58話 楓の裏側
きゃわー!!
クローゼットを漁っていると、風呂場から菜のはの悲鳴が聞こえてきた。
「やべ…… 忘れてた 」
電話を切ったすぐ後に、楓は二ノ宮家の黒塗りの高級車で俺の家にやって来た。 時間を置かずに来た所を見ると、俺に連絡してきた時には既にこちらへ向かっていたのだろう。 楓はパジャマのまま避難したらしく、手荷物もなく髪もボサボサで所々煤けていた。 とりあえず風呂に入るよう楓に言い、替えの服を見繕っている最中に、寝起きの菜のはが真っ直ぐ風呂に入ろうとしたんだろう。
「おおお兄ちゃん! 泥棒が! 痴女がお風呂にいた! 」
こらこら、前だけ隠してないでバスタオルくらいしっかり巻きなさい……
「びっくりさせてゴメンな、高校の友達なんだ。 火事で焼け出されて一時的に保護した 」
「火事!? 大変だ! 」
お尻丸出しで戻っていく菜のはは、そのまま風呂場に突撃していったらしい。 今度は楓の悲鳴が聞こえてきた。 やれやれ…… 朝っぱらから賑やかな事だ。
着替えを何種類か洗濯機の上に置いておくことを伝え、俺は朝食の準備に入る。 目玉焼きが焼き上がる頃にリビングに入ってきた楓は、菜のはに支えられながらフラフラとソファに腰を落ち着けた。
「大変だったな、何か食べれるか? 」
「あ、うん…… ありがと 」
楓は気のない返事をしてリビングをキョロキョロしている。 幽体の時に散々入ったことあるだろうに、別に改めて見回すこともないだろ。
「ホットミルクですけど飲めます? 」
菜のはは楓をソファに座らせた後、レンジで温めたミルクにはちみつを垂らして楓に差し出した。
「ありがとう菜のはちゃん 」
「あれ? どうして私の名前…… 」
笑顔でマグカップを受け取った楓は苦笑いで俺の顔を見る。 そんな助けを求める顔をされたって、俺だって苦笑いを返すしかない。
「燈…… お兄さんに聞いてたのよ! ほら、自慢の妹だって 」
ナイスな切り返しだ。 下手な事を言ってたら即座にたたき出していたところだ。 焼けた目玉焼きとベーコンに、トーストを一枚焼いて楓の前に置いてやる。 手を合わせて丁寧に『いただきます』と言った楓は、トーストに一口かじりついて美味しいと顔を綻ばせる。
「んで、蒼仁先輩からは何日か頼むとは言われたけど。 お前は良かったのか? 」
ベーコンを口に運ぶ楓の手が止まる。
「また…… 迷惑かけたよね。 少し休ませてもらったら出ていくから心ぱ…… 」
「そうじゃねぇよ。 ウチは菜のはが許すなら居ても構わないけど、お前は大好きな蒼仁先輩の側にいたかったんじゃないのか? 」
「…… 蒼仁先輩は憧れの存在であって、そういうのじゃないから。 それに、二ノ宮家とは鳥栖が関わっちゃいけないのよ 」
そう言うと楓は無表情で再びトーストにかじりついた。 お家の事情、というより企業間のトラブルだろうな…… 朝食を綺麗に食べ終えた楓は、やはり律儀に手を合わせて『ご馳走様でした』と呟く。 礼儀正しい素振りに思わず、お粗末さまでしたと答えてしまった。
「無礼を承知で聞くぞ? 二ノ宮クリニックと何かあったのか? 」
関係ないでしょ! と睨まれるかと思ったが、楓は落ち着いた様子で話始めた。
「うん…… お父さん、二ノ宮クリニックの事務員と組んで会社のお金に手をつけちゃったのよ 」
「…… 横領ってやつか? 」
なんだか暗い話になってきた。 菜のはもフォークを持っていた手が止まり、唖然と楓を見つめている。
「横領だけじゃなくて、その事務員と不倫もね。 情けない話だから言いたくないけど…… アンタには話しておかなきゃって思ったから 」
マグカップを見つめる楓に表情はなく、ダボダボの俺のスウェットを着ている姿が妙に弱々しく見えた。
「手をつけた金額とか、どんな経緯でとかはアタシも知らないんだ。 ただ、その事務員と不倫して、それが原因で会社をクビになって、離婚して。 恥ずかしいでしょ? 」
「そりゃ…… な。 でもお父さんってフェニックス製薬の社長なんじゃないのか? 」
「社長はお父さんの弟。 お父さんは営業をやってて、経営には関わってないのよ。 フェニックスに勤め始めたのも叔父様のコネだし、会社でもちょっと余されてたみたい 」
想像以上に暗い話だな。 正直、俺達がこんな内輪話を聞いていいものか迷ってしまう。
「ちょっと待て。 お前、それを話して後悔しないか? 」
「後悔…… はしないかな。 あ、同情が欲しいわけじゃないからね! 多少なりともアンタにお世話になるんだし、アタシがどんな人間なのか知って欲しかったから 」
今までの事は多少じゃないのかよ…… というのは言わないでおく。
「わかった。 ただ、俺も変だと思ったら容赦なく突っ込むからな 」
楓は小さく頷いて力なく微笑んだ。 軽い笑い話では済まなくなりそうだったので、俺も自分のコーヒーを淹れて楓の向かいに座る。 楓の事情を知ったからといって、こいつに対する態度を変えるつもりは更々ない。 ただなんとなく…… なんとなくだけど、聞いてやらないと消えてしまいそうな気がして。 余計な茶々は入れないよう気を付けて、俺は楓に真っ正面から向き合った。




