197 マガリ案件No.003_03,08+α(その4)
陸上部時代、競技によっては大会の正選手、所謂レギュラーに選ばれることもあった。とはいえ、出られるかどうかは大体半々位だろうか。
常にレギュラーに選ばれるわけではなかったので、目立たない部員として周囲の眼には映っていただろうが……その男子部員は違った。
(どこが良いんだろう……?)
大会常連で陸上部のエースだったその男子部員の先輩は、いつも他の部員やマネージャー、時には若い女教師も傍に寄っていた気がする。けれども、由希奈にはその良さが分からなかったので、特に気にせず練習に打ち込んでいた。
競技には個人の相性もあるし、それぞれの練習量もある。ただ、その先輩が引退して来なくなった後は、その擦り寄っていた時間を部活に打ち込んだのだろう、由希奈がレギュラーに選ばれる頻度が減ったのもたしかだった。
元々、大会に出れるかどうかを気にしていなかった上に、交通事故に見舞われたので高校を一度退学せざるを得ずに立ち去ったので忘れていたのだが……まさか、こんな場所で遭遇するとは思ってもみなかった。
「……あれ? どこかで、」
「馬込っ!?」
当時とは違う髪型だったこともあり、由希奈にはその男がかつての、自分の部活の先輩だと気付くのに少し時間が掛かってしまった。
(知り合いか? まあ、どうでもいいけど……)
閃光手榴弾の閃光と轟音が止み、それでも立て籠もられたので仕方なく突入した。けれども、朔夜達に待っていたのは……その瞬間を狙い撃ちにした突撃だった。
「ち……っ!?」
事前に『躊躇うな』、『自分の生命を優先しろ』と指示を残しておいたとはいえ、朔夜は由希奈と分断させられてしまった。しかも、ぶつけられたローテーブルのせいで一時的に視界を奪われ、押し退けられた先でようやく男二人と対峙することになる。
由希奈の状況が分からなくなる心配もあるが、今は自分のことが最優先だ。何より……
(……こっちの負担が大きいのが、一番面倒だな)
武装こそ、片方が安物の自動拳銃一丁しか持ち合わせていないので実質一対一だが、もう片方がこんな状況に陥っているというのに、未だにノートPCを手放さないのが妙に気になってしまう。
(さて……どっちから片付ける、かっ!?」
「ぐおおお、っ!」
しかし、状況は朔夜に考える時間を齎さなかった。
安物の自動拳銃、『黒星』を持った方の男、彦野がローテーブルを盾にして、さらに詰め寄って来ていた。その間にノートPCを手放さなかった方、元引き籠りは逆に背を向けて校舎の奥へと走り出そうとする。
「させっかよ!」
――ドォン!
「ぐぁっ!?」
ドン、という音と共に倒れた男はノートPCを手放し、今度は朔夜に撃たれた脇腹を抱えて蹲ってしまう。仕留めきれてないにしても、これで簡単には逃げ出させないだろうと一旦頭の隅に追いやり、眼前の拳銃持ちに専念することにした。
「このやろっ!?」
「舐めんなっ!?」
押し負けて廊下に転がされる朔夜の頭上から、ローテーブルを被せるようにして倒してくる彦野。しかしこちらも簡単に倒されてなるものかと、自分の身体と落下物の間に強引に足を差し込み、どうにか押し返して耐え抜く。
そして、お互いに銃口を向けようとするものの、短機関銃よりも自動拳銃の方が小型な分、取り回しも容易だった。その為、彦野の方が先に朔夜へ発砲しようと指に力を入れ、引き金を絞っていく。
けれども、自動拳銃が銃弾を吐き出すよりも早く、朔夜は短機関銃を手放した。
「なっ!?」
空いた手は自身に向けられた自動拳銃の銃身へと伸ばし、握り込むとすぐにスライドロックを操作し、ただの鉄の塊としてバラバラに分解してしまう。
「くそっ!?」
次いで、抜かれたナイフの刃が朔夜に襲い掛かるその前に、彦野の腹部へと別の鉄の塊を突き付ける方が早かった。
「終わりだ……」
――ドォ、バララッ、ン……!
「…………ん?」
腹部から心臓部分に射線が重なるよう銃口を向け、愛用の旧式自動拳銃を発砲した朔夜だが……それと同時に、別の場所からも銃声が聞こえてきた気がした。
(くそ、こいつのせいで状況が分からない……)
念の為にと、致命傷だがまだ絶命していない彦野の瀕死体を有事の際の弾避けにしつつ、朔夜は未だに廊下の上で呻いている元引き籠りの横を通り過ぎていく。
(……と、その前に)
すぐに、由希奈を助けに行くことはしない。
そんな義理がないこともあるが……それ以上に、朔夜には気になっていることがあった。
(どれどれ……)
別の銃声がした方に彦野の瀕死体を置いた朔夜は、未だに転がっているノートPCを手に取ると、廊下の上にそのまま広げて操作し始めた。
(監視カメラ自体は、ありきたりのやつだな。外のは戦闘に巻き込まれたのか、いくつか映らなくなってる、が……よし、ビンゴ!)
監視システムを直接奪い、操作して視界を確保した朔夜が目的の現金を見つけ出すのに、ものの数分も掛からなかった。
(麻薬の栽培場と化した体育館の中に、明らかに不自然な金属の正方形……確実に金庫だな。他に隠せる場所や、不審物が置かれてる様子はなさそうだし……ん?)
その時、カメラ越しの視界に映ったのは金庫に近付く者。今そこで転がっている男達の仲間や、薬物中毒者の中でまだ金を狙える頭が残っている人間が居たのかと思った朔夜だが……その手を伸ばしている相手の顔を見た途端、焦燥で顔が歪み出す。
「…………のやろっ!?」
――ドン!
「ごっ!?」
知っている顔を見つけた朔夜は彦野に発砲して止めを刺すと、落とした短機関銃を回収してから慌てて、由希奈の下へと駆け戻った。
「……あれ、朔夜さん?」
銃弾が尽きたのか、戻った朔夜の前で短機関銃の弾倉を差し替えている由希奈の傍に転がっている男の身体を一瞥してから、肩を叩いてついてくるよう促す。
「一体どうし、」
「横槍だっ!」
他に人の気配がないからと、校舎内を駆けて体育館へと向かう朔夜と由希奈。突入する前に扉の前に立つと、改めて短機関銃を構えながら端的に、状況を説明した。
「ここの監視システムを弄ってた奴……あいつはSだ」
「S?」
「Sってのはスパイ……要するに、誰かの指示で潜り込んでた密偵だ」
朔夜達とは違い、監視システムの位置を事前に把握していたか、あえて見逃されるように根回しした上で侵入してきたのだろう。でなければ、先に他の人間に見つかっていてもおかしくない。
それが、目的の現金が納められているだろう金庫も置かれた、麻薬畑の真っ只中であればなおさらだ。
「えっと……つまり、他の誰かが先に潜り込んでた、ってことですか?」
「そう……そいつがまさに今、金庫に手を出そうとしてやがるんだよ」
キィ、という金属音をあまり立てないよう気を付けつつ、体育館の扉を開ける。
「嫌な、匂いですね……」
「……慣れなくていい。麻薬に縋っちまったら、それこそ身の破滅だ」
口元を押さえるよう由希奈に指示し、自らも麻薬の脅威から可能な限り身を守りながら、朔夜は足音を忍ばせて金庫の方へと歩き出す。
「そういえば……その横槍してきた人って、一体誰なんですか?」
「まあ、顔見知りだから早々に敵対してこないとは思うけどな……保証はできないから、ヤバくなったら本気で躊躇うなよ」
栽培されている麻薬の原料となる植物を掻き分けていく内に、その件の金庫が見えてきた。そして、先客である密偵を放っていた人物、『薬師』がその傍に佇んでいた。
「久し振り、朔夜。まさか、こんなところで会うとは思わなかったけど」
「お前こそ、どうしてここに居るんだよ?」
「オレの職業、知ってるだろ? ……『麻薬取締官』の仕事でここにいるんだよ」
そう言い放ってくる蓮に、朔夜はふざけるなとばかりに、口元を歪めて吐き捨てた。
「その割には、超法規的措置の基準が低くないか? もう犯罪だろ、これ」
「それはお互い様。というか……」
そう言い、蓮は大型の金庫から数歩離れていく。
「……こっちはあくまで『麻薬取締官』。目的は金庫の中にある取引記録だけだ」
「取引記録?」
由希奈の足を止めさせ、いざという時は援護してくれるだろう位置に待機させてから、朔夜は一歩前に踏み出した。無論、手に構えた短機関銃はいつでも、眼前の『最期の世代』に銃口を向けられるようにした上で、だが。
「どういう意味だ?」
「朔夜も薄々気づいてたんじゃないか? この栽培組織自体が罠だって」
蓮にそう言われたことで、朔夜もようやく確信へと至れた。
何事も、始める上では初期投資が重要となってくる。
昨今では個人でも事業主として起業することが容易となり、節税対策や社会的信用を得る為の法人化も数十万円程度でできてしまう。けれども、初期費用の主な用途は設備資金だ。そのせいで、纏まった金銭が必要となってくるが……結局は、業務内容に左右される。
今回の場合は予算よりも、栽培組織の肝である麻薬の原料となる植物を手に入れる方が重要だ。いくら資金を掛けて設備を充実させようとも、商品が作れなければ販売もできず、利益も出ない。
ゆえに、設備や原料が全て揃っている中に、わざわざすぐに使わない現金を放置する理由がなかった。
「何で億単位の金が転がってるのかと思えば……さすがに麻薬組織も馬鹿じゃないか」
「まあ……本当に賢いなら、最初から麻薬には手を出さないって。実際、こうやって潰されるんだし」
おそらくは誰かが座る為に放置されていたのだろう、空のまま横に倒れていた散水用の貯水タンクに腰掛けた蓮は、朔夜に向けて金庫を指差してきた。
「『情報屋』伝手で、弥生の婆ちゃんから『今日、ここを襲う』って言われたから計画を前倒しにして、慌てて来たんだよ。こっちは麻薬組織の情報が欲しいだけだから、残りは好きにしてくれ」
「前倒し、ね……」
立ち上げたばかりの栽培組織にしては不釣り合いな、タッチパネルと指紋認証を用いたマルチロック式の金庫を一目見て、朔夜は蓮の思惑を理解した。
「……なるほど。鍵をどうにかしようとしてる時に『鍵師』が来ると分かったから、代わりに開けさせようって魂胆か」
「そういうこと。お前等と中身の現金見逃すだけで情報が手に入るんだから、こっちにとっては安いもんだしな」
「ああ、はいはい……」
上手く使われているとは考えたものの、どちらにせよ目的は一緒だ。ならば、わざわざ敵を増やす必要はないと判断した朔夜は蓮が見守る中、金庫の前へと歩き出す。
「一応、周囲も含めて『薬師』を見張っといてくれ。こうなった以上、手を出してこないとは思うが念の為、な」
「分かりました……」
周囲の警戒を始める由希奈だが、どちらかと言えば蓮に対して、猜疑心が滲み出ているように見える。今のところは向こうも見張ってくれているので、朔夜は遠慮なく金庫に集中することにした。
「……というか朔夜、何で素人連れて来てんだよ」
「色々と事情があってな。ある意味職業体験だよ」
「犯罪行為の職業体験なんて、世も末だな……」
呆れてそうぼやく蓮を無視し、朔夜は手持ちのデジタルツールを金庫に取り付け、そこから伸びたケーブルを自分のスマホに接続して操作し始めた。
「……あの、」
「ん?」
朔夜が金庫の解錠に集中している中、沈黙に耐えられなくなったのか、蓮は連れの少女から声を掛けられた。
「どうして、『麻薬取締官』になったんですか?」
こちらの事情をどれだけ知っているかは不明だが、おそらくは単なる興味だろう。相手は短機関銃を構えているとはいえ、所詮は素人かつ、吐き出してくるのは9mm口径の拳銃弾。待っている間はどうせ手隙な上に、特に脅威に感じていないからと、蓮はそのまま話に応じることにした。
「なった理由? そうだな……」
生まれこそ否定できないが、それでも犯罪行為に手を染める気にはなれず、自分の持ち得る能力を活かして社会貢献したい。そう言えば、大抵の人間は納得するものだが……眼前に居る素人染みた少女には通じないと思える何かを感じ、改めて答えを考えて出した。
「善人ぶるつもりはないけど……ただ、『最期の世代』のように犯罪で飯を食ってく気にはなれなかった。それだけだよ」
嘘ではないが、ある意味本当でもない志望理由で話を濁している内に、金属音が鳴り響いてくる。
「……開いたぞ。取引記録って、これでいいのか?」
早速金庫に手を伸ばし、中から書類が纏められたバインダーを取り出した朔夜は蓮に向けて、それを投げ渡してきた。
「たしかに……記録はこれだけか?」
「みたいだな。デジタル関係はそっちの密偵がなんとかしてんだろ? ここに記憶媒体の類はなさそうだし……防弾ベスト越しに撃ったとはいえ、止めは刺さなかったから後で聞いてみろよ」
「……分かった」
取引記録を流し読みした蓮は、内容を確認し終えるとすぐにバインダーを閉じる。
「これで良し。じゃあ……残りは好きにしてくれ」
そう言い残して、蓮はバインダー片手にこの場を去った。




