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召喚術士と世界樹の島  作者: 空野
1.白花と竜翼
22/56

3-6


街がある半島から森へと船で上陸する場合、船を付ける場所は二か所あった。


一か所は、半島の真正面。まさに島の入り口とも言うべき真正面にある入江だった。

この入り江はもう何百年も森の王国の冒険者達によって利用され、整備されているため、その周囲には殆ど魔獣もおらず、また、定期船を待つための砦も併設されている。そのため、正規冒険者による島への上陸の八割はここから行われる。


対してもう一か所は、その真裏。半島からは目視できない島の裏側にある海岸で、こちらは同心円状に配された領域としては、比較的安全な外線区分とはいえ、あまり冒険者が立ち入らず、整備が進んでいない場所であるが故に、半島側に比べて魔獣も多く危険度が高い。


「そっちは裏港って呼ばれてるんすけど。主にもぐりの冒険者とか、あるいは、そっち側でしか取れない植物採集とかのクエスト受けた冒険者しか使わないっすね」


「方位としては、今回使った島の半島側が南。裏港側は北だ。つうわけで同じ領域色内でも、南側の方が比較的に人間の出入りが多くて開拓が住んでるから安全で、北側はやや難易度が上がる」


船から上陸後、再び半島に帰っていく定期船を見送った後、馬に乗って外線を進みながら、ゾルタンとヘンリクが、今度は真面目に島について解説してくれた。


「万一だが、島の中ではぐれた時は、探してやるからその場を動くな。あるいは何かに追われて動かざるを得ないような時は、島の輪郭を南に向けて移動しろ。運が良ければさっきの入り江……南外砦に戻れる。北に向かうよりは生存率が上がるだろうよ」


なるほど、と頷いて、ルシャは辺りを見回す。

鬱蒼と木々が生い茂る森。けれど、思っていたよりも明るかった。いつか旅の途中で迷い込んでしまった樹海のように、木々が茂って空も見えないというほどでもなく。馬で進む足元も、ある程度開けて安定している。


「もっと人類未踏って感じかと思ってましたわ」


同じことを思ったらしいコンラートの呟きに、ああ、とヘンリクが笑う。


「ここは外線、しかも正規の行路ルートだからな。ま、それなりに旅人の通る山道くらいには〝道〟になってるだろうよ」


「砦から砦に移動する時、やばい魔獣や植物が比較的出現しにくい経路っていうのがあるんスよ。それが正規行路って言って、俺達サマナー麾下の隊が開拓したり整備したりした道なんす」


ゾルタンが胸を張り、ほら、と辺りを示した。


「白線以降は、正規行路って言っても、やみくもに進むよりマシ程度っすけどね。ここみたいな外線程度なら、だいぶ安全っス」


「安全、ねぇ」


笑ったのは先頭を進むジスカだった。


「テオ!」


ルシャが左隣のテオの馬の手綱を引くのと、ヘンリクが動くのが同時だった。


「おんや、座長さん良いカンしてらっしゃる」


ヘンリクの振り下ろしたナイフが、人間の頭ほどある大きさの蜂に突き刺さる。その一歩前でテオの馬は急停止していた。


「コンラート、ベンツェ」


「わぁってますわぁ」


ルシャが視線を向けた時には、コンラートとベンツェは既にヴィヴィエンとティボールの横にいた。


「うわ、このサーカスこわ。後衛と医療要員、秒で近接組が囲んでんですけど」


ゾルタンが目を丸くしながら、近くにいた隊員と一座の左右に着く。

虫が現れた瞬間に、ジスカ隊の隊員は瞬時に二人一組になって一座を囲むように移動していた。


「いやぁ、そちらさんもでしょ。動き素早いわぁ」


「いや、俺達本業、アンタらサーカス団なんすけど……」


肩を竦めるコンラートと苦い顔のゾルタンの頭上、木の影からは、わらわらと巨大な蜂の群が湧いて出ている。


「気持ち悪っ!」


虫は苦手だと悲鳴を上げたティボールに、はは、とヘンリクが笑った。


「残念だが、この島にはわんさかいるぜ、こういうの」


小刀を抜いてくるくる回しながら群を見たヘンリクの、その声が終わるより早く。


「伏せてた方が良いっすよ!」


ゾルタンの声にハッとルシャが顔を手で庇った瞬間、ジスカ隊の数人が放った火の魔法が魔蜂の群を横断するようにゴォと駆け抜けた。

熱気が、咄嗟に顔を庇った手に当たる。


ブンブンと不快な羽音を立てて魔蜂が一斉に上方に動いて回避する。二、三匹は直撃を受けて落ちたが、それでも群の規模が大きなことには変わりない。


「おう!第二撃用意だ!」


ヘンリクの声に再び魔法担当と思しき隊員達が早口の詠唱を開始。

昔ながらの純魔法は、理論がモノを言う魔動機関と違い、〝できる〟と思い込む自己暗示が、少なからず威力に関係してくる。呪文の詠唱は必要不可欠ではないが、多くの場合、自己暗示において有効であるとも実証されていた。


「放て」


虫の群れが急降下してくるところで、再び炎が空気を焼いた。


群は再び上方回避すると見せかけて、今度は左右に分かれてそのまま三度目の急降下を仕掛けてくる。


「鉄布用意!」


「おうよ!」


隊員達の叫び声と同時、最後尾にいた隊員からジスカの真後の隊員まで鎖帷子のように細かな鉄鎖を編んで作られた幕が投げ渡された。それを中間の隊員達も掴み、自分達の剣等の切っ先を引っかけて、頭上に押し上げながらピンと張る。


バチン、バチン、と虫が鉄布にぶつかる音が響いた。


「ジスカさんは」


ひとり、布の外にいるはずのジスカを、ルシャは咄嗟に振り向いた。


「お、座長さん余裕あるねぇ。普通はビビッちまうんだぜ、この音とか見た目にさ」


すぐ顔の上で、大きな虫が鉄鎖の布越しに体当たりする光景。

大迫力のはずなのになぁ、と呑気にヘンリクが笑うのを聞き流し。


「あれは」


ハッと、ルシャは目を瞬いた。


ジスカは微動だにしていなかった。

上空から針を向けて降下してくる蜂に、自ら素手を差し出して。

大工が使う錐ほどもある魔蜂の針は、その手の平に突き刺さろうとしたけれど。


折れたのだ。


バキリ、と。まるで鋼にでも突き立てたように。

折れたのだ。


「竜の、鱗」


その瞬間、確かに見た。

ジスカの白い手のひらに、真っ黒な、黒曜石のような、竜の鱗が生じたのを。


「うるさいなぁ。この羽虫」


バチン、と。それこそ蚊でも追うように。軽く打ち振られたように見えたジスカの手。

けれど、それが捉えた虫は勢いよく落下し、そのまま地面にめり込んだ。


「まったく」


再びジスカが、今度は反対側に手を打ち振ると。


ゴォ、と、隊と一座を囲むように、炎が生じた。

先ほどの数人掛かりの魔法と比べ物にならない大火炎。周りの木々が生じた熱気で葉を揺らすほどの、大火力だった。


ほんの一瞬。

けれど、その一瞬で、魔蜂の群の約半数が灰も残らず焼失した。


「サマナー」


思わずルシャが呟くと、ゾルタンが笑う。


「そうっすよ、あれが森の国の切札。俺達の隊長、〝竜葬のジスカ〟っす!」


そこで、ルシャは思い出した。


(生ける城塞)


確か、ジスカを讃える言葉として、そんなものを聞いたことがあったと。


(竜鱗)


おそらくジスカのサマナーたる異能の一端はそれなのだと悟る。

城壁にも等しい強度を持つという竜の鱗。それと同等の頑強さが、あのほっそりした体には備わっているのだろう。


(それから、竜の息吹)


竜種はの山の炎を飲み、火炎を吐く。

詠唱の気配もなく、それどころか通常の魔法の気配もなかったあの大火力は、きっと竜を身の内に飼ったサマナーならではの異能であろうと推測された。


「……まさに冒険者の頂点」


同じサマナーでもグレンの未来視のように、戦闘において勝利するための絶対的な有利には結びつかないだろう。

けれど、森での生存という視点では、ジスカの異能は、おそらくかなり手堅いものだった。


森を探索する冒険者にとって重要なのは、勝敗ではないのだ。森という環境、自然という脅威との遭遇において重要なのは、生き残ること、いかに厳しい自然の中で生存するかである。

ならば高い防御力と膂力という自然界における生物全てに普遍的な強みは、勝率ではなく生存率を高める上で絶対的な利点に他ならない。加えて火こそは、攻撃手段だけに留まらず、食事の安全性確保に、暖に、光源にと、そもそも人類が自然の中で生きていくために必要不可欠な最大の要素の一つである。


(森での生存特化の異能、って感じだな)


ルシャが感心している間に、頭上の鉄布は回収されていた。


半数残っている魔蜂はジワジワと低い羽音を上げて森の木々の影に戻っていく。


「全滅するまで襲ってきたりはしないんですね」


ヴィヴィエンの言葉に、まぁなぁ、とヘンリクが応じた。


「意外と賢いんだよ、この島の魔獣共はな。虫の形してても、ただのデカい虫じゃねぇ。こと知能に関しちゃ、そこらの畜生や昆虫と同じとは思わんほうが良い」


「それに大人しいのさ」


ジスカが口を開いて笑う。


「まだ外線だ。ここいらに出る魔獣は、あれでも、この島の中じゃ大人しい方だってわけ」


「げぇ、あれでぇ?」


コンラートが嫌そうに声を上げると、ふん、と愉快げに鼻を鳴らした。


「外線から青線までに住んでる魔獣は、よほど空腹でもない限りそこまでしつこく人間を襲って来ることはないよ。狩るための労力がデカい獲物だって知ってるからね。もしも弱ってる個体なら食えるかもしれないって程度で襲ってきてるのさ。だからちょいと叩いて活きが良いのを示せば、あっさり引き下がる」


「外線で魔獣と鉢合わせた時は、相手を殺すより逃げることを考えた方がいいぜ。縄張りから出ちまえば、奴等の大半は諦める。こっちのもんだ」


ヘンリクも続けて、だがなぁ、と少し声を落とした。


「だが時々、白線や赤線の方から外線や青線まで出て来る個体がいる。そんくらい奥地の奴等は、人間を〝狩る為に労力が掛かる獲物〟って認識しねぇような、狂暴で強い奴等だから手に負えねぇ」


「あるいは外線とかにも、不幸が重なって何度も人の味を覚えちまった、んでもって人間を舐めくさっちまった個体もたまにいるんすよね」


ゾルタンも加わり、再び行軍開始の合図を出しながら、さて、と手を打った。


「ってわけで、今回俺達は、皆さまの護衛がてら、そういう奥地から青線まで迷い出てきたヤベェ人食い魔獣の討伐クエストをお見せしましょう、ってわけっすよ」


さっきの比じゃない大乱闘になるので、明日は楽しみにしててくださいね、と元気よく笑う声に。


「ええ、世界樹の森こわ」


テオが、嫌そうに呟いた。


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