79話 やっぱり無理してたんでしょう!
月曜から後期の中間テストが始まった。 このテストの結果が3学年進級までの授業内容のベースになり、結果次第ではもれなく放課後の補講が付いてくる。 そんなことになれば菜のはのお迎えに行けなくなるどころか、蒼仁先輩に啖呵を切った手前何をされるか分からない。
「あ、でも楓を引き取ったんだから別にいいのか。 逆に褒められるべきかもしれない 」
「何が褒められるべきなの? 」
テスト合間の休憩中、自分を無理やり納得させていると紫苑が声を掛けてきた。
「復習しておかなくて大丈夫? 次は苦手だって言ってた英語だよ? 」
「大丈夫。 紫苑がしっかり教えてくれたからな 」
エヘヘと笑う紫苑はやはり可愛い。 そう言う紫苑こそ休憩中に復習しないのは、彼女曰く『頭を切り替える時間』だそうだ。 クラス一の成績を誇る遠藤も特に見直すことはしていなく、焦っている伊藤を相手に苦笑いをしていた。 藍に至っては教科書に向かって念仏を唱えているし、すぐ後ろの赤西や保木は絶望に打ちひしがれている。
予鈴が鳴って英語のテストが始まった。 紫苑の予測通りの問題が出題され、スラスラとペンが走る。 それになんだか頭が冴えて迷う事がない。 一番心配だった英語がこの調子ならと、プレッシャーも薄れていった。
「アンタ、ちょっと顔赤くない? 」
昼休み、藍にそう忠告されてなんとなくフワフワした感じに気が付いた。 頭が冴えたような感じがしたのは、少し熱があってハイになっていたからかもしれない。
「ホントに大丈夫? 」
「平気平気、知恵熱ってヤツだろ。 また明日な 」
紫苑と藍に心配されながらも、平然と返して楓と自宅に向かう。 菜のはは普通授業なので後で迎えに行くことにし、玄関を跨いだ所で足の力が抜けた。
「ちょっ! やっぱり無理してたんでしょアンタ! 」
倒れそうになって玄関に四つん這いになる。 体が熱い…… 頭がボーッとする…… 楓が何か言ってたけど、よく聞き取ることが出来なかった。
「へへ…… なんだ、気付かれてたのかよ 」
「当たり前じゃない! 二人の前では強がってたから何も言わなかったけど、アンタ相当熱あるよ!? 」
まあ、節々が痛いからそうだろうな。 とりあえず這ってリビングに入り、楓に水をコップ一杯注いでもらった。
「ホントバカなんだから! もう少し自分を大事にしなさいよね! ほら、病院行くわよ! 」
「いや、菜のは迎えに行かないと…… 」
「アタシが行くから! 余計な事考えないでブスッと一本打ってもらえ! 救急車呼ぶからね! 」
「いや、自分で行ってくるから! 救急車は呼ぶな! 」
と叫んだ時にはもう遅かった。 楓のスマホからはオペレーターと思われる男性の声が聞こえていた。
ピピッ ピピッ
「うん、少し落ち着いてきたかな 」
体温計を確認し、楓は俺の額を冷やしていたタオルを替えてくれる。 病院から戻ってきた時には俺の部屋は綺麗に掃除され、シーツも取り換えられていた。 そのままベッドに寝かされ、起き上がろうとすると『寝てなさい』と怒られ、一眠りしても楓が傍にいた。
「明日は学校休みなさいね 」
「テストは休めないだろ。 補講は受けたくないし…… 」
「バカ。 そんな体でテスト受けたってロクな結果出せないよ。 事情を話せば学校側だって別の日に別問題で再テストしてくれるでしょ 」
冷静なツッコミに返す言葉もない。 せっかく紫苑が傾向と対策教えてくれたのにな……
「明日までに治す! 」
「バカ言ってないでゆっくり休め。 その前にご飯か…… 薬飲まないとね。 何か食べれそう? 」
「なんでも食べる。 あ、カレー残ってたな 」
呆れた顔の楓は、一つため息をついて部屋を出て行った。 時計を見ると2時半…… 深夜、だよな? そんなに寝てたのか。 っていうか、アイツは寝てないのか? ややしばらくして戻ってきた楓の手には、お盆の上に一人用の土鍋が乗っていた。
「…… カレーでいいって言ったのに 」
「消化に悪いでしょ? 卵粥作ったから文句言ってないで食べなさい 」
お盆ごと土鍋を受け取って湯気の上がる蓋を取ると、ウマそうなお粥がびっしりと入っていた。 ちょっと量が多い気もするが……
「い、言っておくけど! 味の保証はしないからね! 」
食べてみるとほとんど味がしない…… 今の俺の味覚が狂ってるんだろうか。
「楓、ちょっと 」
「へ? 」
しっかり冷ましてから、スプーンを無防備な楓の口に放り込んでやる。
「薄くね? 塩とだしの素入れた? 」
「…… 」
「あれ? まだ熱かったか? 」
「…… そういう無頓着なところ、もう少しなんとかしたら? 」
え…… あ…… 間接キス……
「ちょっと待ってなさいよ! 」
パタパタと部屋を出て行って、持ってきたのは醤油差し。 スプーンも取り上げられて醤油を垂らし、ぐちゃぐちゃとかきまぜた後、楓は味付けし直したお粥を掬ってフーっと冷ます。
「はい、あーん…… 」
「いや、自分で食べれるし 」
「いいから! はい! 」
楓は真っ赤になって怒りながらスプーンを突きつけてくる。 言う事を聞かないと頬に熱いお粥をくっつけられそうだったので、大人しく口に入れさせる。 なんだか気恥ずかしい……
「美味しい? 」
「まあ、味はするようには…… なった 」
その後も楓は俺にあーんを続け、全部食べ終わる頃には満足そうな笑顔に変わっていた。
「はい、薬飲んだら寝るんだよ 」
「ありがとな、お前もちゃんと休めよ? 」
「人の心配するのは回復してからにしたら? おやすみ 」
ツンツンな所は楓らしいんだけど、やはり可愛くはない。 それよりも明日もテストなのに、こんな時間まで俺の看病なんかしてて体力が持つのかと、アイツの方が心配になってくる。
「…… 何よ? 」
「お前の方こそ無理すんなよ 」
楓はドアを開けたまま俺をじっと見て、『まったく……』と言って戻ってきた。
「うん…… アタシは大丈夫だから、早く元気になってよね 」
チュッと頬に軽くキスをして、楓はそそくさと部屋を出て行った。 ヤベェ…… 潤んだ瞳で俺を見るその顔とキスは反則だぞ…… それから薬が効いて眠くなるまで、俺は布団の中でモンモンとするのだった。




