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80話 頑張る理由

 楓の看病のおかげで、翌朝にはふらつく事もなく朝を迎えられた。


 「本当にその格好で行くの? お兄ちゃん 」


 菜のはに唖然とされながらも俺は登校する。 口には大きな白いマスク、寒気がするのでブレザーの中に薄手のパーカーを着込み、風が目に染みるので伊達眼鏡をした。 傍から見たらヤバ目の不審者かもしれないけど、紫苑先生と楓の気持ちを無駄にしたくなかった。 楓は呆れて何も言わず、だけどずっと横を歩いていたのは、俺の様子を見守ってくれていたのかもしれない。




 「休めバカ! 」


 「無理しないでよ、もう…… 」


 教室に入るなり、早速藍と紫苑に怒鳴られた。 遠藤や伊藤にも呆れられ、保木には『寄るな』と病原菌扱いされる。


 「やあ、不審者が校内に出没したと聞いて見に来たよ 」


 「不審者って…… この格好で否定はしませんけど 」


 ため息をつく蒼仁先輩の横では、吹石先輩が声を殺してクスクス笑っていた。


 「何も無理をしなくても、追試でカバー出来たんじゃないのかい? 」


 「い、今テストを受けてしまいたかったんで 」


 「張ってたヤマが外れたらマズイのかしら? 」


 そんなことはないですよと答えると、二人は見透かしたように笑った。


 「じゃあ君の底力を見せてもらおうじゃないか。 生徒会長として恥ずかしくない成績を頼むよ? 」


 うーん、あの人は心配して見に来てくれたのか、プレッシャーをかけに来たのか分からないな。 ともあれ、頭はボーッとしてないから落ち着いていこう。





 午前中の生物と地理のテストを終え、昼食を飲むゼリーだけにして薬を流し込む。 そのまま自分の席に座って目を閉じていると、俺に来客だと阿笠に呼ばれた。 ドア方向を見ると、楓と護衛の二人が一礼して教室に入ってくる。


 「うん? とりあえず平気だから心配するなよ 」


 「ならいいけど。 じゃあもうアンタに用はないわ 」


 楓はそう吐き捨てて藍と紫苑の所に行ってしまった。


 「伊達眼鏡なんて似合いませんよ、会長 」


 「何風邪引いたフリしてるんです? 変態は風邪引かないって言うじゃないですか 」


 「言わねーよ。 君達もワザワザここまでご苦労さんだね 」


 「楓さんがどうしてもと言うので仕方なく。 まぁ何もなくても彼女にはお世話になってますから 」


 お世話? 俺が不思議な顔をしたからか、ショートカットの方が目を輝かせて自慢してきた。


 「楓さん、とっても頭がいいんですよ! 実力ある人ってなにかが違うんですよね 」


 うん? なんだか楓に対する二人の雰囲気が違うぞ?


 「まあ、楓は二年レベルの学力はあるからな。 俺より頭いいし 」


 そう言うと二人は突然白けた目で俺を見た。


 「当然です。 変態シスコンが何を言ってるんですか 」


 「楓さんを会長と比べないで下さい。 バカですか? バカですよね? バカですと言って下さい 」


 相変わらずのひどいディスりようですね。 それでも、楓の立場が少し変わってきたのは喜ばしい事だ。


 「二人とも頼むな 」


「頼まれなくてもそのつもりです。 会長は安心して手を引いて下さい 」


 「会長はもう要りませんから。 『頼む』と言われるのは不愉快です 」


 ハイハイ、もう好きにしてくれ。



 午後からの物理のテストの最中、少し頭がボーッとしてきた。 熱が上がってきたのか、薬が聞いて眠くなってきたのか、この際どっちでもいい。 あと少し…… 目を擦り、冷や汗をかきながらなんとか最後の問題までペンを進めたが、いまいち安心出来ない。 もう一度見直し、と思っていると、すぐに終業のチャイムが鳴った。


 「ちょっとアンタ、顔真っ赤だよ? 大丈夫なの? 」


 鞄に筆記用具を詰め込んでいると、藍が俺の顔を覗き込んできた。 額に手を当てて、うわっと驚いている。


 「寄るなよ、風邪感染(うつ)るぞ 」


 「そんな状態で帰れるの? 保健室寄っていこうか? 」


 「薬は飲んだから家に帰れば寝る。 ありがとな、心配してくれて 」


 そう言って立ち上がろうとすると、少し頭がフラフラする。 今頃になって薬が効いてきたようで少し眠い。


 「倒れちゃうよ? ちょっとだけ休んでいこ? 」


 紫苑に腕を抱えられて、俺は保健室へ連行されることになった。 楓が階段下で待っているので藍に連絡を頼み、菜のはのお迎えを青葉と楓に頼んでおく。 楓の護衛と菜のはのお迎えと聞いた青葉は、鼻息を荒くして教室を飛び出していく。 慌てて藍が追いかけて行ったけど、青葉に頼んだ事を少し後悔した。


 保健室に入ると、入れ違いで女子生徒が一人出て行った。 柚月先生は不在で、俺は空いているベッドにとりあえず横になる。


 「ごめんな、後は一人で大丈夫だから 」


 紫苑はベッドの横に丸椅子を持って来て、慣れた手つきでカーテンを引く。


 「余計な心配してないで少し寝なさい。 30分経ったら起こしてあげるよ 」


 ぎこちなく俺の額に手を乗せて、紫苑は優しく微笑んでくれる。 少しひんやりとした紫苑の手が気持ち良かった。


 「いや…… お前の帰りも遅くなっちゃうし、テストも明日まであるんだから勉強…… 」


 「たった30分くらい平気、子供じゃないんだから。 勉強ならここでも出来るし、君が今するべき事は眠る事! それとも…… 私が傍にいるのはイヤ? 」


 冗談じゃない!


 「嫌なら告白なんかするかよ? 」


 紫苑は少し赤くなってエヘヘと笑った。 正直、落ち着くというよりドキドキしてしまう。 大人しく寝るに寝られない…… 薬の効果にうつらうつらしながら、夢と現実の狭間にいるような感覚だった。




 「俺…… やっぱお前が好きかも…… 」


  ありがと…… でも菜のはちゃんに彼氏出来るまで恋愛はしないんでしょ?


 「うん…… 菜のはは俺が…… 守らなきゃ…… 」


  不器用だよね、笑っちゃうくらい


 「へへ…… 笑ってくれ 」


  でも笑えないよ。 燈馬君の気持ちを踏みにじりたくないもん……


 「え…… 」


  菜のはちゃん、私が苦手なんじゃないかな。 だから私が傍にいるのは…… って、もう寝てよ! もう……


 頭を撫でられる感触の心地良さに、夢を見ていた俺の意識もそこで途切れた。





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