第一章最終話(第十四話)「手と手」
あの日から早くも二ヵ月が経った。
息つく暇もなかったが、多くの事が分かり、多くの分からない事が浮上した。
まず、オルアルク家に出来た地下室の存在だ。
僕が黒竜を固定する為に土の魔法を使った際、ちょうど地下室の天井を崩す形なったという。
そして、中にいたアネスタは土砂崩れを登り、薔薇園に出た。何が起きたのか恐る恐る庭を覗くと、僕が黒竜に襲われていたので体が勝手に動いたと彼女は語る。
監禁されていた事とオルアルク家への忠誠を加味して、アネスタは我が家に特別メイドとして再就職することとなる。もちろんお給金は倍の倍以上払うと、ベルハルトは頭を下げた。
だが、アネスタは微笑みながら、
「それなら前みたいにメイドを増やしてください。私は賑やかな方が好きです」
と昇給を断った。
そのおかげで今月に入ってメイドは六人になった。
その内の四人は奴隷として売られそうになっていた若い獣人だ。
四人とも明るく元気で、仕事にも積極的。誰がジェイクハルトのお嫁さんになるかで争っているらしい(アネスタが内緒で教えてくれた)。
次にジェイクハルトの謎が解明された。
やはり想像通り前世の記憶を持っていたらしい。
しかも、この世界の約十年後から転生してきたと彼……いや、彼女は言った。
フレアハートというエルフの女魔導士で、エルフと人間の対立が悪化した末に起きる「崩壊戦争」で命を落とし、ジェイクハルトに転生した。
驚いた事に、フレアハートは僕に殺されたらしい。
と言っても未来の出来事だし、本当に僕かどうかは分からない。クリアハルトは一昔前では割とメジャーな名前だし、そもそも髪色からして違うという。
その話をしている途中にクィンクが、
「クリアハルトも転生者だよね?」
と、逃げ場のないタイミングで質問をぶつけてきた。
僕は渋々、自分が異世界からの転生者である事を認めた。
というのも、ジェイクハルトがエルフの転生者と聞くだけでベルハルトの顔面は蒼白だったからだ。マリティアヌはそれほど気に病む事でもなさそうな雰囲気だったが、貴族の領主にとっては笑いごとでは済まされないようだ。
種族間で情勢が悪化しているエルフの生まれ変わりを放置しておく訳にはいかない。ましてやその敵国の中でも優秀な魔導士だというから話は余計にややこしくなる。
「私は戦争を止め、エルフと人間どちらも安心して暮らせる世界を手に入れたい」
僕には兄が嘘を吐いているようには見えなかったが、ベルハルトは苦虫を噛み潰したような顔で、
「では、お前がバルサとアネスタにしてきた仕打ちはなんだ?」
と問いただした。
ジェイクハルトは言い訳無用と言わんばかりに目をつむったが、クィンクが助け舟を出す。
「おそらく、ジェイクハルトの身体にはフレアハートの魂ともう一つの魂が入っています」
そのもう一つの魂があるからこそ今のジェイクハルトに剣の才能が見られ、同時に狂気の沙汰を引き起こさせている、と。
その仮説が正しいなら、僕は弟として、父と母は両親として言わなければならない言葉があった。
だけど、誰も口に出来なかった。
今のジェイクハルトが、フレアハートの入ったジェイクハルトが好きすぎて、とてもじゃないが「もう一つの魂が本物のジェイクハルトじゃないのか?」とは言い出せなかったのだ。
ジェイクハルトは苦笑いを浮かべながら、
「もちろん、皆さんが心の底で思っていることは分かっています。私はいずれ消えるべき存在だと。ですが、もう少しだけこのままでいさせてください。崩壊戦争を止めさえすれば、私は必ずジェイクハルトに身体をお返ししますから」
と早口で言った。有無は言わせないと言いたげな口ぶりだった。
そういう訳あって、僕が転生者である事は隠しておきたかったのだ。子供が二人とも転生者だという事実は、両親の心に負担をかけすぎる。そう思ったから。
――だが、それは杞憂だった。
「クリアハルト。それは考えすぎだぞ」
ベルハルトに頭を撫でられ、僕は首を傾げる。
なぜ考えすぎだというのか。
この身体には本当に入るべき魂があり、それは僕ではない。
オルアルク家に愛され、立派な貴族の息子として育つべき魂が存在していたのだ。
するとベルハルトが、
「それは仮定の話であって、私の目の前にはお前しか現れていない。だからそれはお前の身体だ」
と僕を力強く抱きしめた。
長年悩み続けていた事だけに、これは本当に嬉しかった。
お互いの前世を語り合う内に、長年の確執もすっかり解け、オルアルク家の双子の兄弟はいつの間にか仲良し兄弟になっていた。
ジェイクハルトは自分が女性である事を打ち明けて以来、すっかり女装にハマってしまった。この場合は女装と言うのか分からないけど。見た目が綺麗なだけに、スカートや派手なドレスが似合う似合う。娘が欲しかったマリティアヌとしてはきっと最高の展開だろう。
分からないと言えば、黒竜が突然現れた事だ。
ジェイクハルトとクィンクはバルサの歌が召喚魔法に変わったのだろうと推測した。
だが、バルサは召喚の応用魔法を使う事ができない。
これではまるで〝条件さえ合えば応用魔法を使える“みたいじゃないか。
「それに関しては、クリアハルトが考えている通り、応用魔法も一度使えば基礎魔法に落ちる可能性が高そうね」
クィンク曰く、基礎魔法六種の中にも明らかに応用魔法と言える魔法があるらしい。それらを基礎魔法六種から外そうとすると、新たに定義づけをしなくてはならない。
七大陸で制定された基礎魔法六種の原則。
それを崩さねばならないのだ。
「昔から応用魔法と基礎魔法六種の線引きってすごく曖昧だったのよ。だからそこを悩むよりも今は別に悩むことがあるでしょう?」
と、クィンクは僕の腰に差した黒い刀に視線を合わせた。
黒竜刀と名付けた刀。いや、特に意味はないけど。
黒竜は意思を持たない代わりに死に際に武器や防具に変化する性質を持っているらしい。しかも、一対一でないと変化しないとか。
あの戦いが一対一だったかどうかは疑問だけど、実際に武器に変化したのだから黒竜視点からすればそうだったのだろう。
別にこれ自体は問題ではない。
木刀を少し硬くした程度で殺傷力はないし、素振りに使える程度の重みはある。
問題は「黒竜を一対一で倒した」という結果だった。
大剣士の黒竜級になる為の条件である一対一での黒竜討伐だが、実は事後報告が成り立つらしい。もちろん虚偽の報告を防ぐ為に、証拠や目撃者の証言が必要だが、今回はちょうどマリティアヌ一行を送り届けた御者がいる。
「この歴史を変えるような出来事は必ず私が大臣に伝えますので」
運の悪い事に、帰りは大臣であるブラムスが御者を手配していたのだ。
ベルハルトは必死に黙っておくよう説得したが、御者は「大臣に隠し事などできません」と早々に帰ってしまった。
そして一週間後、僕が正式に「黒竜級大剣士」となった証書が送られてきた。大剣士としての恩恵や、責任、有事の際の義務などが書かれていた。
「これでますます崩壊戦争への参加が濃厚になってきたわね」
ジェイクハルトは少し辛そうだった。
エルフと人間の戦争が起きた場合、大剣士は七大陸同盟に参加している国への加勢が義務付けられる。崩壊戦争の場合は人間側であるレイブランド国への加勢だ。
それだけではない。
たまたま黒竜を倒せただけの子供が、今後大人でも倒せないような魔物が現れた場合は率先して討伐に当たらなければならない。逃げれば厳重な処罰が下されると書かれていた。
恩恵としては七大陸を自由に渡航できる事と、何もしなくてもある程度のお金が入ってくることだけだ。危険に対する恩恵が少なすぎる。
「本来はその肩書を使って職に就くのだけど、子供のあなたには関係ないものね」
元々が子供を対象にしていなかった大剣士の制度だから当たり前と言えば当たり前の話だ。だが、当人からしてみればはた迷惑でしかなく、こんな肩書は今すぐ返上したいくらいだった。
ただ、僕は一つだけ大きな恩恵がある事を皆に黙っていた。
◇
◇
◇
それは雪解けが終わった春の暖かな日に起きる。
「さ、行こうか」
大きなバスケットを片手に、クィンクが僕の手を握る。
目指すは半日ほど西に進んだ小高い丘。桜のような花が咲き誇る観光の名所だ。
「は、はいっ!」
生まれて……いや、転生前の人生から数えても初めての体験。
「いやー、まさかこんなに早く実現するとはね」
クィンクの言葉に僕も同意した。
『もし大剣士になったらデートしてあげるって言ったら?』
数か月前にクィンクが口走った冗談。
まさかあの言葉が本当になろうとは。
「やっぱり納得いきませんよね。こんな形で約束を守らされるなんて……」
自虐的に笑みをこぼすと、クィンクが僕のわき腹を肘で突いた。
「何よ、それ。私が嫌々デートしてるみたい」
「リンクル……?」
精神年齢的に僕の方が上である事を知って以来、クィンクは少し僕に甘えているような気がする。もちろん家庭教師としての指導は完ぺきなのだが、それ以外の時間は妹を相手にしているような感覚に陥る。……いや、前世でも妹いなかったんだけど。
「あーあ、最近はバルサやジェイクハルトにモテるからって調子に乗ってるんですねー」
「いや、ジェイクハルトは兄弟だし! 例え前世が女性でも僕には関係ないよ!」
「……バルサは否定しないんだ?」
「……あ」
あの日以来、バルサは僕に対してはっきりと好意を示すようになった。
窮地を救い、心も救ってくれた恩人であり、異性として魅力を感じている、と。
正直バルサの事は綺麗だと思っていたし、師弟の関係になった二週間はとても楽しかった。
だけどあまりに急すぎる。
僕はまだ子供だし、どちらかと言えばクィンクの事が気になっている。
同時に二人を攻略できるほど器用な人間じゃない。
「僕だってこの日をどれだけ楽しみにしていたか! 前世を含めても初めてのデートですよ!」
「あ……、そうだったね。クリアハルトの前世は入院生活だったんだよね」
クィンクは照れくさそうに微笑むと俯いて黙ってしまった。
その仕草の可愛さは黒竜級で、この世界にインスタントカメラが開発されていない事を心から悔やんだ。
「あと二年でリンクルとはお別れになるんですね」
「うん、レイブランドの貴族に生まれたからには、学校くらい行かなきゃね」
「リンクルはどうするんです? 家庭教師を続けるんですか?」
「うーん、ちょっとあなたとジェイクハルトを教えた後に誰かを教えたい気分にはならないかな」
全く同意見だ。
僕やジェイクハルトに何かを教えるなんて僕には絶対にできない。
できたとして次に行く自信はない。
「じゃあどうするんです?」
「うーん、今はまだ先の事なんて考えられないかな」
「なるほど……」
「それよりさ、お弁当なんだけど――」
よほど話題を変えたかったのか、一緒に作ったお弁当の話に切り替えるクィンク。
僕としてもこれ以上は深追いできず、彼女の言葉を応用に話題を進めた。
そして、太陽が真上に昇る頃に僕たちは丘に到着した。
一面に広がる桜色の花。
桜の木と違い、タンポポのような花が咲き誇っている。
ピンクの絨毯をかき分けながら、僕とクィンクは丘のてっぺんに昇った。
「今日の事をバルサに話したら発狂するかも」
流石に発狂はしないと思うけど、涙を流しながら「私は連れて行ってくれないのですか?」と問いただされそう。その後ろでジェイクハルトがプレッシャー掛けてきそう。
「また後日、みんなで行きましょう」
「そうだね」
すべての事情が変わった。
すべての状況が変わった。
ジェイクハルトとの関係も。
家族との関係も。
メイドとの関係も
クィンクやバルサとの関係も。
僕が転生者だと知られてしまった。
知ったのは家族と家庭教師二人、そしてアネスタだけだけど、それでも知られてしまった。一生隠し通すつもりだっただけに、未だにどうして良いか分からない。
だけど、心の底から分かっている事が一つだけある。
「リンクル、僕ね」
「ん?」
「家族や皆の事が大好きなんだ」
「うん」
「だから――」
――転生して、本当に良かった。




