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番外編 国家薬師の初デート

初めてPV10000の大台を超えました!

応援ありがとうございます!

 私はいつもは適当に纏めている栗色の髪に、とっておきの杏油を少し塗って丁寧に櫛を入れた。

 雑な手入れで萎れて見えた髪もこれで少しはマシになるに違いない。なんなら杏のいい香りもする。

 ちょっと気分を変えて横髪をねじって後ろで纏めると、この日のために買ってきた白い花の造花がついた飾り紐で結んだ。

 そして、申し訳程度に白粉をはたいて、薄く頬紅を添え、どぎつくならないようにお店の人に慎重に選んでもらった口紅をさっと乗せれば完成だ。

 鏡を見ると、年相応の可愛い感じに仕上がった自分が見える。

 

(女子力……あるように見える。

 本当はないけど……)

 

 そりゃ化粧品屋に駆け込んでなんとか女子力をかき集めるのにも訳がある。

 今日は、あのノエル君と「初デート」だからだ。

 そりゃ、気合いも入ろうと言うもの。

 

 髪よし。顔、なんとかよし。

 娼館の婆さんほどの力量は私には再現できんし、あの路線は無理。

 服も新調した。

 気合い入っているけど、気合い入りすぎてると見えないような絶妙なラインって難しいよね。

 色気出過ぎず、可愛さにも寄り過ぎず、かといって地味でもない。

 ん〜、清楚系っていうガラじゃないから、夏に入りかけの季節に合わせた空色のワンピース。

 あ、今思ったけどこれってノエル君の瞳の色と同じなんじゃ……

 思い至ったと同時にかーっと頬が熱くなってしまう。

 

(やばい、なんか狙ったって思われる? 着替えた方がいい?)

 

 わたわたとしていると、玄関をノックする音がする。

 あれ? もう約束の時間だっけ?

 慌てて玄関に向かって、ドアを開ける前に深呼吸。


(大丈夫。だって、ノエル君だし)

 

 ドアを開けると、そこには薬剤師のローブでも騎士服でもないノエル君がいた。

 いつものさらさらの白金の髪。少し垂れ目の柔和な顔立ち。

 白のシャツに茶色のベスト、スラックスに革ブーツ。リボンタイの飾りピンは翡翠色だ。

 いいところのお坊ちゃん街歩き風な仕上がりである。

 

「こんにちは、フィオナ先輩。

 お迎えに来たんですが、少し早かったですか?」

 

 私がドアを開けるとノエル君は心配そうな顔をしたと思ったら、今度は一転かーっと赤くなった。

 え? え? なんか私ヘンだった?

 

「お迎えありがとう、時間通りだから大丈夫。

 えっと、その……どこかヘンだったり……するかな?

 出かける前に言ってもらえると、その方が」

 

 ノエル君はそっと中に入ると玄関の扉を閉めた。

 振り返ってまた私を上から下までじっくり眺めるとはぁっと息をついた。

 

「先輩、反則です。可愛いが過ぎませんか……。

 それに空色のワンピースだなんて、嬉し過ぎて……。

 その……、抱きしめても?」

 

 返事をする間もなくノエル君のいつものしゃぼんの香りに包まれた。


(抱きしめてもいいですか? って聞くだけ進歩したんだよ。返事聞いてないけど。)


 そっと抱き寄せられて、またため息をついている。

 ふわりと揺れた空気に私の杏の香りが広がる。

 

「僕の彼女がこんなに可愛いって見せびらかしたいけど、誰の目にも触れさせたくない。

 可愛い。どうしよう?

 デートの約束だけど、このまま一日中ここで先輩眺めてたらダメですか?

 先輩が可愛い過ぎて……」

 

 吐息が耳元にかかったかと思うと、

 

「このまま食べてしまおうかな」

 

 囁き声が欲望に濡れて聞こえてぞくっとした。

 こういうの良くないぞ!

 いつもこのパターンでやり込められてるんだ!

 

「いやいや、折角二人でお休み取れてるんだし、出かけよ? ね?」

 

 名残惜しそうなノエル君をそっと引き剥がして、下から覗き込む。

 だって折角女子力かき集めておしゃれしたのに。いや、ノエル君に見てもらえて目的は達成しているけれどもよ! ちゃんとお出かけしたいじゃん!

 至近距離で目があう。

 やっぱりまつ毛長いなぁ。

 肌もすべすべだし、髭とか生えてるように全然見えない。

 美少年は近くで見ても美少年だよね。

 

(格好いい……)

 

 あ、私近すぎる? なんか見つめ合っちゃってる?

 かーっと自分の頬が染まっていくのが分かる。

 ノエル君が「反則です」とつぶやいてもう一度ぎゅっとハグされた。

 

「あの、だから……お出かけ? ね?」

 

 ノエル君の背中を叩く。

 せつなそうに息を吐いたかと思うとやっと体を離してくれた。

 

「そうですね。行きましょうか」

 

 

 

 二人で王都のバザールで露店を覗いてみたり、合間に公園で休息したり。

 仕事抜きでこうして出かけるのは初めてのはずなのだが、全然違和感を感じない。

 なんとなくいつもの延長で不思議と話は尽きないし、ノエル君の色んな表情を見ることが出来る。

 任務関係無しのノエル君は本当に普通の男の子って感じがして、最初の恐怖感は何だったんだろう? って思うくらい。いつものように気遣いも完璧だし、雑踏を歩いていても自然と人とぶつからないように誘導してくれている。笑いかけてくる顔も自然だし。

 そして、どこを歩く時もノエル君は私の手をしっかり握っていて離さない。


(なんというスパダリ……)


 日が傾き始め、酒場や屋台が夕食の仕込みを始めた匂いが立ち込める頃、私たちはジュリーの店に行くことにしていたのだが、店の前で立ち止まった瞬間ノエル君は私の手をそっと離した。


 ドガッ————--!


 何かでっかいピンクのひらひらが目の前を横切った気がする。

 と、ジュリーの唸り声が聞こえた。


「避けんな! クソガキ!」


「往来で危ないですよ、ジュリアン」


 多分、ジュリーが店から飛び膝蹴りで横切ったのを、ノエル君が体をかわして避け距離を取ったんだと思う。よく見えなかったけど。

 ずさっと着地したジュリアンの後ろに土煙が上がる。

 対峙するピンクのエプロンドレスはいつもの女将の格好だがジュリーではなくジュリアンだろう。

 烈火の如く怒り狂っているジュリアンを見るのは初めてかもしれない。

 そして、それを見ても飄々とした表情を崩さないノエル君。


「てめぇ〜、うちのフィオナさんに不埒なことしまくったってぇ?

 本人が許しても俺が許さん。そこへ直れ! 性根叩き直したるわ!」


 そう言うやいなや、ジュリアンは姿勢を下げてノエル君の間合いに飛び込むと左でジャブを入れて正拳突き。ジュリアンの拳がシュッと空気を切り裂く音がする。


(はや!)


 ノエル君はジャブを受け流し、正拳突きをバックステップでかわした。

 それをノーモーションで見切って避けるノエル君もすごい。

 

 舞うように入り乱れるノエル君とピンクの筋肉。

 どちらも一歩も引かずに徒手格闘を演じている。


「お? 喧嘩か?」


「ジュリーと張り合うとか、あの兄ちゃんすげぇな」


 と、酒場で一杯引っ掛けてきただろう外野が集まり始めている。

「おぉー!」と野次馬の歓声が飛ぶたびに、ノエル君の金髪が揺れて夕日に煌めいた。


 えーっと、ちょっと待って。

 これってもしかしなくても、私のせいでノエル君怒られてる感じ?


「あー、あの、ジュリー? 大丈夫だから、そんなに怒らないで」


 恐る恐る声をかけてみるが、ジュリアンは完全に戦闘モードで耳に入ってはいないようだ。

 ピンクの怒れる筋肉の弾丸がノエル君目がけて突撃する。


「の……ノエル君も一旦止まってくれると……」


 ノエル君の目が一瞬こちらを見たが困ったように笑う。

 そりゃそうか。一方的に攻められてるのはノエル君だもんな。

 ひらりとかわしているが、即座に下段の回し蹴りが入って土が舞う。


 やっぱり筋肉ダルマをなんとかしなきゃだめか……。


「ジュリー? ねぇ、ジュリーってば!」


 拳をいなされ、かわされ、苛立ちが募っているのだろうジュリアンはどんどん速度を上げてノエル君に迫る。拳だけじゃない、膝蹴り、回し蹴りも合わさって、受け止めるノエル君の腕も重い音が聞こえてくる。

 野次馬のどよめきが一際大きくあがる。


(しょうがない……)


 まずは心を無にする。

 息を大きく吐いて、思いっきり吸った。

 そして、叫ぶ。


「ジュリー! ぱんつ見えてる!」


 一瞬でその場が静まり返った。

 野次馬も何を言われたのか分からないといった態で押し黙る。

 真ん中には静止したジュリアンとノエル君。

 筋肉ダルマはみるみるうちに赤くなったかと思うと、ぷるぷると震えた。

 そして、両手で顔を隠して腰をくねらせ


「いや〜ん! みないでぇ〜!」


 といつものジュリーになって店に走り去っていった。

 やれやれ。これで少し冷静に話ができるといいが。


「フィオナ先輩、今のは?」


 髪を整えながら埃をはたいたノエル君が問う。

 まぁ、訳わかんないよね。


「ジュリーは女の子だから、ぱんつ見せるなんてとんでも無いって主義なんだよ。

 まぁ、今の回し蹴りとかしてたしね。高速すぎて実際は見えてないんだけど、あぁ言えば一瞬冷静にはなるから……」


 秘蔵の隠し球ではあるんだけどね。

 非常時には役に立つよ。特にこういう時には。


「不埒云々の情報源はおそらく室長でしょうから、あることないこと吹き込まれているのでは?」


 しれっとした顔でのたまっているが、火のないところに煙は立たないし。

 おそらく室長によって脚色はされているだろうが、大なり小なり色んなことされたことには変わりないんだぞ。まったく。

 まぁ、問答無用で殴りかかってきたジュリーもどうかとは思うけどさ。


(にしても、ノエル君、ジュリーの攻撃一発ももらってないよね……)


 さすが現役のエリート部隊所属というか、本当にこの人騎士だったんだな。

 あれ? 可愛い後輩って思ってたけど、実はすんごい人とお付き合いしているのでは?


「さぁ、思い出のお店で食事させてもらいましょう。

 今日もエールと串焼きにしますか?」


 にっこり笑ったノエル君に手を差し出されて、私は迷いなくその手を取った。


「そうだね、串焼きは半分こにして、今日は他のも頼もう!」


 王都の酒場に二人で吸い込まれていった。

 夏の始まり、きっと、私たちの恋もこれからだ。



 

国家薬師シリーズ第二弾!

『国家薬師と秘密の手紙』 もございます!


薬剤師室にやってきた室長代理は優しい笑顔のお兄さん風の超イケメン!

『お前の秘密を知っている』という不穏な手紙が事件の幕開けを告げる!

ノエル君は嫉妬で黒モードだし…

今度は私、どうなっちゃうの?


「国家薬師と秘密のお手紙」(N9377LC) → https://ncode.syosetu.com/n9377lc/

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