(第四話)遥かなる神話の時代 その1
遥か昔。あるのは太陽だけで、他には何もなく混沌としていた世界に、『万神の始祖』オメテオトルが降り立った。
「この天地に恵みを齎す者たちよ、地の果てにて降り立てよ――」
オメテオトルがそう唱えた時、何もない世界の東西南北の果てに、小さな光が生まれた。やがてそれは大きくなり、人にも似た形になった。
「……お?」
生まれたのは、人のようで人でない者、後に人間が”神”と呼ぶ存在だった。
「――うん」
神々はオメテオトルの”音なき声”に導かれるかのように、世界の真ん中へと歩いて行った。
集まった神々。だがそこにはオメテオトルの姿はなかった。
「生まれたのか。『原初の四柱』たちよ」
「!?」
声が聞こえ、四柱は空を見上げる。
「ん?」
天界にいるオメテオトルは目を丸くする。
「1、2、3、4……5?おかしい……東西南北に一柱ずつ生んだはずなのに、もう一柱いる……?」
―――
「東に生まれしは豊穣の神シペ・トテック、南に生まれしは風の神ケツァルコアトル、西に生まれしは戦の神ウィツィロポチトリ、そして北に生まれしは、闇の神テスカトリポカだ」
「それ、聞いたことある」
「それから……死者を冥界へ導く神ショロトルもお生まれになった」
「ショロ……トル……」
「ケツァルコアトルの双子の弟君だ」
「……」
テパは黙ってシンの話に耳を傾けているが、心なしかそわそわしている。
―――
「ケツァルコアトル、お前の後ろにいる者は誰だ?」
「あぁこいつかぁ?ショロトルってんだ。双子の弟ってやつ?」
「おい……」シペ・トテックが苦い表情で言う。
「ケツァルコアトル、不躾な言い方はやめろ」
「えーいいだろ?気がついたら俺、こいつと腹が繋がった状態になってたんだ。だからそこを切って、二人別々になったってわけだ」
(その後もオメテオトルと四柱の間で、自己紹介を兼ねた話が続いた――)
―――
「ショロトルがお生まれになったのは想定外だったそうだが、とりあえずオメテオトルは『原初の四柱』の誕生を喜ばれた。そしてこう仰った――”お前たちのうち誰かが太陽の座に就き、この世界を繁栄させよ”、と」
「ふーん……」
「それで神々は、誰が太陽となるかの話し合いをしようとしたんだ」
―――
「で、一体誰が太陽になるんだ?」
「シペ、いつの間に纏め役みたいになってんだ?」ケツァルコアトルが揶揄うように言った。
「ケツァルコアトル、ふざけないで真面目にやれ!」
「ううぅ怖いぃ……」ショロトルは兄の後ろで蹲っている。
「はあ」ウィツィロポチトリが溜息をついた。
「くだらないことでいざこざなど起こすな。早く太陽になる者を決めないと……」
(ガバッ!!)
「!!?」
「俺だ!俺が太陽になるんだ!!」
驚く三柱、そして怯える一柱の前で、闇にも似た艶めきの鏡が横切った。太陽とは真反対の色をしたそれは、瞬く間に強烈な光を放った。
「うっ……!」
シペら四柱の神々は、思わず目を手で覆った。あまりに強烈な光を直視できなかったのだ。皆わかっていた。話し合いもせず、強引に太陽の座に就いた者が誰なのかを――。
「テスカトリポカ……」
神々は不満を持ちつつも、強大な力を備えた彼に、誰一人として異を唱えることができなかった。




