34話 昔話の先に
息を切らせて公園に足を踏み入れた時には、佐伯はブランコに座って俯いていて、その前に藍が覗き込むようにしゃがんでいた。 足音に気付いたのか、佐伯が顔を上げて俺を見据える。 その目は真っ赤で、今までずっと泣いていたようだった。
「やっと来た。 遅いんだよアンタ 」
ホッとした笑顔を見せた藍は、佐伯の前からスッと引き下がる。 それを見て、俺は佐伯の前に一歩踏み出した。
「うおぅ!? 」
誰が仕掛けたのか、地面に埋まっている小石に躓いて派手に転んだ。 うはぁ…… このタイミングで転ぶなんてありえねぇよ! プッと藍が吹き出したのは言うまでもない。
「…… 大丈夫? 」
ブランコに座ったまま佐伯も俺を覗き込むように心配してくれる。 嬉しいけど恥ずかしい…… いや、恥ずかしいとかカッコ悪いとか考えてる余裕はない。 俺は膝に付いた埃も払わず、佐伯に深く頭を下げた。
「ゴメン紫苑! 」
「え…… なに? 突然…… 」
「お前がそんなに傷ついているとは知らなくて…… でもどうしても本人を目の前にすると勇気が出なくて…… 」
目の前に見えるのは雑草の生えた茶色い地面。 佐伯がどんな表情をしているのかは怖くて見れなかった。
「あの…… 」
「紫苑、これからも友達でいてくれないか? その…… もしお前が俺を許せるならの話だけど 」
そのまましばらく沈黙が続いた。 視界の隅に見えるのは、逆さまになった子供達と保護者の蔑む目線…… でもそんなことはどうでもいい。
「とりあえず頭上げてよ、燈馬君 」
静かな佐伯の言葉にゆっくりと頭を上げると、そこには困った顔で微笑む佐伯がいた。
「注目の的だよ? ケンカしたカップルみたいで恥ずかしい 」
「あ…… ゴメン 」
ウウン、と佐伯は首を振った。 許してくれるということでいいんだよな?
「私こそゴメン。 中学校の頃の事を思い出しちゃって、燈馬君は悪くないのに気持ち抑えられなくなっちゃって…… 」
とにかく場所を移そうと二人に提案すると、藍がジャングルジムの奥にあるベンチを見つけてくれた。 子供達と保護者の熱い視線を浴びながら俺達はそそくさとベンチに移り、藍は飲み物を買ってくると自動販売機を探しに行ってしまった。
「中学校の頃って、ほとんど話した事なかったよね。 暗かったでしょ? 私 」
「うぇ? 暗かったというか…… その…… 」
佐伯はそれから虐められていた時の事を話してくれた。 発端は俺とは別々だった小学校で、吹石副会長の読み通り一人の男子から言われた塩昆布だと言う。 シオちゃんというあだ名からシオ子になり、塩昆布になったそうで…… なんとも小学生らしい発想だなと思う。 笑っていいよと佐伯は笑っていたが、もちろん俺は笑えない。
「私も悪かったんだよね、ちゃんと嫌だって言えなかったから 」
佐伯はその時恥ずかしがって何も言わなかったらしい。 徐々にあだ名は友達の間に広まり、それが親友の耳に入ってからが酷かったのだと佐伯は顔を歪めた。
「その塩昆布って言いだした男の子がね、友達が好きな男の子だったんだ。 ヤキモチだったんだろうね…… その子はクラスのリーダー的な存在で、私は徐々にハズされて一人になっちゃった 」
「ひでぇな…… 」
ありがちなことだけど、これは大人になってからじゃないと分からないこと。 子供の言葉は時にはナイフになるとはよく言ったもんだ。
「その男の子は何も言わなかったのか? 」
「言わなかった、というか言えなかったんだと思うよ。 だって今度は自分がターゲットになっちゃうかもしれないでしょ? ハズされるのはやっぱり怖いもん 」
そうだねとは思えなかった。 それは佐伯が相手だからと思ったからかもしれないけど、菜のはや藍が同じ状況だったなら、俺は迷わず助けようと思っただろう。
「燈馬君は強いよね。 ちょっと憧れてた部分があったんだ 」
「うぇ? 俺の事知ってたのか? 」
佐伯とは同じクラスになったことがない。 それどころか中学3年の頃はほとんど存在感すらなかった筈だ。
「知ってたよ。 三和中学校一のシスコンだもん 」
「マジか…… いや、シスコンは別にいいんだけどさ 」
未だ真っ赤な目で微笑む佐伯だったが、少し元気が出てきたような気がした。
「でもその話って小学校の頃だろ? なんで中学になってまで…… 」
「その女の子も三和中だったから。 私、中学の頃に何回か告白されたことがあってね…… その中の一人が私と付き合う為にその女の子をフった人だったらしくて。 いやあの、私も付き合わなかったんだけどね 」
その先は聞かなくても想像できた。 そんなのただの逆恨みじゃねぇか……
「誰だよソイツ。 三和中なら俺だって知ってる奴だろ? 」
「教えない 」
素っ気ない佐伯の言い方に思わず頭に血が上る。
「何でだよ! そんなくだらねぇことでお前を貶めるのは許せねぇんだよ! 」
「アンタがそうなるからでしょーが! 察しなさいよバカ! 」
いつの間にか戻ってきていた藍に、ベンチの後ろから缶ジュースで頭を小突かれた。 どこから聞いていたのか知らないけど、おおよその話は理解しているらしい。
「もう終わったことだから。 今の私には藍がいて、高垣君がいて、燈馬君がいる。 クラスのみんなもいるし…… それで充分だから 」
ニコッと笑う佐伯が眩しく見えた。 大人だなこいつらは……
「誤解は解けた? 二人とも 」
「誤解も何も、俺が悪いだけだろ 」
「違うよ! 私が悪かったの! 」
また最初の話に戻ってしまった。 『ハイハイ』と藍は呆れてため息をつき、俺達を置いて歩き始める。
「どこ行くんだよ? 」
「みどり先輩に迷惑かけたでしょ? 戻って謝らないと 」
そうだった! 俺も行こうと腰を上げると、『アンタ達はいらない』と藍に冷たい目線を向けられる。 そのまま公園から出て行ってしまった藍を見送った後、俺は佐伯と二人きりという現実に一気に緊張する。
「藍ってさ…… カッコ良くて可愛いよね 」
「俺もそう思う。 アイツが男ならさぞモテるんだろうなぁ 」
「燈馬君知らないの? 藍って凄いモテるんだよ? 特に上級生から 」
それは初耳だ。 なんせアイツは自分の恋愛事情を話さないし、興味なさそうだからなぁ……
「取られちゃうよ? いいの? 」
「いいの? って俺は…… 」
佐伯が興味津々で俺を覗き込んできた。 ち、近いですよ紫苑さん! というか、これってメッチャチャンスじゃね!? 行け俺! 言っちまえ燈馬! 逝けー!!
「そ、そういう紫苑はどうなんだよ? 赤西から告白されたんじゃないのか? 」
ぬおおおぉぉ! ちがーう!
「なんで知ってるの!? もう…… 藍だね? おしゃべりなんだから! 」
真っ赤になって目を潤ませる佐伯が可愛い。 さっきまで見せていた暗い雰囲気は無くなっていることに安堵しながら、しばらく俺達は恋バナに花を咲かせるのだった。




