第二章プロローグ どこかの書斎にて
――蝋燭の火が揺らめいていた。
書斎にはレイブランドの歴史について書かれた本がズラリと並んでいる。
小太りの中年貴族はそんな本に目もくれず、一通の手紙に注目していた。
ブラムス=クラウスにとって今年は特別な年だ。
レイブランドの人間にとって、五十五歳を迎える事はとても名誉な事だからだ。
何故なら、初代国王レイ=グラン=ブランドが五十五歳を迎えた日に「この国で五十五歳を迎えられる者は平和を愛し、隣人を愛し、そしてレイブランドを愛した者だけだ」と高らかに声を上げたからである。
以来、レイブランドの国民にとって五十五歳は特別な年となり、迎えられた者は真の愛国者として誇りを持つことができるのだ。
クラウス家は十二の大臣だけが居を構える事を許された「特別貴族領」に慎ましく建てられている。建国時から長らく大臣を続けてきた十一の貴族と違い、一代で大臣に就任した「成り上がり貴族」だったからだ。
彼を大臣に選んだ現国王レイブランド二十二世は「特別貴族の中で最も大きな館を構えよ」と命じたが、ブラムスが何度も何度も頭を下げて命令を取り下げてもらった。
彼は誰よりも身の程をわきまえていた。
十一人の大臣達が自分の事を認めていないと誰よりも理解していたのだった。
だからこそ、五十五歳を迎える事は忠誠心を表現できる大きなチャンスだった。
五十五年間平和を愛し、国を愛し、隣人である特別貴族達を愛してきたとアピールするチャンスだった。
「あぁ、もうっ! くそっ! なんでだっ!」
だからこそ、彼は一通の手紙が憎くて憎くて堪らなかった。
差出人はエルデバ=クラウス。
――妻を若くして亡くしたブラムスの一人息子だった。
『親父、五十五歳おめでとう。俺はアルティアで元気にやっているぜ。そりゃ見た目はただの人間だから嫌な目で見られる事はあるけど、北方平原に志願したら仲間だって一応認めてくれた。この手紙も北方平原を経由して確かなルートを通ってるから誰かに読まれるなんて絶対にねぇから安心してくれ』
ブラムスは息子の与太話を読み進める内に、目を輝かせる事となる。
今まで何度となく自分達がエルフのハーフだという情報を使って脅しをかけてきた息子。
だが、今回ばかりは全く違う内容だった。
『実はエルフの一人に人間の転生者がいる。そいつは五年後から数年に渡って行われるエルフと人間との戦争を実際に体験した男なんだ。その証拠としてこれから半年で起きる大きな出来事を別の紙に書いておくから確認しておいてくれ』
エルフに生まれ変わった人間の男がいる。
普段から息を吐くように嘘を吐く息子だったが、ブラムスはその情報を鵜呑みにした。
そして、手紙をさらに読み進めた。
『もし信じてくれるようだったら、親父の誕生日にとある双子の兄弟を連れてきてほしい。オルアルク家の双子だ。名前は兄がジェイクハルトで弟がクリアハルト。背の高い小生意気な双子らしい。だがクリアハルトの方は両手を拘束し、轡もかましてくれ。おそらくその男の身体にはエルフの魂が入っているからだ』
ブラムスの中で息子の情報に信憑性が増していく。ちらりと机の上にある手紙の束を見ると、その中の一つに黒い手紙があった。彼はしばらくそれを眺めた後、手紙を最後まで読み進めた。
『いいか、別の魂が宿っている所為で歴史に微妙な誤差がかかっているかもしれねぇ。親父はその度に不安に思うかも……。だけどこいつらを北方平原に連れていく事は、人間の未来にとってとても大切な事らしいんだ。だから絶対に連れてきてくれ! 六か月後のあんたの誕生日に! 親愛なる息子より』
ブラムスは手紙を読み終えると同封してあった年表を開いた。
□――――□
草の月
フバウル地方で殺人事件が起きる。魔法探偵ロベイト=トリックが解決する。
花の月
レイヌエット地方のレイカル魔法学園にて生徒の焼死体が発見される。魔法探偵ロベイト=トリックが解決する。犯人は同級生の金髪の女。
木の月
穏健派の大臣が一人死ぬ。
理由は不明だが、代わりの大臣候補が募集される。
川の月
大臣候補としてレイアルト家が名乗り出て他大臣による多数決で就任する。レイアルト=ビーンズはエルフに対して強い敵対心を持っているので仲間にすべし。
海の月
ビーンズの加入により軍備強化の声が高まり、手始めとして各大臣による軍隊配備が許可される。グラン将軍は独自の軍を持つ事を許可される為、優秀な人材を探しておくべし。
空の月
北方平原にて俺とエルフのフレアハートが待つ。
フレアハートの前世はオルアルク=クリアハルト。エルフに強い憎しみを持つ青年だ。
□――――□
「まさか……、本当だったとはな……」
ブラムスは椅子にどっかり座ると、天井を見上げた。
質素な木の天井を見つめていると、自然に笑みがこぼれてくる。
「く、くくっ、やれる。やれるぞ!」
一週間後、フバウル地方で殺人事件が起きた。
当初は基礎魔法の暴走による事故とされていたが、たまたま旅行をしていた探偵の助言により殺人事件が解決させる。
さらにその一か月後、名門レイカル魔法学園で生徒の焼死体が見つかる。実験の失敗による事故だとされたが、またしてもたまたま居合わせた探偵が解決してしまう。
ブラムスが空の月に向けて動き始めたのは、春も終わりに差し掛かった晴れ空の続く週だった――。




