売れない・・・?
「売れなかったなー」
呟きながら紫煙をふかす眼鏡の男がいるのは、ビルの階段踊り場だった。
彼の名は水野だ。水野ぼんやりと建て替えの進む一帯を眺めていた。
「爆死でしたねー」
平坦なようで甘く掠れた声で応じたのは竹宮だ。アンダーリムの眼鏡が印象的で、
ぼけっと空を見る横顔からは、ピンクのインナーカラーがちらりと覗いている。
「企画と設計はそれなりにうまかったのに、実装が良くなかったな」
「よくあること定期」
どんな企画も案の段階では、夢盛り放題の薔薇色設計だ。
けれど、実際に実装――この場合は執筆だ。それを進める段階で、当初の理想は風前の灯火になり、追い込まれた鼠のバクチみたいな成果物となる。
「そうは言っても、毎回残念さ」
「めずらしくせんせーも乗り気でしたからねえ」
そりゃそうよ、と水野は続ける。
「歌にロボにミステリーだぞ? MD要素盛り盛りで、ジャンルは鉄板。構成も王道SFをモチーフにして山あり谷あり。完全に俺好みだったのになあ」
「せんせー好みだったから売れないんじゃないの? せんせーの趣味、ヘンだから」
「うっせーな」
水野の趣味――それを持ち出されると弱い。実際、好きな飯屋はよく潰れるし、好んで買ったゲームハードはワンダースワンにPSoneだ。
「いつ行っても空いてて、静かにタバコ吸える店でしょ? そんなお客さんのいない店、潰れて当たり前定期」
「なんであのバーベキュー屋、潰れたかなあ……」
よく通っていた、カレー食べ放題の店を思い返す。あそこは、ビルの一階層全部が店舗という変わった店だった。いつ行っても客入りはがらがらで、肉を焼きながらカレーとソフトドリンクを味わいながら、煙を堪能し放題だった。それも、1,500円くらいという手ごろさだ。
だが、あるときウキウキで店に行ったら、照明も落ちた何もない空間に変わっていた。どこにでもあるようなポールがチェーンで繋がれ、『閉店しました』とだけ書かれていた。
「それはむしろ続いていたことが奇跡じゃ……」
「足しげく通ってたぞ、俺は」
「せんせーが行く店は潰れるジンクス。あるね、これは」
竹宮はにやにやしながら水野へ視線を向けてくる。その顔は実に楽しそうで、実に腹立たしかった。水野は紫煙を吹かしながら目を細める。
「話しは戻るんだけど。次の企画どうしよか」
「うーん。またADVジャンルやるんすか?」
「そりゃそうよ。IP化を狙うとなったら、それが一番安くできるからな」
「せんせーって好きなものとかないの?」
竹宮は呆れたように訊ねてくる。言いたくなる気持ちはわかる。普通の人間は、『作りたいもの』が先にあって、結果売れたらいい。そう思うだろう。だが、水野はクリエイター出身ではないのだ。
「好きなものが売れたら苦労しねーんだよ」
「ふーん……」
水野は思う。好きなもの、やりたいこと、そんなものはもう過ぎた道なのだ。この業界に入って、散々遊んだ企画もやってきて、やり残したのはヒットくらいだ。職業人としては幸せなのかもしれない。けれど――。
「エンタメ業界きたらな、いっぱつ当てないと死ねないのよ」
「そっすか。せいぜい長生きしてくださいね」
竹宮はぼんやり空を眺めながら小さく笑っていた。
またダメだったよ・・・・