オネエな王子は無自覚な男装伯爵に翻弄される6
「いいですか。サラサン殿下。キャンドラ男爵はお茶の良さを広めたいだけなのです。だから令嬢が彼に近づいても威嚇してはいけませんよ」
「な、なによ。それ。わかってるわよ。メルデルに協力するためのお茶会なんだから」
お茶会前日、兄の部屋でサラサンはラリアに釘を刺される。
長らく社交の場を避けていた彼には人脈がなく、メルデルのためのお茶会の人集めはラリアに任せてしまった。借りを作る様で癪なのだが、メルデルの前で「頑張る」と宣言してしまった手前、それなりのお茶会を開きたかったのだ。
「ラリア。感謝してるぞ。弟のためによく人を集めてくれた」
「……ありがとう。ラリア」
兄に先に礼を言われてしまい、少しバツが悪いと思いながらもサラサンも感謝の意を示す。
「お礼には及びませんわ。私の友人たちに感謝されましたから」
「どういうこと?」
「どういう意味なんだ?」
サラサンとザッハルは意味がわからないと聞き返すが、ほほほと笑って誤魔化すだけで彼女は答えなかった。
ラリアの言葉の意味がわかったのは、お茶会に参加してからだった。
集まったのはほぼ令嬢たち、メルデルはお茶の説明をしながら、自ら給仕を務める。
「彼」の手際良さ、その美しい手を見ているだけで、サラサンはうっとりしていたのだが、他の令嬢たちも同様であることに気がつき、なんだか面白くなくなってしまう。
そこで、ラリアの苦言を思い出しながらも、やはり我慢できず、メルデルと令嬢の間に入って、邪魔をしてしまった。
「申し訳ございません。殿下。お邪魔してしまいましたね。お二人でごゆっくり。キャンドラ伯爵、恐れ入りますが試供品を屋敷まで届けていただけませんか?こちらが住所になります」
サラサンの邪魔に嫌な顔を見せることなく、逆に嬉しそうに微笑みながら令嬢はメルデルに小さな紙を差し出した。
「ウィットン令嬢、ありがとうございます。領地から送らせていただきます」
メルデルは微笑みを返して、小さな紙を受け取る。
「キャンドラ伯爵。私たちはいただいたお茶を飲みながらおしゃべりを楽しませていただきます。ですので、伯爵も殿下とごゆっくり」
それから令嬢は他の令嬢たちに意味深な笑みを向ける。すると令嬢たちはメルデルに休む様に伝え始め、後の給仕は使用人が引き継ぐことになった。
手持ちぶさになったメルデルは少し戸惑いがちだったが、サラサンはここぞとばかり「彼」を独占することに決めた。
「メルデル、疲れたでしょう?令嬢たちはあなたのお茶に満足そうだわ。あとで試供品を屋敷に届けるといいわ。私が名簿を持っているから、あとで渡すわね。住所がわからなければ聞いて」
「あ、ありがとうございます。でも、いいのでしょうか?」
メルデルはサラサンを窺うように、不安げに見上げていた。
その視線にクラクラしながらも彼は平静を保つ。
「あの子たちがいいって言ってるんだから大丈夫。私もあなたの手伝いができて嬉しいわ。ほら、見なさい。お茶も美味しそうに飲んでるわ」
令嬢たちは注がれたお茶の香りを楽しみながら、それぞれティーカップを持って談笑していた。サラサンやメルデルの視線に気がつくと微笑みを返す。
意味深に向けられる視線、それはとても好奇心たっぷりなもの。けれどもそこに嫌な感情は含まれない。
サラサンはお茶会中盤になり、やっとラリアの言葉の意味がわかった。
「殿下、本当にありがとうございます」
ふとメルデルにお礼を言われ、サラサンは慌てて返す。
「お礼なんて言わなくていいわ。私も楽しんでるから」
「それなら嬉しいです」
彼の返答にメルデルは張り詰めた表情を緩めたが、ふと何かに気がついたようにサラサンを見つめる。
その視線にドギマギしていると、ふいに「彼」は目を細めた。
「殿下。ちょっと動かないでください」
そう言い、「彼」が近づき髪に触れた。その唇、頬を間近に見て、サラサンは思わず生唾を飲み込む。触れてしまいたいと欲望が高まるが、令嬢たちのため息や抑えた黄色い声を聞いて、我に返る。
「取れました。葉っぱでした」
メルデルの手には小さな緑色の葉が載っていた。
「どこからか飛んできてみたいですね」
「彼」は珍しそうに、細長い緑色の葉を指で摘んで笑う。
「シュロソの葉よ。私の部屋に置いてあるの。珍しい?」
「ええ」
メルデルはその緑色の瞳を輝かせてうなづく。
(可愛い。もうだめ、食べちゃいたい。そうだわ。部屋に連れ込んで。シュロソの葉を使って)
「見たい?」
「いいのですか?」
「当然よ。お茶会が終わったら部屋に来るといいわ」
お茶会の後に予定があったはずなのに、サラサンはそれを全て中止にしようと頭を働かせる。
しかし返答は残念なものだった。
「殿下、申し訳ありません。次の機会にお願いできますか?お茶会の後、試供品の発送の準備をしたいのです」
第二王子の権力を使って強制することも一瞬だけ考えたが、サラサンは素直に諦めた。
(次の機会ができただけでも儲け物。焦ったらだめよ。サラサン)




