第四十二話「大いなる失敗」
鳥人達との戦争の途中、運悪く足を引っ掛けられて腕を怪我したという。
右腕が二の腕あたりまで無くなっているネバルは、もはや僕の知らないネバルだった。
「……クリアハルトは悪くないよ。逆に私がギルドに連れて行った所為であんた達が巻き込まれたんだから」
「そんな事はないよ。ネヴィの事をもっと僕がしっかり見てれば……」
周囲の獣人達は僕の言葉を良いように受け取ってくれたのか、涙を堪えている人もいた。だが、ネバルは眉をキッとしかめると、左腕で僕の胸倉を掴んだ。
「しっかり見てれば何!? あんたは私の事を面倒見てくれたって言うの!?」
「……それは」
「あんたにはクィンクがいたし、私の事なんて恋愛対象に見てなかったじゃん!!」
「………」
ネバルの涙を見て、僕は自分が悲劇の主人公を気どりたいのだと理解した。
彼女の痛みを自分が原因だと言い張る事で、特別な存在になろうとしていたのだ。
だが怪我をした本人からすれば、僕は何もしなかった他人であり、今更のうのうと綺麗事を言われても苛立つだけだろう。
「ごめん。浅はかだったよ」
「……別に良いよ。私はどっちみち女として終わりさ」
「えっ?」
女として終わりとは一体どういう意味だろう。
何故か周囲の男性が一斉に目を逸らす。
一体、何が……。
「ははっ! 見ろよクリアハルト! こいつら私の事を玩具みたいに扱っといて、誰一人として鳥人から助けてくれなかったんだぜ!? この二日間、朝になるまで腰を振り続けた豚の癖によっ!」
「腰を振り続けた……?」
ざわざわと、心に波が立つ。
近くにいた中年男性、細身の青年、筋肉質の男の顔を眺める。
その誰もが、気まずそうに僕から目を逸らした。
女性は皆、そんな男性を忌々しそうに睨んでいた。
まさか、まさかそんな……。
「ああそうさ、クリアハルト。一つの部隊に三人の女性が入る理由さ! こいつらの過度なストレスを発散する為の道具なのさ!! 私達は!!」
「……そん、な」
もう一度、男達の顔を見る。
彼らは気まずそうにしながらも、「自分達は悪くない」と言いたげに不満げな顔を見せていた。
女性を好き勝手にしておいて、自分達は悪くないと思っているのだろうか。いや、そんなはずはない。男性が女性を愛する時は、その人を愛し、一緒になりたいと思う時だ。こんな風に、こんな風に……。
「なん……で、貴方達は……、女性を襲ったん……ですか?」
心の中で暴れまわる黒い感情を抑えるのにいっぱいで、言葉が上手く紡げない。
四十代くらいの蛇のような目をした男性が、苦々しい表情で答える。
「私達だって、国を追われたんだ。それくらい勘弁してごっ!?」
肉と骨の感触が拳に広がった。
近くにいた人達が悲鳴を上げて僕から距離を取る。
ネバルだけは冷たい目で僕の事を見つめ続けていた。
「……あんた」
「ひっ!?」
細身の青年を指名すると、彼は今にも失神しそうな顔で声を漏らした。
僕は逃がさないように彼の腕を掴み、質問した。
「ネヴィを、彼女に酷い事をしたのか?」
「………」
カチカチと歯の当たる音が聞こえた。
怯えているようだ。この青年は恐怖を知っているのだろうか。
だったら何故、ネバルの恐怖を分かってあげられなかったのか。
「答えろ!! お前はネヴィを酷い目に遭わせたのか!!?」
「ま、周りに流されぶべぇっ!?」
ゴグと、骨が折れる音が身体に伝わってきた。
獣人達はさらに距離を取り、恐怖に満ちた表情で僕の事を見ていた。
ネバルだけはジッと僕の顔を見ていた。
「……ごめんなさい」
「何であんたが謝るのさ。クリアハルト」
「僕は……僕はもっと早く気づけた。ネヴィをこんな目に遭わせなくて済んだ」
「ああ、だろうね。あんたは強いし賢い。優しいし頼りがいがある」
「それなのに!! 僕はっ!!」
――パチンッ!!
ネバルの左手が頬を叩き、痛みが広がった。
「ラヴィって覚えてるかい? 私の兄みたいな人」
「……はい。美味しい料理を作ってくれたコックだよね」
「ラヴィがさ、あんたのクリアハルトって名前を聞いた時、ちょっと嫌そうな顔をしたんだけど気づいてた?」
「うん、僕の名前が英雄と勇者だから馬鹿にしたのかと思ってました」
「違うよ。クリミアウムにはね、優しき英雄は国を滅ぼし、非情な勇者は人を滅ぼすって諺があるんだ。あんたはまさにそれさ。根が優しい癖に英雄になろうとして、目の前の悪事をあっさりと断罪する。怖いだけの存在さ」
勇者でありたいなら、例え敵であったとしても理解する姿勢を崩してはいけない。
英雄でありたいなら、例え味方であっても非情の選択をしなくてはならない。
どちらでもあり続けるなんて無理な話で、どちらでもあり続けようとすれば壊れてしまうだろう。――世界が先か、自分が先か。
ネバルは僕に背を向け、冷たい声で言い放つ。
「あんたは良い奴だ。人間としての器もでかいし、優しさもある。今みたいに罪に対して目を背けたりしないし、自分の失敗を認められる男だ。けどね、
あんたはまだ、自分しか見ちゃいない。少し賢いだけの子供さ」
森の中に消えて行くネバルを、僕は追いかける事が出来なかった。
□ □ □
「その顔、随分良くない事が起きたんやね」
ニッチェルに獣人達の統制を頼み、馬車に戻った僕は京子の言葉に小さく頷いた。
正直人生で一番ショックだった。獣人の女性達が酷い目に遭っていた事実も、ネヴィが怪我をしてた事も、僕の愚かさが露呈した事も。
包み隠さず京子に伝えると、彼女は「ふぅん」と興味なさそうに声を漏らした。
「まぁ異世界やからね。それくらいあるやろ」
「……うん、でも僕は出来れば止めたかったんだ」
「よく分からへんけど、ネヴィと良い関係になりたいん?」
「そういう訳じゃなくて!」
「だってあんたら少し仲良くなっただけの他人やん。そこまで気にする意味が分かららへんわ」
「……それは」
京子は僕の胸をトントンと人差し指で突っつくと、睨めつけるように威圧的な態度で迫ってきた。
「ええか。今日この時点で天宮悠人の甘さは捨てるんや。変な事に巻き込まれ、人が傷つき、国が滅んだ。自分はとてつもなく大きな失敗をしたんや」
「……大きな、失敗」
そう言われると、とんでもない事をした気分になってきた。
いや、事実とんでもない事をしたのだ。二ヶ国を滅ぼす原因となり、ネヴィや多くの獣人を怪我させた。これを失敗と言わずして何と言うのか。
「そうや。大いなる失敗を糧にしたものは大成する。これはうちの爺ちゃんの遺言や」
「……何だよ、それ」
僕は一筋だけ涙を流した。
天宮悠人としての最後の涙を。
「落ちついたら聞いて欲しいんやけどな」
「うん、もう大丈夫」
「悠人君はクリアハルトという素晴らしい身体に入ったからか分からへんけど、危機感が足らへんわ」
「危機感……?」
少し納得いかなかった。
どちらかと言えば僕は危機感を重視してきたつもりだ。
この遠征に巻き込まれたのは危機感が足りなかったというより、相手が一枚上手だったように感じる。
「いや、うちが異世界人やって嘘吐いてたら、自分の情報ダダ漏れやで?」
「……あ」
前言撤回、危機感が足りなかったみたいです。
「せやけど、うちを手に入れた事はクリアハルトチームにとっては大ラッキーやな」
「え……何で? ていうか日本に帰らなくて良いの?」
「もちろん夏子達を返す方法は探すけど、うちは自分に付いて行くつもりや」
「も、もしかして……」
僕に一目惚れしたとかだろうか。
「うち、実はな……」
「う、うん……」
「ファンタジー系のゲームがめっちゃ好きやねん。せやからここに来れて死ぬほど幸せなんや!」
「……あ、ああ、そう」
最初から変わっていると思っていたけど、まさかここまでとは。
思い返せばチートとか言ってたもんな。ライトなノベルとかも好きなのだろうか。
「うちがクリアハルト軍の軍師になったるから、面倒見たってな!」
「う、うん……」
京子の言葉がどこまで本気か分からないけど、僕としても地球に帰る方法を見つけるまで面倒を見るつもりだったし、ちょうど良いか。
頭も良さそうなので、本当に軍師になってくれたら助かるかも。
特に崩壊戦争を止める手立ては未だに見つかっていない訳だし……。
(ただ、皆に受け入れられるかどうかだけどなぁ……)
まぁ、押しに弱い人達だし大丈夫だろう。
「あ、うちも異世界人やと思われたくないからイリアって名前そのまま使う事にするわ」
「じゃあ僕もイリアって呼んだ方が良いかな?」
「……ええの?」
「……これからも京子ちゃんと呼んでも良いでしょうか?」
「うん、正直が一番やで悠人君」
何だか色々あった一日だけど、ここをターニングポイントにしたいと思う。
今日は良く眠れそうだ。




