(第五話)遥かなる神話の時代 その2
「こうして『第一の太陽の時代』が訪れた。テスカトリポカは法を生み、青い空と緑の大地を広げた。やがて木々が生え、山々が聳えた。そして豊かな水が生まれ、川が、そして海が生まれた」
「それで?」
「人間……いや、人間”みたいな”奴が生まれた。巨人だ」
「巨人?おっきいの?」
「ああ。木よりも、山よりも、ずっと大きかったんだ」
「へえ……でもそんなにおっきいなら、いっぱい食べないとお腹すいちゃいそう」
「巨人が食べていたのは……木の実だ」
「えぇ!?」大人しく話を聞いていたテパは、びっくりして大声をあげた。
「木の実だけじゃお腹いっぱいになれないよぉ……」
「だが、その頃は今よりもずっとたくさん木があったらしくて、巨人の腹を満たす分は足りていたようなんだ」
「じゃあどうして巨人はいなくなっちゃったの?木がなくなっちゃったから?」
「違う。太陽が……”変わった”んだ」
シンの語りは続く。外では空が、夕焼けに紅く染まっていた。
―――
テスカトリポカが強引に太陽の座に就いたことを不服としつつも、逆らうことなく地上の成り行きを見守っていた神々。仲間が昇って沈み、主なき月が入れ替わって昇って沈み……が規則正しく繰り返されるうちに、いつしか神々は現状を受け入れ、特に不満を漏らすことはなくなっていた。――ただ一人を除いては。
「全く、なんなんだよ!!」
ある日、ケツァルコアトルは巨人が実を食べ終えた木の枝に座っていた。そして突然声を荒げた。
「あの巨人ども、毎日実を食っちゃあ寝て食っちゃあ寝てで、何の変わり映えもねぇ!こうやって禿げる木ばかり増えてやがる!」
ケツァルコアトルはそう言って、座っていた枝をバキッと折った。葉が一つもないそれは、骨のように白く変わり果てていた。力強く張っていた頃の面影は、どこにもなかった。
「おいおい、急になんだ?」
同じ木に座っていたシペ・トテックが、ケツァルコアトルを見上げる。ウィツィロポチトリも同じく見上げていた。
(あいつ……少しは落ち着いたと思っていたのに……)
シペ・トテックもウィツィロポチトリも、ケツァルコアトルの気性の荒さに呆れた。
「この世界はおかしい!どれもこれも、あいつが勝手に太陽になったからだ!」
「おい、急にどうし――」
「俺が太陽になってこのクソみてぇな世界を変えてやる!!!」
―――
「こうしてケツァルコアトルは天へと昇った。折った枝を棍棒に変えてな」
「眩しくなかったの?」
「わからない。でもそれは二の次だったんだろう。兎に角、ケツァルコアトルは棍棒でテスカトリポカを思いきり叩いて、大海原へ落としたんだ」
「それで、ケツァルコアトルが次の太陽になったんだね」
「ああ。『第二の太陽の時代』が始まったんだ」
「テスカトリポカはどうなっちゃったの?」
「突然太陽の座を下ろされたのが癪に障って、ジャガーに姿を変えた。そして……」
「そして?」
「その勢いであろうことか、地上にいた巨人全員を食い殺してしまったんだ……」
テパとシンの間に、重い空気が流れた。風が生温かった。
―――
ケツァルコアトルが太陽となり、テスカトリポカが行方を晦ましてから600年後。
「わーはっはっは!!!」
天地が壊れそうな程の高笑いが、太陽から響く。
「この世界の人間は本当に賢い!自分でトウモロコシを育てて食っている!おかげで木も禿げなくなって一石二鳥!巨人がいた頃とはえらい違いだな!やはり俺こそが太陽に相応しかったんだ!!」
「……随分とご満悦だな」
ある高台の上で、シペ・トテックが岩にもたれかかりながら言った。両腕の垂れた皮が、汗で貼りついている。隣にはウィツィロポチトリがいる。
「それに……人間が賢いというのは確かにそうだが……」
「かなり縮んだな」
二神が見下ろす先には、たわわに実ったトウモロコシをせっせと収穫する人間の姿があった。巨人に比べると、彼らの大きさは蟻ほどにしか見えない。
「……ん?」
二神の前に、小さな葉が落ちてきた。周りに木はない。風も吹いていない。一見どこから来たのかわからない。だが二神は、その気配から察した。
「オメテオトルか?」二神は顔を合わせる。
「なになに……”北の山の果ての雨雲の下、東の海の岸、南の小川に向かえ”……?」
「どういうことだ?」二神は首を傾げた。
―――
「どういうことなの?」テパが首を傾げて聞いた。
「新たな神々がお生まれになったのだ。雨の神トラロック、海水の女神ウィシュトシワトル、そして淡水の女神チャルチウィトリクエだ」
「あ!聞いたことある!」
「トラロックとウィシュトシワトルはご姉弟の関係にある。ウィシュトシワトルが姉君、トラロックが弟君だ」
「へぇーそうなんだ」
「シペ・トテックとウィツィロポチトリはたいそう喜ばれた。数百年ぶりに生まれた神々は、お二柱にとっては新たな家族といえる存在だった」
「きっとケツァルコアトルも喜んだだろうね!」
「いや……」
「え?」
「ケツァルコアトルは、それどころではなかったんだ」
―――
さらに76年後。
「朝だぞ!みんな起きろ!!」
ケツァルコアトルはいつものように東の空から昇り、降り注ぐ光に大声を乗せて、眠っていた者たちを起こそうとしていた。
「この俺様の前でいつまでも寝てちゃぁ、黙っちゃいねぇぞ!わかっ――」
(グヮシャッ!!)
「!!?」
ケツァルコアトルは異変を感じた。この、何にも勝って神々しき俺に、誰が、何をした?
「久しいな、ケツァルコアトル」
「こ、この声は……」
「テスカトリポカだ」
―――
「テスカトリポカ?ジャガーになっていなくなっちゃった、あの?」
「ああ。行方を晦ましている間に力を溜めていたんだ。いつか必ず太陽の座を奪い返してやる、との執念をもってな」
「ただいなくなっちゃってたわけじゃないんだね」
「テスカトリポカはケツァルコアトルを太陽から蹴落とした。この時強い風が吹いて、殆どの生命は飛ばされた。僅かに残った人間は……」
「ウオオォォォ……」
遠くから何かの声が響いた。
「あれ、ホエザル?」
「この辺りにもいるのか……さっきまでまるで声が聞こえなかったのに」
「ねえシン、まさか、残った人間って……」
「みんな猿になったんだ」
人間が猿になった。この何とも奇妙且つ恐ろしい事実に、テパの背筋が凍った。
「まさかあのうるさいのが、元は人間だったなんて……」
「太陽の座が空いたのを見て、テスカトリポカはすかさずその地位に就こうとしたんだ」
「あれ?でも次に太陽になったのは確か……」
―――
「やった……!これで俺がまた太陽になれるんだ……!」
太陽目がけてぐんぐん近づくテスカトリポカ。もう少しで玉座に手が届きそうになった、その時だった。
「太陽の座、ねぇ……」
テスカトリポカの動きが止まった。伸ばした手の向こうから、妙に幼い子どもの声が聞こえたのだ。
「面白そう!ボクにやらせて!!」
「うわぁぁっ!」
自分を妨害したのが誰か。確認する間もなく、テスカトリポカはどこかへ飛ばされた。




