遙かなる望郷の地へ-89◎「深まる懸念14」
■ジョフ大公国/宮殿/大広間
「いや──“ヤツ”じゃないさ。あんた方には悪いが、“ヤツ”が直接手を出してきてるんなら、こんなまどろっこしい手は使わないね。短時間で一気に殲滅。後は人っ子一人残らないね」
冗談めかした軽薄な言い方だが、その内容は戦慄すべきものだった。
「相手と比べて、自分たちをどれくらいの位置に当てはめているかは知らないけどね。現実はしっかり見ないと、足を掬われるよ。相手に立ち向かうのは、ご大層な“銘”じゃない。力と知恵と勇気──それから、チームワークだからね。最後のは、特に相手方には全く無いもので、あんた方の最大の強みさ。もっとも、その強みを“きちんと使うつもりがあれば”って話だけどね」
肩を竦めると、部屋にいる顔を一渡り見回した。
「・・・ふむ。『短時間で一気に殲滅。後は人っ子一人残らない』・・・か。そいつは、わかりやすくていいな。」
エリアドのそれは、いくぶん皮肉っぽく聞こえる、平板で淡々とした口調だった。
“・・・ならば、なぜ“彼”はその方法を取らないのか・・・だな。何か動くことができない理由があるのか、あるいは、あえて動くまでもないと思われているのか。・・・もし動くまでもないと思われているのだとすれば、ずいぶんと見縊られたものだが、・・・今の我らでは致し方なしと言ったところか。”
「・・・“彼ら”が容易ならざる相手だということはわかっているつもりだが、それを口にしてみたところで事態が変わるわけでもなし。ましてや、人それぞれの想いなど余人には量りがたきもの。」
エリアドは、幾分冷やかに言った。
「・・・私は、私にできることをやるだけだ。昔も、今も、そして、これからも。もしその見立てを見誤った場合、そのツケは何らかの形で支払うことになるのだろうが。
・・・“戦士”殿。何か言いたいことがあるなら、はっきりと言ってはどうか?
『・・・おまえたちはなっちゃいない。』
貴殿はそう思っているのだろう?」
エリアドは正面から彼(“放浪の戦士”)の瞳をじっと見つめた。
「どう受け取るかは、キミたち次第さ」
苦笑すると肩を竦める。その視線は、エリアドのそれとぶつかっても微塵も揺るがない。
「だがね、キミたちへの興味は失せたよ。“銘”に値する器かと思ったけど、思い違いだったようだね。おっと、お姫さんと龍騎聖の三君は別だけどね」
レムリアとドラグーン達に会釈をすると、よっこらせと壁から躰を起こす。
「何時の時代も、“良薬口に苦し”さ。それでも、まだ“飲もうと思う者”にとって、それは薬だよ。飲もうとも思わない者にとっては、“毒にも薬にもなりやしない”ってことさ」
背を向けると、ヒラヒラと手を振った。
「ボクは元の所に帰るとするよ。幸運が有ると良いね、キミたちの行く末にね」
「剣士殿。貴公はそれで満足なのか? 貴公は、何らかの目的を帯びて、ここに参られてのではないのか?」
「物事には“やる気”っていうのがとっても大事でねぇ」
諭すような口調が返ってくる。
「それが削がれると、目的遂行不可ってなるのさ。ボクは善人でもお人好しでもないからね。目的意識ナシで何か成し遂げられるって思うほど酔狂じゃないね」
サッコウは黙り込んだ。何を駄目にしてしまったのか。ちりちりとする嫌な想いが胸を焼く。ネースビーとシトールを見ると、二人も浮かない表情を浮かべている。
「それでも・・・」
代わって、口を開いたのはこの人だった。
「わたしたちが至らない、と言うのであればこそ──その事実から目を背けているということであれば尚更です。わたしたちには、あなたの助言が必要だと…」
「・・・お姫さんは例外だと言ったよね。アナタには“助言”など必要ないさ。けどね、もしかすると“狂った方がいい”と思える事態が来るかもしれいないね」
その言葉に、レムリアは背筋に悪寒が走るのを覚えた。知らず知らすの内に、自分で自分を抱きしめているのに気付く。
“恐怖? これは・・・先程に観た故の・・・恐怖なの?”
黙ってレムリアの姿を見ていた若者は、微かな溜息を付いた。