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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
20/27

新しい形?

「あー。じゃあ、そんな感じで。竹宮(たけみや)、議事録お願い」

「あーい」


 四月、この時期はとにかく打ち合わせが多い。新しい社員に新しい部門。きらきらしい目標への最初の月だから仕方ないが、もう少し前倒したり後ろ倒したりで均せないものか。


「なんだよ、期が変わったくらいで……」


 会議終わり早々に紫煙をふかす眼鏡の男がいるのはビルの階段踊り場だった。

 彼の名は水野(みずの)。そこは都会のビル街の片隅で、じきに建て替えが進むであろう古いエリアだ。


「せんせー。次は10分後、対面っすー……」


 平坦なようですこし甘く掠れた声の主は竹宮だ。

 アンダーリムの眼鏡が印象的で、げんなりしながらこちらを覗く顔からは、ピンクのインナーカラーがちらりと見える。


 さすがの竹宮も、普段以上にダウナーだな。議事はcopilotで楽になったが、それでも午後は夕方まで打ち合わせの大名行列だった。正直、顔合わせなんて儀式、いらんだろう。

 水野は鷹揚に応えた。


「五分くらい遅れてこうぜ。どうせあいつら直帰狙いだろうし」

「同意しておく定期……」

「竹宮も大変だよなあ。リーダーなるとこういうの増えるし」


 竹宮は壁に背中をくっつけて丸まると、ペットボトルに一口つけた。こいつは声に合わずコーヒーは黒くて苦いのが好みらしい。


「作れないの続いたら、卒業しちゃう定期……」

「まー。そう言うな。卒業で大変なことになってる事務所もあるみたいなんだぞ」

「何すかその、ゆっくり実況みたいな導入」


 --

 -


「最近思うんだよ。Vtuberって、新しい版権やタレントビジネスじゃなくて、実はタレントの副業……新しいマネタイズのひとつだったんじゃないかって」

「意味わからん定期」

「まあ、聞けよ竹宮。普通、IP売りたいなら続編書くなりスピンアウトなんかするだろ?」


 水野はタブレットのタブを入れ替える。スワイプアンドゴー。欲しい物がすぐに出てくる、これこそ飯屋とガジェットに求める物だ。


「あぁ。薬局のひとりごとにビランアカデミア、確かにこの辺推されてますね」

「枚挙に暇はない。だが、Vは中の人次第だ。普通、転職は10年くらいでするんだ」


 終身雇用、年功序列。そんなもの、崩れかけて久しい。


「つまり、IPとしての寿命はタレントと同様なのに、独立ストーリーだから、派生コンテンツを作りにくい。物理的に制約もある。……どっちのデメリットも持ち合わせてる」


 もちろん、どっちのメリットも享受はしている。間違いなく、触れ合えるIPとしては強い。だが、供給が増えるとともに、デメリットの顕在化は増えつつある。


「そんなの、当たるか分かんないんだからどっちも同じ定期。ゲームも似たようなもん」

「そう。だから『職業』や『食い扶持』として見たらタレントが副業としてやるのが一番いい。その方が才能も活かせるしな」


 歌えて、踊れて、ゲームとトークができる人は少ない。そして、それが出来ても食える人はもっと少ない。


「芸人が下積みにバイトするのと同じだな」

「……夢がない定期」

「それこそ、ゲームと同じだろ?」


 そのうち、両方の顔、それをマネジメントする会社も出てくるかもしれない。表立っていないだけで、すでにあっても何らおかしくはない。


 だが、水野から見れば、それは好ましいことですらある。人は霞を食っては生きてはいけない。幾ばくかでも誰かの希望になるのなら、その『お仕事』には価値があるのだ。


「趣味を仕事にするなとは、よく言うからなあ……」

「もう時間っすよ……」


 四月の空に桜が舞っていく。五分咲きの木々は卒業と入学の式で静かに揺れていた。

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