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エピローグ

 カールからの手紙には、王城をとりまく二つの噂話と、それにまつわるアンネとのやりとりが鮮明に記されていた。繊細な筆跡はカールらしかったが、語られるエピソードは、彼が少しずつ王城での生活に溶け込んでいる様を表していて、心の底から安堵した。カールが元気そうで、本当によかった。

 カールとアンネの距離が想定外に縮んでいるのは意外だったが、二人が幸せならばリタはそれを後押ししたい。自分が王城を去ったあとも、そこでは多くの人々が生活していて、ロイやエドワード、アルフレッドといった、親しくしていた者たちの近況を知れるのは、嬉しくもあり、またそこにいられない自分を振り返って寂しくもあった。

 アルフレッドの名前を呟くと、胸の奥がちくりと痛んだ。彼が最後に見せた笑顔を、今でもまだ覚えている。思い出すたびに心が温かくなり、そして、光のように消えてなくなってしまう。

 アルフレッドが隣国の姫と婚約するというのは、寝耳に水で、信じたくない気持ちが勝り、何度も手紙を読み返した。遣いの者は徒歩で来たということだったから、カールがこれをしたためたのは、一週間ほど前のことだろうか。今頃、王城は饗宴の準備で賑わっていることだろう。

 リタは以前アルフレッドから、婚約について一度も聞いたことがなかった。ひと月で話がまとまるのが政略結婚なのであれば、リタが去ったあとに出た話だろうか。顔も知らない隣国の姫を嫉妬してしまう自分が嫌で、リタは零れた涙を拳で拭った。もうどうしようもないことだ。

 あの日、好きだと伝えれば良かったと、後悔していないといえば嘘になる。アンネとの幸せを願ったのも、もちろんリタの掛け値なしの本音だったが、結句、自分は怖かったのだ。ゲームではない現実世界で、大好きな人に思いを伝え、断られるということが嫌で、最終的に自分の気持ちと向き合うことから逃げた。

「もう二度と僕の前に現れないでくれ」と画面のなかのカールに言われた日を思い出す。ゲームの中なら、また新たに物語をはじめ、二度目の「一度目」を作り出すことができる。

 叶うなら、今度こそアルフレッドに好きと伝えたいけれど、現実では逃げたらもうその機会がめぐってこないことを、リタはつくづく思い知った。嫉妬する権利などない。

 リタは心にぽっかりと空いた穴を塞ぐことができず、必死に目を逸らそうとするも、悲しみがそこから洪水のようになって溢れてきて、止まらない。やがて涙が枯れるころになると、リタは、開き直るように思いついた。

 終わったことを変えることはできずとも、今から新しく一度目を作ることならできるかもしれない。アルフレッドに会いに行って、好きだと伝えよう。彼の隣に姫がいて、伝えても何も変わらないかもしれないけれど、行動を起こさなければ僅かな可能性だってゼロのままだ。

 長いドレスの裾を持ち上げ、屋敷のなかを走り回る。ウォルターに、馬を手配してもらわなければ。あちこち探しまわっても、幼馴染の執事が見つからず、途方に暮れかけたとき、大広間から出てきたその姿を見つけた。

「ウォルター、急いで、大至急馬を用意してほしいの」

 咳き込むように言ったリタに、ウォルターが無表情なその顔の前で「お客様に聞こえますので、お静かに」と人差し指を一本立てた。リタがもどかしい気持ちで対峙していると、応接室の中から、懐かしい声が聞こえ、安心するコロンの匂いが近づいてきた。

「久しぶりだね」

 リタはそれを信じることのできない目で見つめた。前にいるのは、何度も頭の中で思い描いたアルフレッドその人だったのた。遠出するときはいつもそれ用の機能的な服装なのに、今日はなぜか正装しているのが珍しい。もしや隣国の姫を紹介しに来たのだろうか。友人として大切に扱われるのは嬉しいけれど、今のリタは、それどころではない。

「アル、どうして」

 驚きを隠せないリタの前で、アルフレッドは彼らしい王子様然とした微笑みをつくった。

 アルフレッドに腰を抱かれるようにして促され、リタは応接室に入る。そこで彼から、ここ一ヶ月弱の間に起こったことを教えられた。

 アルフレッドは、前回リタの両親に会ったとき、密かにリタとの将来について真剣に考えていることを伝えたのだという。両親は、縁談の決まらないリタに手を焼いていたので、四の五の言わず、もろ手を挙げて大賛成だったそうだ。

 王城に戻ったあと、アルフレッドは陛下を説得した。陛下にとって姪にあたるリタであるから、身分としては見劣りしない。

 陛下は婚姻を、国策のひとつだと考えていたので、国内に大きな乱れのない今、国外の貴族との縁を望んだが、アルフレッドは「婚姻以外の方法を見つけて見せる」と宣言し、やっと昨日、他国との大きな交渉をひとつ締結させたということだった。

 そこまで説明され、リタは記憶のなかのそれよりも、少しやつれたようなアルフレッドの姿に納得がいった。諸国との会合に奔走していたのだろう。

「リタ・リヒテンシュタイン」

 アルフレッドがリタの名前を呼ぶ。愛しい気持ちが溢れた。

「僕と結婚してください」

「はい、よろこんで」



おわり

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!

もしお気に召しましたら、ブックマークや評価、ご感想で教えてください。

またどこかでお会いできますと幸いです。

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