198 マガリ案件No.003_03,08+α(その5)
金庫の中には情報通り、十億円規模の現金が納められていた。
「よし、運び出すか。適当な袋と……後は台車もいるか」
囮に回した者達を呼び出そうかとも考えたが、『薬師』の職場である麻薬取締部がいつ人員を掻き集めて突入してくるかが予想できない以上、朔夜達にゆっくりしている時間はない。
幸いにも、ここは栽培場なので園芸関係の用具は一通り揃っている。適当な台車を見つけた朔夜は由希奈に対してそれを指差し、持ってきてくれるよう頼んだ。
「そこにある台車、金庫の前まで運んでおいてくれ。私は袋になりそうな物を探してみる」
「分かりました」
由希奈が指示通りに台車を運び出すのを確認した後、朔夜は手近な園芸用具をひっくり返して中身を確認していく。そして適当なゴミ袋を見つけたので、何重かに被せて厚手の鞄代わりにすることにした。
「……そういえば由希奈、」
「はい?」
金庫の傍で鞄代わりの袋を作っている間に生まれる、下手な沈黙で緊迫感を生み出さないようにと、雑談も兼ねてある疑問を投げた。
「さっき校長室に居た奴、知り合いか?」
「知り合い、というより……見覚えのある人が出てきたなと思ってたら、残ってた人が昔の部活の先輩だったので驚いちゃって」
「先輩、ね……」
手頃な厚さになったのを確認した朔夜は、由希奈が運んできた台車に袋を載せ、金庫の中身を次々に放り込んでいく。
「……殺したのか?」
「はい」
随分、あっさりと答えるな……と、詰め終えた袋を閉じながら、朔夜は由希奈の方を振り返った。
「知り合いだったんだろ? 躊躇しなかったのか?」
「それが……」
朔夜が荷物を支え、由希奈が台車を押しながら、二人は栽培場と化した体育館から外へと出て行く。
「…………全然、気にならなかったんですよね」
校舎を通らず、戦闘音が静まり出している校庭へと台車を運び出しながら、由希奈は先程までの出来事を先導する朔夜に話し出した。
髪型が変わっていたので、思い出すのに少し時間が掛かってしまった。
『……あれ? どこかで、』
『馬込っ!?』
声のした方を振り返った由希奈の前には、自動拳銃を構えている男が居た。銃口を向けられていたのでこちらも短機関銃を突き付けていたのだが、武器よりも顔を見られていることに気付き、逆に見返してみる。
やがて、由希奈の記憶からその顔に該当する名前が浮かんできた。
『もしかして……八谷先輩ですか?』
『そっ、そうだ!? だから撃つなっ!』
その言葉に、由希奈の頭は疑問符で埋め尽くされた。
(いや…………何で?)
互いに武器を突き付けあう状況、かつ敵対する立場の二人。いくらかつての先輩後輩の間柄だろうと、今は部活中ではなく殺傷沙汰の渦中だ。
『ここで会ったのも何かの縁だ! だから俺を見逃し、』
――バララ、ッ!
『あがっ!?』
銃口が逸れた隙を逃さず、由希奈は短機関銃の引き金を引いた。それによって放たれた9mm拳銃弾は狙い違わず、八谷の足の肉を削ぎ取っていく。
『な、何を……』
また、九州で人を撃った時みたいな罪悪感や嫌悪感が生まれるかとも思っていた由希奈だが、特に何かが浮かぶこともなく、短機関銃の銃口を決して逸らさなかった。
『…………何をやってんだよぉ! 馬込ぇ!』
そう怒鳴られても、何故か由希奈は、八谷に対して恐怖するようなことはなかった。むしろ何故か、『自分は助けて貰える』と思い込んでいるその縋ってくるような思考に、理解できない気持ち悪さを覚えていた程だ。
『俺達は部活の先輩後輩だろうがっ! ここは見逃すとこ、』
――バララ、ッ!
『がぁっ!?』
『いや……今は関係ないですよね?』
八谷が何をどう思ってそんな考えに行き着いたかは、由希奈には分からない。けれども、ただかつての部活の先輩が犯罪に手を染め、結果麻薬の栽培組織で同じく犯行に及ぼうとしている自分に出くわした。
本当に、それだけだからこそ……八谷の自分勝手な発言が、由希奈には理解できなかった。
『先輩も私も、ただの犯罪者ですよね? 敵対したから互いに殺し合う。それだけじゃないんですか?』
『ぁ、ぁぁ、ぁぁ……』
何やら怯えた顔をされてしまっているが、そのせいで由希奈は、ますます疑問が溢れて考えが纏まらなくなってしまう。
(ああ、そうか……)
けれどもやがて、同じ裏社会の住人である『運び屋』達と八谷の違いに、由希奈は気付いた。
(この人はただ、自分にとって都合の良いことしか考えていない…………都合の悪いことに対しては本当に、ただ逃げることしかできないんだ)
『綺麗事を守ることが案外、一番合理的だったりする』
その言葉が由希奈の脳裏を過ぎり、少し理解できた気分になった。
ただ安穏と人生を過ごしたいのであれば、法律や常識を理解し、守った上で好きに生きればいい。それを破るということは、それ以上にやりたいことが……社会生活を投げ捨ててでも、成し遂げたい何かがあることに他ならなかった。
それが自分勝手な欲望だろうと、世界を巻き込む策略だろうと関係ない。
時には綺麗事を破ってても、成し遂げたい何か。その為に足掻き続けているからこそ『運び屋』達に惹かれ……八谷のような下らない人間に、興味を持てなくなってしまっているのだ。
『や、止めっ……!?』
(ずっと、強いからブレないんだと思ってたけど……違うんだ)
眼前の敵に対して、由希奈は静かに銃口を構え、
(強いから、ブレないんじゃない。ブレないからこそ…………『運び屋』達は、どこまでも強くなれるんだ)
容赦なく…………引き金を引いた。
――バラララララ……ッ!
(それにしても…………気持ち悪いな、こいつ)
「……で、私が戻った時には、死体にしたその男の横に立っていたのか」
「その後で朔夜さんを追い駆けようかとも思ったんですけど、弾倉を変えている間に戻られたので、そのまま合流してついて来たんです」
周囲に転がる死体の山を気にすることなく、朔夜は由希奈の話を聞きながら台車を動かしていく。
「朔夜さん……同じ犯罪者でも、こんなに違うんですか?」
「……犯罪者に限らねえよ」
多少爛れていようとも、比較的一般的な学生生活を享受している朔夜は、由希奈の考えを否定せずとも、肯定まではしなかった。
「結局は、自分の原動力となる信念を持てるかどうかだけだ。睦月達が裏社会の住人やってるのも、目指している何かが偶々犯罪行為だったに過ぎない」
夢を叶える為に努力する。成功するかどうかは分からないが……何もしなければ、一生そのままだ。
叶える為に無謀とも取れる挑戦をしようとも、叶わないからと諦めて代替案の生き方をしようとも、まったく関係のない幸せを掴もうとも……自らの欲望に溺れて、他者の人生を踏み躙ろうとも。
人は、自由に生きる権利があるが……同時に、その全ての責任と義務を、自分で背負わなければならない。
この社会で法律や規則が設けられているのは、そのことを理解できない人間があまりにも多過ぎるから、社会が強引に分からせようとした苦肉の策だ。
「私だって、さんざっぱら悪事に手を染めてきたんだ。いまさら善人を気取るつもりはねえよ。だけどな、」
すでに、他の四人が合流して、各々腰を降ろして休んでいた。その彼女達の前へと、朔夜と由希奈は台車に載せた現金を押し運んでいく。
「自分の我を通せないなら……人間は一体、何の為に生きてるんだよ?」
そして二人が運んできた台車は、弥生達の前で停車した。
比較的道が荒れていないからと、麻薬組織狩りに参加した面々は台車に現金が入った袋を載せたまま、代わる代わる押してワゴン車へと向かった。途中周辺を警戒したり、互いの状況を共有しつつだが、その足が止まる気配はない。
「どうりで、面倒な相手が多いと思ったら……」
「まあ、よくある話だ。向こうだって、学習しない程馬鹿じゃないだろう」
美里と理沙がそう話すものの、『だったら最初から麻薬に手を出すな』と思いはしても、口に出すことはしない。そんな麻薬組織が上手く利益を上げてくれているからこそ、麻薬組織狩りで自分達が稼げているのだ。
たとえ間違った行為だろうが、努力を否定することに変わりない以上、下手な発言は自身を犯罪者以下の存在へと下げてしまう。だからこれ以上、誰もがその話題に触れることはなかった。
「……あれ? ちょっと待て」
足は止めないまま、朔夜は由希奈へと振り返って声を掛けた。
「お前さっき、『残ってた人が』って言ってたよな? じゃあ、見覚えがあったのは別の奴か?」
「あ、はい。朔夜さんに襲い掛かった男性の二人で、ノートPCを持ってた人の方に見覚えがあって」
「てことは知り合いか? やっぱりあいつが密偵だったのか……」
「……いや、ちょっと待て。確信はなかったのか?」
その会話を聞き……ふと理沙は、朔夜に告げた。
「さっきまでの話を含めると『鍵師』、お前……密偵じゃない方を殺してた可能性もあったんじゃないのか?」
「…………」
状況証拠的には元引き籠りが一番確率が高かっただけで、武器を構えていたもう片方の男が密偵の可能性だってあった。そのことを理沙に指摘にされ、由希奈の話が頭から飛んだ朔夜は改めて考えを整理し……嫌な脂汗を頬に垂らしてしまう。
「…………あっぶね。もうちょいで『薬師』敵に回すとこだった」
「おいっ!」
理沙が激昂するのも厭わず、そっぽを向いている朔夜に残る由希奈以外の全員が、呆れた眼差しを向けてくるのだった。
「はっ、はっ、はっ…………はっ、はぁ~…………」
朔夜が彦野に止めを刺し、立ち去ってすぐに元引き籠り――として入れ替わっていた密偵は、急いで廃校舎から離れていた。今は近くの雑木林に紛れ、そこに生えている木の一本に手を付き、全力で動かした肺を少しでも整えようと意識して呼吸を調整する。
「はぁ…………死ぬかと思った~」
防弾ベストと血糊の仕込みを服の中に隠していたとはいえ、銃弾の衝撃まで殺し切れる性能は備わっていない。ほぼ一点突破の打撃を受けて本気で呻き終えた後、やがて人の目がなくなったのを確認してからようやく、逃げるしかないと事前に調べておいた逃走経路を無我夢中で駆け抜けてきたのだ。
「ったく、予定が前倒しになったとはいえ……あんなの聞いてないっての」
「それは悪かったな」
本来であれば驚いて振り向きたいところだが、未だ整いきれてない呼吸と聞き慣れた声。そして、いつも唐突に現れる相手だと事前に理解していたので、密偵は突如姿を見せてきた『薬師』の方をゆっくり向くと、半ば崩れるようにして腰を降ろしたのだった。
「……で、大将。目的は果たせたのか?」
「何とかな」
そう言い、蓮は袖が捲れない程度に腕を持ち上げ、手に持っていた取引記録が納められたバインダーを密偵に掲げて見せてきた。
「面倒なマルチロックの金庫をどうしようか思っていたが……ある意味棚ボタだったな」
「まあ、こっちも長期間の潜伏にならずに済んで助かったけど……あんなのありかよ」
投げ渡された報酬を受け取ろうと顔を上げた時、上空に黒い煙が昇っているのが微かに見えた。
「少し横取りして、次の捜査費用に追加しても良かった気もするけど……」
「それは現金か? それとも麻薬の方か?」
「……撤回します。すんませんでした」
別の『最期の世代』を知っているだけに、『薬師』の考え方が明らかに知人達とかけ離れていると思わざるを得なかった。一応現金のことを指しているとはいえ、誤解を招かないようにと密偵は、早々に自分の発言を取り下げた。
「とりあえず、次の仕事まではいつも通りだ。また連絡する」
「了解、お待ちしておりま~す」
その言葉を最後に、『薬師』は姿を消してしまった。
(さて……しばらくは寝てようかな)
そして密偵もまた、人目を避けながら自宅へと帰っていく。
(……あ、その前に家賃払わないと)
また突撃されては堪ったものではないと、密偵は帰路に就きながら、報酬の中から家賃の分だけを除け出した。
「…………あ、そういえば姉ちゃん」
「何だよ……?」
理沙に詰められて辟易としている朔夜に、弥生は首を傾げてきた。
「何かメッセージ、残さなくて良かったの?」
「別にいいだろ、今回は……特に用事もないし」
そうぼやく朔夜に、佳奈がポツリと呟く。
「そこは…………その密偵って人に、『殺しかけてごめんなさい』じゃないの?」
「んな情けないメッセージ残せっか」




