彼女の名前はピコピーノ
グレッ厶が悪魔に近づいて、体を揺する。
「おーい。大丈夫かー?生きてるかぁ?」
「ん……んん……」
艶っぽい声を出すけど、悪魔は目を覚さない。
「お〜い、朝……じゃないな。夜だぞ〜」
「……いた」
「え?」
「おお!?」
待って!今何か喋ったよね!?
「どうした?お前今、何か言ったか」
「す……いた」
「すいた?」
彼女は目を開いて、不満げな顔で言った。
目の色は濃い青色。群青色ってやつかな。
「お腹ぁ、空いたぁぁ〜〜」
「は……?」
「お腹ぁ、空いたぁあのぉぉぉ〜〜!!」
悪魔は手足をバタつかせて、不満を全身で表した。
「お腹空いたの?」
「うん!もうお腹ペコペコ!お腹と背中がくっついちゃう!」
なんと言うか。この子―――
「見た目の割に、子どもだな。お前」
見た感じは14歳くらいなのに。話す言葉は4歳児かって思うくらい。
「おまえって呼ばないで!ピコにはちゃんと、ピコピーノって名前があるんだから!」
ピコピーノ。それが彼女の名前みたい。
「ピコピーノ、な。で、お前。ここで何してた」
「は?グレッ厶?」
いきなり何聞いてんの。
「こいつが本当に出られなくて困ってたのか、分からないだろ?罠かもしれないしな」
グレッ厶は屈んで、ピコピーノに視線を近づける。
「で、何してたんだ」
「お腹空いた」
「それは分かった。で、何して」
「お腹空いた」
「いやだから、何し」
「お腹空いた」
「……」
ついに黙り込んじゃった。
そりゃそうでしょうね。聞いても返ってくる言葉は「お腹空いた」だけ。
キャッチボールが成立してない―――。
「ピコピーノさんに何か食べさせないと、進みそうにないですね」
疫病神が苦笑を浮かべた。
初めて見たわ。こいつのこんな顔。
「そうみたいだな。近くのコンビニにでも寄るか」
グレッ厶はピコピーノの肩を揺すりながら聞いた。
「おい、ピコピーノ。自力で立てるか?歩けるか?」
「ん〜。むりぃ……」
無理、か。
「じゃあ、グレッ厶がおぶって行くしかないわね」
「ですねぇ。グレッ厶くん、お願いしまーす」
「いやなんで俺なんだよ」
「この中で人間離れした見た目なのはあんただけ。店に入れないでしょ」
「そういうことか。分かった」
疫病神とあたしがピコピーノを持ち上げて、グレッ厶の背中に乗せた。
そしてあたし達はスクラップヤードを後にした。
ちなみに鍵はグレッ厶が施錠した。
すぐに終わったんだよね。本当に手練れだ……。
△ △ △
あたし達は、スクラップヤードから歩いて10分のコンビニにいた。
変身は歩いてる最中に解けた。
「じゃ、テキトーになんか買ってくるわ」
「ああ」
あたしと疫病神で店に入る。
「何買おうかな……」
「今の所持金は?」
「え?え〜と」
財布の中を確認する。
千円札が三枚と、小銭が少々。
「3,470円くらい?」
「なるほど。菓子パン2個と炭酸ジュースで良いと思いますよ」
「え?それだけで大丈夫なの」
少なくない?
「レミィさんの今の所持金で買える物なんて、限られてますからね」
「なっ。分かってるわよ、それくらい!てか、あんたは手持ち無いの!?」
いつの間にか、あたしだけ出す流れになってたし!
「無一文で無職です」
「失せろクソニート」
「ニートですか。クックック」
笑う疫病神を置いて、あたしは菓子パンを選びに行った。
こんな時間になると置いてる商品も少ない。
惣菜パンは全然無い。甘い菓子パンしか―――。
(ピコピーノは女の子みたいだし。チョコ混ざってるやつでいいかな)
そう考えて、選んだのは。
チョコが混ざったツイストドーナツと、たまご蒸しパン。
飲み物はグレープ味の炭酸ジュースを買った。
「は〜い。買ってきたわよ〜」
「お。ありがとう」
グレッ厶はレジ袋を受け取って、ピコピーノをゆっくり下ろした。
「お〜い、ピコピーノ。ご飯だぞ〜」
袋からパンを出した、次の瞬間。
パンが―――消えた。
「は……?」
あたしとグレッ厶が呆然としてると。
「ん〜!うまうまぁ。おいし〜い!」
そのパンをピコピーノが笑顔で頬張ってた。
駐車場にも関わらず、地べたに座って食べてる。
「はっ!?お前、いつの間に」
「一瞬で取ってったってこと!?」
食べ物への執着すごいな!
これには疫病神も唖然としてた。
「んぐんぐ、ぷはっ。はあ〜、生き返るぅ〜」
パンどころか袋ごと持っていったみたい。
ジュース飲んで満足そう。
「どう?お腹満たされた?」
「ん〜。まだまだ足りないよぉ」
「我慢しろ。俺らが用意できる分には限りがある」
「どれくらい待てばいーの?」
「え。えっと……それは―――」
想定外すぎる質問。
これにはグレッ厶も詰まる。
「て、いやいや。それは置いておいて。お前には聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと?ピコはCカップだよ」
「誰がいつ、胸の大きさ聞いたんだよ。そうじゃなくて―――」
「どーてーだよ」
「どーてー?……あ。童貞か。あのな、それは男に使う言葉で女は処女……いや!そうじゃなくて!」
グレッ厶はため息を一つついてから、もう一度聞いた。
「お前があそこで何をしていたのかってことだ」
「何してたって言われても……ただパソコンの中から、出してって叫んでただけだよ」
「本当に、出られなかったの?」
あたしはしゃがんで、視線を合わせて聞く。
「うん」
「どれくらい、あの中にいたのですか」
「え〜。分かんなぁい」
ピコピーノは口を尖らせてむっとしてる。
「分かんないって」
グレッ厶が呆れたようにため息をついた。
「だって今がいつか分かんないんだもん」
「パソコンに表示されないの?」
「あのパソコン、数字がちゃんと出ないの!」
なるほど。壊れて数字がちゃんと表示されてなかったみたい。
「えっとね。今は2023年よ」
「2023年?え〜っとじゃあ……ピコが入ったのって何年?」
「俺達が知るわけないだろ。覚えてないのかよ」
「ん〜。えーっとぉ、んーっと」
頭に両手の人差し指を当て、頭を左右に揺らす。
考えてますって感じのポーズね。
「覚えてない?なんか、流行ってた物とか」
「え〜。流行ってた物?ん〜……」
ピコピーノは黙り込んだ。集中してるのかな。
かと思ったら、急にバタンと後ろに倒れた。
「分かんない!疲れた!」
考えるのを放棄したんだ……。
「サタンに何か言われたんじゃないのか」
「王様に?ピコ、会ったこともないよ」
「大臣とか兵士長とかには」
「それも会ったことない。ピコ、あんまり悪魔と話したことないもん」
「そうなのか―――」
グレッ厶は顎に手を当てる。
「これでもまだ疑う気?」
正直。あたしはもう疑ってない。
ピコピーノはあまりにも子どもすぎる。
さすがに悪魔側も、こんな子をスパイとして送り込むわけないと思うし。
なんなら仲間に引き入れたいくらい。
理由は単純。可愛いから。
なんか、15になって妹ができた気分。
「パソコンの中に入ってた理由は?」
グレッ厶はまだどこか疑ってるみたい。
「あのね、パソコンって面白いんだよ!色んな人のパソコンに入るとねぇ、色んなページが見られるの!」
ピコピーノ―――ピコちゃんって呼ぼうかな。
ピコちゃんは目を輝かせながら説明し始めた。
「ある人はアニメのこと調べててぇ、ある人は日本のこと調べててぇ……あ。男の人はエッチなこと調べてる人が多かったよ!」
最後だけ余計だったな。
「それを盗み見るのが楽しかったのか?」
「盗んでないもん。シェアしてたの」
「入り込んで一緒に見てるからシェアってことか?」
「うん!でもねぇ。あのパソコンの持ち主さんは、ピコが出る前に電源切っちゃったの」
「電源を切られると、出られなくなるのか」
「うん……それでね。気づいたらあんな場所にいて。ずっと助けを呼んでたの」
「そうだったのね―――」
ピコちゃん、なんて可哀想な子なの……。
あたしは彼女の頭を優しく撫でた。
「うわーい!なでなでされたぁ!」
ピコちゃんが嬉しそうに笑う。
それを見たグレッ厶は、本日三回目のため息をついた。
「確かに。こんな奴が刺客なわけないか」
「私もそう思います。行くところが無いのであれば、仲間にするのはどうでしょうか」
「賛成!」
「私も賛成です。グレッ厶くんは?」
「ん……俺もだ。これから忙しくなりそうだけどな」
あたしはピコちゃんと向かい合って聞いた。
「ピコちゃん。行くところないなら、あたし達と一緒に来る?」
「うん!そうする〜!」
こうしてピコちゃんはあたし達の仲間になった。




