第三十一話「英雄クリアハルト」
大木が倒れる数秒間のような。そんな緊張感と静けさに支配されていた。
クーリア城の中は思ったよりも質素で、壁は何も装飾されておらず、床も石畳のまま。
壺や鎧を飾ったりもせず、まるで完成直前の城のようだった。
謁見の間に入ると学校の体育館くらいの空間が広がる。
床には赤い絨毯が敷かれており、オルアルク家でよく見た刺繍が施されていた。
というか間違いなくレイブランド産の絨毯だ。奥に座っている王様は青いマントを羽織っており、遠くから見ると絨毯の赤とマントの青でかなり派手派手しい。名前はクーリア=レジェンド17世。かなりカッコイイ名前だ。
城下町の北端にある七大陸同盟ギルドで僕は大剣士である事を告げた。
数分するとあっという間に兵士が来て、ここまで連れてこられてしまった。
ネバルは獣人であり、クィンクは竜人である為、城内には入れないらしい。
一人だとかなり不安なんですが……。
「おお、噂には聞いていたが本当にまだ子供なのだな」
クーリアの国王は青い髪に碧眼、まさに異世界代表の人種と言った感じだ。
彫りは深く細身なのに威圧感を放っている。
背もたれの大きい派手な椅子に座っているが、きっと立ち上がると存在感もあるのだろう。
国王の言葉が誉め言葉にも嫌味にも聞こえる。
転生する前は他人の顔色ばっかり伺っていて、心を読むのが得意だと思っていた。
だが、目の前で笑っている男の考えが一向に読めない。
(違う……自信がないんだ)
オルアルク家に関わる人達とは何度も顔を合わせる事ができた。
だから答え合わせをするように何度も相手の思考の方向性を確かめられる。
だが今は全く未知の心を読まなければならない。
知らない人と関わるのってこんなに苦しい事だったのか。
「黒竜を倒せた事は本当に幸運でした」
「ははっ、世界に百人といない大剣士が謙遜しては他の剣士達の立場がなくなるぞ!」
四十代くらいだろうか。国王は笑うと目尻に皺が寄った。
うん、この人はどうやら他人を下に見るのが好きらしい。横柄な態度を取らなくて良かった……。
「自分のような若輩者に国王自ら謁見して頂けるのは光栄ですが、とてもじゃないですけど――」
「オルアルク家のクリアハルト」
ピシィッ、と音が鳴ったような気がした。
だが、それは音ではなく僕が張り詰めた空気を実感しただけだった。
先ほどまで笑顔だった国王の目が、魔物を狩る時のような敵意を見せていた。
「ワシは貴様の手玉に取られるほど甘い男か?」
張りつめた空気がさらに引き締められた。
国王の前に立っている数人の兵士達もこの場に居づらそうだ。
(そうか、僕が国王の心を見抜き顔色を窺った事を怒っているのか……)
前世も含めて僕と話をする人のほとんどは対等、もしくは下の身分だった。日本人同士、オルアルク家の家族、家庭教師、メイド。
だから僕は初めて自分より上の立場の人間と出会った事になる。
しかもそれが国王と他所の大陸の子供だ。
彼の笑顔の裏には友好の意思など端からなかったのだ。
(僕が子供で未熟だから失敗した。認めろ、認めろ、認めろ)
心では分かっていても、心臓がバクバクと跳ねまわる。
国王に戒められた事が辛い、苦しい、恥ずかしい。
自分の器が測られ「小さい男だ」と言われたような気がして頭がおかしくなりそうだ。
(僕はこの人に凄いな君はって言って貰いたかったのか!? 違うだろ!? 何でそんなに心を乱すんだ!? 落ちつけ! お前の大切なモノはなんだ!?)
言い聞かせても言い聞かせても心臓は踊り汗は止まらない。
いつの間にか口で呼吸し、少しでも酸素を取り入れようと息が荒くなっていた。
国王は僕の答えをいつまでも待つつもりのようだ、頬に手を置いて肘を着き、無表情でこちらを見ている。兵士達は緊張を保ったまま微動だにしない。
(緊張を……?)
兵士達はなぜ緊張しているのだろうか。国王の命を預かっているくらいだから、信頼も培っているだろうし立場も悪くないはずだ。
(そうか! この人達でさえも緊張するんだ!)
兵士達の年齢は三十前後だろう。体格も良いし、どこからどう見ても大人だ。
――それなのに、緊張している。
「……正直になっても良いでしょうか」
「うむ」国王は即答した。
僕は胸に手を当てて大きく深呼吸をした。
心が落ちつくとは思っていないが、国王に緊張していたと伝える為だ。
「実は急にここに呼び出されたのが怖くて泣いてしまいそうです」
「………」
僕の言葉を聞いた瞬間、国王と兵士の眉がピクリと動いた。
そして、
「はははっ! 緊張したと!? 大剣士のそなたがワシに召喚されたくらいで緊張するのか!?」
兵士達も笑いを堪えて震えている。
そう、国王も含めて彼らも緊張していたのだ。
大剣士は簡単になれるものじゃない。下手をすれば国に一人もいない場合だって十二分にある。
特に国王を守る兵士達にとっては強力な魔物を倒すような奴が国王の前に現れるなんて気が気じゃなかったのだろう。
その緊張感が国王に伝播して、あんな威圧的な態度になってしまったと。
「緊張します。何故なら僕は屋敷から一歩も出た事がなく、黒竜を倒せたのも偶然が重なった結果なのですから」
僕は自分がいかに普通の少年であるか語った。別に小さく見せるつもりはない。
大きく見せるつもりもない。目の前の人達にありのままを見て貰いたいと思った。
「家庭教師が歌を歌ったら黒竜が!? そんな事が起こりうるのか!?」
「結局原因は分からなかったですが、恐らく歌が原因だと思います」
気がつけば兵士達が僕に向ける視線も子供に向ける優しい目になっていた。国王にも笑顔が戻り、若干ではあるけど信頼の芽を感じる。
小一時間ほど僕の人生を語った所で、国王が膝をパァンと叩いた。
「うむ、気に入った! クリアハルト、貴様にはこの国の英雄になって貰うぞ!」
「英雄……ですか?」
「そうだ。実はこの大陸に魔王がいるのだ」
「魔王?」
僕は首を傾げた。何かの隠語だろうか。
ゲームとかでよく聞く単語だけど、この世界における魔王の定義が分からない。
「大剣士の義務は覚えているな?」
「はい、もちろんです。滞在する国に危機が訪れた場合、解決に向けて協力する義務があります」
「そうだ。我が国には今、実際に危機が訪れているのだ」
国王の説明によると、この大陸にあるクーリア以外の国は全て魔王に支配されているらしい。
このまま放っておけば自分の国までやられてしまうと嘆いていた。
兵士達もとても悔しそうだ。家族が殺されたのだろうか。
「既に剣士ギルドには申請してある。頼むぞ」
実感する。
大剣士は国王と簡単に謁見する機会が与えられる身分でありながら、どんなに危険な任務でも拒否する事ができない。
それはとても名誉なことであり、とても恐ろしい事だ。
「努力します」
「頼んだぞ英雄クリアハルト!」
魔王を討伐するのなら勇者クリアハルトの方が合ってるような気がする。
……まぁどちらでも一緒か。
◆
◆
◆
「ま、魔王討伐!?」
城下町の宿、西端の部屋で待っていたクィンクに事の顛末を話すと血相を変えて叫んだ。
勢いで立ちあがった為、椅子が倒れ慌てて座り直していた。
僕は円い机を挟んで逆側の椅子に座る。
窓から差し込む日光の所為か部屋が少し暑い。
ベッドではネバルが眠っていた。
かなり無防備な姿だったが今は見ている場合じゃない。
「魔王ってどういう意味? この世界では初めて聞いたんだけど」
言葉をそのまま受け取れば魔物の王様だ。
でも魔物のほとんどは動物が変化した姿で人並みの知識を持つ種族は珍しい。
そんな魔物達を統括したところで他国を攻める戦略が建てられるのだろうか。
「魔王とは七大陸同盟に参加している国に対して、存亡の危機を与えるほど害を成す存在の事を指すの。魔物一匹だけでも魔王に認定される場合もあるし、群を成す魔物のトップを指す場合もあるわ」
「それって僕達に倒せるのでしょうか?」
「分からない、分からないけど大剣士のあなたに逃げる権利はないわ」
クィンクが両手で頭を抱えて項垂れた。
よほどショックだったのだろう。
「旅に出る前はこの大陸に大剣士が呼び出されるような危機はないって書かれていたのに、私の失態だわ」
魔王の存在すら知らなかった僕からすれば、レイブランドで確認していたクィンクを凄いとさえ思う。
だからこそ、この必要以上に責任を感じている態度は納得いかない。
「リンクル、あなたは僕の家庭教師でもなければ子守り役でもないよ」
「悠人?」
僕は明らかに謁見のまでの出来事を引きずっていた。
だからクィンクが僕の事まで強く責任を感じている事に納得がいかなかった。
同じ立場なら責任も対等のはずだ。
「僕達は旅のパートナーだ。だから後悔するなら一緒にしよう」
「……城で何かあったんだね。何だか男らしくなってる」
「え、ええ、まぁ、色々と」
「ふふっ、素敵だよ」
生意気と言われるかと思っていたので、嬉しそうに微笑むリンクルにドキリとした。
今までとは明らかに違う表情。何だか僕に頼っているような……。
「二人とも、イチャイチャしすぎじゃね?」
いつの間にか起きていたネバルが不満そうな顔でこちらを睨んでいる。
リンクルが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
これはこれで可愛いけど、もう少しだけさっきの顔を眺めていたかったな。
――コンコン、とノックが鳴った。
ネバルが「はぁい」と勝手に返事をした所為で、話が途中のまま来客が扉を開けてしまった。
現れたのは三人の兵士。
鮮やかな青の服に銀の鎧、赤いマントを身に着けている。
「失礼します! 我らは国王の命により大剣士オルアルククリアハルトの部下となる者です。名はイワル。戦闘と力仕事は任せてくださいっ!」
最初に口を開いたのは三十代くらいで筋骨隆々という言葉が良く似合う巨躯な男性だ。髪は青く剃りあげていて、丸太のように太い腕がマントから覗いている。
「私はニッチェルと申します。大剣士の足を引っ張らないように努力します。クーリアの神に誓って」
次に口を開いたのは隣に立っていた細身の女性で、鍔の大きな黒い帽子を被っている。
帽子の下から垂れる青い前髪が右目を隠しいるし、風呂上がりに牛乳を飲むの時のような腰に当てた手と良い中二病を予感させる。
……この世界で中二病は病気じゃないか。
「俺の名前はウェザロブって言うんだ。ウェザって呼んでくれ大剣士様」
そんな対照的な二人の後ろに立っていたのは、眠たそうな顔が特徴の同じく青髪の男性だった。二十代前半だろうか、鼻は高く髪はパーマがかっていて彫りは深い。絶対にモテるタイプだ。
「部下と言うのは一体どういう事でしょう?」
僕の問いにウェザロブは苦笑しながら首を振った。
「ああ、いけねぇぜ大将。あんたは俺らのリーダーなんだ。もっと偉そうにしてくれなきゃ」
他二人も同意見の様子でウェザロブの言葉を黙って聞いていた。
……明らかな年上に偉そうな口調で喋りたくないんだけどなぁ。
「え、えっと……、部下って言うのはどういう意味だ?」
「そりゃあんたの命令に従って戦い、敵を殺すか殺されるかする兵士の事だよ」
僕はクィンクの顔を見た。こんな事態になるとは聞いていない。
だが、彼女だって大剣士の近くで大剣士の生きざまを見てきた訳じゃない。
よく分からないと言いたげに横に首を振る。
「移動用の馬車とか食料はこっちで用意しておく。残りの兵士達も俺達に任せて今日はこの宿に泊まってくれ。明日の朝、迎えに来る。」
「残りの兵士ってまだいるんですか?」
三人の知らない年上と旅するだけでも不安なのに、これ以上増えても困る。
「何言ってんだ大将。相手は魔王なんだぜ? 千人近く集めるから期待しててくれよ!」
「せっ!?」
返答を待たずして走り去る三人の部下。
魔王討伐と言えば四人くらいで町から町へ渡り歩きながら魔物の脅威を排除していくゲームのイメージしかなかった。
でも確かに言われてみれば国を滅ぼすような脅威に四人程度で何が出来るというのだ。
魔王が猛威を振るえば国民が死ぬのだ。
戦力を惜しんでいる場合じゃない。
でも、大剣士は一体一で戦った者に渡される称号。
指揮官としての素質がある訳じゃないと思うんだけど……。
「あ、あたし用事を思い出しちまった! じゃあな!」
「ネヴィ!?」
明らかに挙動不審な動きで部屋から飛び出すネバル。
廊下を覗きこむと全速力でどこかへ向かっていた。
「用事って何だろ?」
「さぁ、ネヴィの事だから食材を買ってくるように頼まれていたとか?」
クィンクは「そんな事よりも」と、僕の手を強く握った。
「私は魔法の事ばかり研究してきたの。だから知識には自信があるけど、兵法や人心掌握術には一切自信がない。だから何の役にも立てないと思う……」
それは僕も同じだ。漫画や小説で戦争を題材にした物語はあった。
だけど世界大戦とか孫子の兵法とかは触れる程度しか知らない。とても役に立つレベルで記憶しているとは言えない。
千人の兵士を指揮して魔王を倒しに行く旅。
あまりにも突然の事に笑ってしまいそうだ。
「でもさ……、この国の人達の為になるんだよね?」
魔王の脅威を払えば国が滅びることはない。
それは良い事で、悩む事ではない。
だけどクィンクは浮かない顔をしたまま、
「たぶん……」
とだけ答えたのだった。




