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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第1章 江戸時代にラーメン屋をつくるためには

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江戸の朝

 彼は障子を開け、すでにほの明るい小さな庭を見渡す。鳥の鳴く声。時間的には明け六つ頃か。昨日の酒が少し残っており、自ずと瞬きをする。体はだるいがこういう朝を迎えるのは、物心ついて初めてかもしれない。お役についてからの激務。小藩とはいえ最終的には駿河国滝脇松平家小島藩の年寄本役、つまりは家老まで務めた身である。常に緊張を余儀なくされる日々―――それから今、すべて解放されたのである。

 ゆるりと立ち上がり廊下を渡る。台所の甕から柄杓で水を汲みだす。昨日酒を飲んだ茶碗を軽く洗い、もう一度汲み直し―――よく冷えた水をぎゅっと喉の奥に押し込む―――

 全然違う感覚―――かつて彼が住んでいた”東京”とは違う”江戸”の水の味をかみしめながら―――


 彼の名前は柳橋弾正敬忠。先日までは―――小藩とはいえ親藩の年寄本役をつとめていた身であった。主君松平信義 の逝去に伴い、その役を潔く退き養子である同じく二〇代の親族にその役と家名を譲っていた。

「なんと弾正殿の潔いことよ」

「駿河の本宅も養子に与えて、自らは江戸の東屋で隠居生活送ると」

「松平信義様の股肱の臣であったからの、本当は腹を切って追腹したいところを、我慢なされた―――まさに忠臣の誉れであるな」

「隠居料も受け取らないとか―――清貧にもほどがあるのでは―――」

 家中では敬忠をほめたたえる声にあふれる。当然の反応であろう。それが当時の常識であるのだろうから。

 敬忠はあたりをゆっくりと見回す。

 誰もいないことを確認してから、彼は大きな声を張り上げる。

 すなわち

「ようやく―――私は―――解放された―――!これからは―――好きなこと、やんぞ~!」

 と。


 時代は令和。いつものように彼女―――保坂恭子は夜を楽しんでいた。会社勤めとして忙しい日々。仕事は仕事として、酒も楽しい。食事も楽しい。しかし彼女が一番楽しみにしていたのはラーメン―――それが一番である。ほぼ毎日食べていた。日本全国有名なところには足を運んでいた。子供の時に一杯の暖かいラーメンの記憶。それが彼女の出発点であった。一冊の厚いノートに記された日本全国のラーメンデータベース。三〇歳になるまでは絶対自分でラーメン店を開店し”究極のラーメン”を売り出す予定であった―――しかし―――彼女の人生は突然終了する。

 記憶は殆どない。覚えているのは、帰宅途中何かとても苦しい感覚が全体をかけめぐったこと。駅の階段が目に入る。そして、救急車の音と、医者の顔だけがおぼろげに残っていた。

 そして目を覚めると―――自分は子供になっていた。

 時は江戸。かつての性別とは違う―――武家の男子としての生を受けて―――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 養子である同じく二〇代の~ 此処の同じくって何に対しての同じくなの?
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