1 転落人生
期末試験も終わって結果も返ってきた後の、7月13日金曜日午後5時過ぎ。
ある意味予想していたというか、予想以上だった三者面談で、俺は疲れ果てていた。
「すまん。先生も説得したんだが、駄目だった」
「いえ、うちの親は日本語が通じませんから」
日本語圏ではない外国出身というわけではない。
日本に生まれて日本で育ち、日本語を喋っているように見えても、実は言葉が通じない奴はいるのだ。
うちの父が、まさにその典型。
母も、よくこんな男と浮気したなと思う。
おかげで俺が小学校6年の時に離婚。以来、俺の人生はマイナス方向へと疾走中なわけだけれど。
「先生が悪いわけではありません。ただ俺の運が悪いだけです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
何も言えない先生に一礼し、廊下へ。
そう、先生が悪いわけではない。
うちの父――いや、両親がおかしいだけだ。
俺は津久井陽翔15歳で、今はA県G町にある中学校の3年生。
そして俺は今回の三者面談で、志望校として県のトップである、通称シュウ校を希望した。
つい先月の業者テストでも総合で県内3番の成績で、ほぼ間違いなく合格するだろうと言われていた。
担任の先生も「問題なし」と言ってくれていたのだ。
だが三者面談にやってきた父は、近くにある通称ゴ高以外、受験も進学も認めないという意見だった。
どんな学校かというと、昨年の一次募集で志願者倍率が20%を下回ったという辺りで察してほしい。
ついでに言うと、国立大学の合格者が昨年は0人。
私立BFレベルの学校を含めても、四年制大学への進学者は3人しかいない。
卒業者が40人だということを考えても、ちょっとこれは……と思ってしまう。
当然、先生もあれこれ説明はしたのだ。
しかし、馬鹿には通用しなかった。
「県内で3番を取れる実力があるのなら、どこの高校へ進学しても東大くらいは合格できるはずだ。お前がそれをわからないのは、地元国立なんて駅弁大学を出た程度だからだ」
言っている本人以外には正しいと思えない、そんな暴言を吐いて。
なお、本人は底辺高校中退である。
「本気になれば県一番の進学校だって余裕だった」なんて言っているけれど、証拠はどこにもない。
◇◇◇
教室を出て、一息つく。
この中学は廊下の幅が教室並みに広く、教室の反対側が多目的スペースとなっている。
そのスペースに並んだテーブルや机に、面談を待っている生徒や親がいるけれど、父はいない。
車でパチンコにでも行ったか、その金もなければ道の駅あたりに車を停めてスマホゲームでもしているのだろう。
いないほうが気が楽でいい。
自転車で坂道を30分以上漕いで帰ることになっても。
とりあえず空いている端のテーブルについて、俺は思い切りため息をつく。
このまま家にまっすぐ帰る気にはならない。
家に帰っても勉強しろと母に言われるだけだから。
だったら、勉強して報われる環境を作ってくれと言いたい。
だいたい母は、俺の転落人生のきっかけを作った当人だ。
俺が小学校6年の冬に浮気がバレて、ついでに俺も実は父の息子ではなかったことが血液検査でわかって、一緒に放り出された。
おかげで合格した私立の中高一貫超進学校に進学できず、地元中学に通うことになった。
それでも、せめて高校、そして大学で挽回しようと必死に努力した結果がこれだ。
なお、母は掃除をしないから、家は俺の部屋以外ゴミ屋敷。
洗濯も、たまに全てを洗濯機にぶち込んで乾燥までやって、そのまま洗濯機に放置する程度。
料理は「しない」というより「作れない」が正解。
おかげで俺は、家ではパンかカップラーメンが常食だ。
こんな状態だから、今の父とも、しょっちゅう喧嘩している。
喧嘩していないときはセックスしているか、父が家にいないか。
だから、あの家にも出来れば帰りたくない。
そもそも今年4月の時点では、ここに引っ越す予定はなかった。
家賃を6ヶ月滞納した結果、住む場所がなくなることが決定したのがきっかけだ。
地方移住すれば補助金が出るということで、急遽引っ越しが決定。
俺が春休みのうちにあれこれ父が動いた結果、つい2ヶ月前の5月に引っ越したわけだ。
中学校まで7km、最寄りのバス停まで9km、駅まではなんと11km以上という場所へ。
なお、母は何もしなかった。
訂正。文句だけは言った。
そういう意味では、動く分だけ父のほうがましかもしれない。
家で飯を食えるのも、とりあえずカップラーメンやパンを買い貯めしておいてくれる父のおかげではある。
俺の小遣いは、現状0だから。
しかし行動力がある馬鹿の方が迷惑というのも、また事実。
此処へ引っ越したのなんかまさにそうだし、今回の三者面談もこの通りだ。
100話くらいまでは、1日2話のペースで、毎朝7時10分頃、更新する予定です。
それ以降は……書き溜め次第ということで。
どうぞよろしくお願いいたします。




