第四十三話「夢の中で」
「ハッキリ言っておくよ。まぁ目が覚めたら忘れるんだけどね」
果てしない草原の中心で、僕と少女は背中合わせに座っていた。相変わらず白いワンピースが良く似合う。
空には無数のドラゴンが気持ち良さそうに飛んでいて、時折つんざくような咆哮を上げる。
とても心地良い風が頬を撫で、少女の髪を揺らす。
少女の声はドラゴンの咆哮のように僕の心に重く響いた。
「キョウコ……だっけ? あの異世界人はとても大切にした方が良い。君達の助けとなる」
「助け、ですか?」
「ああ、君もリンクルも……というかレイブランドの人間はその場の判断には優れているんだけど、策略家ではない。君の敵を考えると彼女のスキルは必要不可欠だ」
「……僕の敵ですか?」
ブラムスや本物のクリアハルトが脳裏に過ぎったが、少女の言い草からするとレイブランドの人間ではなさそうだ。
「まだ当分は気づかないのだろうけど、君にご執心の人間が一人、君と戦う為に舞台を用意している。この大陸で起きた事も“彼”が原因だ」
「彼……男ですか?」
「ああ、君と同じ異世界人だ。君は一回出会っているはずだが?」
「……森の中にいた男」
「うん、君の記憶が改ざんされてなければそうだね。西南大陸に召喚された男だ」
「召喚? まさかその人も……」
少女はおもむろに立ち上がると、僕の前に移動し、金色の瞳をこちらに向けた。
「誰が今の君にご執心って言ったのかな?」
「……え?」
前世の……僕?
「まぁ、前世で君と何があったかまでは知らないよ。僕達白銀竜は二つの世界の事しか分からないし。ただ、君の記憶の中で前世に一度だけ彼と出会っているっぽいけどね」
「……誰だろう」
「まぁ問題の本質はそれじゃない。相手が誰であろうと君は君に出来る事をするしかないんだ。それに……」
「それに……?」
少女は僕の頭に小さな手を置くと、グシャグシャと髪を乱した。
「それに君を傷つけるのが必ずしも敵だけとは限らないだろう?」
「……どういう意味ですか?」
「どういう意味って、そのままの意味だよ。例えば事故なんて顕著な例じゃないかな」
「ああ、確かに。敵ではないですよね」
「君の記憶に刻んでやりたい事が一つだけあるんだけど、それをすればただただ君が苦しむだけだからね。やめておくよ」
少女は辛そうな笑顔を見せた。白銀竜にも辛い感情があるんだ……。
「ただ、ここで色々と整理をしておく事で、気持ちをスッキリする事はできるからね。これから起きる問題をざっくばらんに教えてあげるよ」
「それを知る事で回避出来るんですか?」
「いや、無理だね。だって僕達白銀竜は未来を予知する訳じゃないんだから」
「……だったら何で未来の事が分かるんですか?」
僕の問いに少女はわざとらしく溜息を吐いた。
どうせ僕は物分かり悪いですよ。どうせ。
「僕達はね、悠人。この世界が始まってから、この世界が終わるまで同時に生きているんだ」
「………………」
「うん、分からないだろうね。僕も君に理解させる言葉が見つからない。ただ、一つだけ言える事は“僕の言う未来で起きる事は、未来で起きた事であり過去である”と言う事だ」
「何となく……うん、分かります」
「だから例えば“リンクルが君の為に死んでしまう未来”があるとする」
「っ!?」
僕は詳細を聞き出す為に立ち上がろうとしたが、少女の人差し指が僕をピクリとも動かさなかった。
「例えばって言っただろ? 落ち着きたまえ」
「……はい」
「未来でそれが起きたとして、僕がそれを君に伝えて何になるだろうか」
「未来を――」
「変えられる? 馬鹿言っちゃいけない。それじゃあ僕の見た未来が嘘になるじゃないか」
「……そういう事ですか」
「うん、だから僕は君に何も刻まないんだ。嬉しい事は刻んであげても良いかなと思うけど、その時まで知らない方が楽しいだろ?」
少女は頭から指を放し、僕の膝の上に座った。
この世に存在していないんじゃないかと思うほど軽い。
「じゃあ、ざっくばらんに説明するよ。まず、バルサだっけ。あの数少ないエルフはとても大きな運命に囚われている。君は彼女の為に強くならなくてはいけない」
「数少ないエルフ? 彼女はハーフエルフのはずじゃ……」
「だから質問に答えた所で君は覚えてないんだって。今はこれから起きる事を受け入れるのに集中するんだ」
「……分かりました」
「それからサンドールのやる事は気にするな。彼は過去に縛られているだけで本質的には良い奴だ。最終的に君を助けてくれる」
「はぁ……」
確かに変えられない未来を聞いた所で、あまり意味がないように思えてきた。
しかも起きたら忘れるのだから、聞く意味はあるのだろうか……。
「聞く意味はある。僕だって全てを事細かに知っている訳じゃない。これから訪れる大陸の白銀竜が必ずしも君の味方になるとは限らないし、嘘を教えて君を傷つけるかもしれない」
「……でも、未来は変えられないんですよね?」
「……ああもう、君は何も分かっていないなっ!」
少女は身体を捩じらせて僕を睨む。頬をプクーっと膨らませてとても可愛い。
「リンクルは私の娘のようなものだ。つまり君は私の息子でもあるんだよ」
「……それって!?」
僕とリンクルが、け、結婚すると!?
「ああ、君はそうやってすぐに過度な妄想をする。それよりも話に集中したまえ。義理の母が君を護ろうと必死なのだからさ」
「あ、はい、ごめんなさい、母さん」
「私は君に母と呼ばれるほど年を取っていない!」
少女は僕の腕を掴むとガジガジと噛みついた。
痛いけど、何だかくすぐったくて気持ち良い。娘と遊ぶのはこんな感じなのだろうか。
「ここで君に未来を把握する事は、他の白銀竜が夢に介入してきた時に矛盾を指摘できる武器になるんだよ。だからしっかりと聞いておきなさい」
「……分かりました」
「じゃあ、続けるよ。次に君達は――」
少女はざっくばらんと言いながら、これから起きる事を沢山話してくれた。
それは悲しい事やワクワクする事、楽しい事や辛い事、色々ありすぎて頭がパンクしそうだったけど、確かに聞いておいて良かった気がする。
「最後に、私から一つだけお願いがあるんだ。これだけは記憶に刻んでおくから努力してくれるかい?」
「分かりました。ここまでしてもらって断る事なんて出来ないですよ」
「うん、ありがと。じゃあ、お願いするね」
少女は僕の下唇にカプと噛みついた。
モグモグと唇を何度も噛んで、何かを送り込んでいる様子だった。
キス……って感じがしない。何故だろうか。
「いつか、君は選択を迫られる。それはとても苦しくて、辛くて、死ぬほど悩む事だけど、どうか笑って決断して欲しい。哀しむ事も出来るけど、僕は君に笑って選んで欲しいんだ」
「分かり……ました」
胸を張って受け止められないけど、全力で努力したという気持ちに嘘偽りはない。
「……はぁ、当分君の夢で遊べないと思うと寂しいよ」
「遊んでたんですか?」
「まぁたった数日だけどね。気持ち良い事もいっぱいしたよ」
「…………その話くわ――」
「はいはい、いつかゆっくりとお話しましょうねー」
少女が僕の目を小さな手で覆った。
すると夢の中なのに眠気が襲ってきた。
「じゃあね、クリアハルト。君の人生に幸多かれ」
意識はすぐに薄れ、遠くから聞えるドラゴンの咆哮だけが――。




