」


「嘘だ! そんなはずがない!」


「データの捏造だろう!」


 俺は、静かに答えた。


「局長室の機密サーバーから取得しました。監査官の権限で、全データへのアクセスは合法です」


 グレンフェルト侯爵の顔が、赤黒く染まっていく。


「カイ・ヴェルナー……! 貴様、国家反逆罪だぞ……!」



「反逆?」


 俺は、会議室を見渡した。


 贅沢な椅子に座り、宝石をちりばめた杖を持ち、魔力で冷やした高級ワインを飲んでいる連中。


 窓の外では、灰が降り続けている。


 庶民街では、今日も誰かが凍えて死んでいく。


 俺のマナ・レジャーが、彼らの『価値』を数値化する。



『グレンフェルト侯爵:年間消費120,000MP/灰排出2.4トン』

『ランベール公爵:年間消費230,000MP/灰排出4.6トン』

『エリシア侯爵夫人:年間消費95,000MP/灰排出1.9トン』



 そして、俺は——静かに、決め台詞を口にした。



「君たちの『正義』には——0.1MPの価値もない」



 会議室が、爆発した。


「追放だ!」


「叩き出せ!」


「二度と王都に入れるな!」


 大理石の扉が開き、武装した衛兵たちが入ってくる。


 グレンフェルト侯爵が、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「カイ・ヴェルナー。貴様を『国家経済の妨害』『機密情報の不正取得』『権威失墜罪』で、即刻追放する」



 俺は何も言わなかった。


 ただ、マナ・レジャーに新しいタスクを入力する。



『目標:世界のマナ収支を黒字化する』

『期限:352日』

『必要削減量:推定500,000,000MP』

『必要灰削減量:推定10,000トン』

『成功確率:0.003%』



 ——0.003%。


 ほとんどゼロだ。


 だが——ゼロじゃない。



 衛兵に両腕を掴まれながら、俺は最後に窓の外を見た。


 灰が、降っている。


 音もなく、静かに、世界を埋め尽くすように。


 リナ。


 俺は、心の中で妹に語りかけた。


 お前を救えなかった俺だけど——


 この灰色の世界を、必ず変えてみせる。

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