32話 吹石家を訪ねて
さよなら…… 燈馬君……
待ってくれ紫苑! 俺はお前が!
ゴメンね…… 私、赤西君と付き合ってるの……
「んをおおぉ!? 」
という夢で目が覚めた。 昨日、ベッドに入ってから寝付くまでその事ばかり考えていた。 赤西は告白したんだろうか…… やっぱり俺は出遅れたんだろうか。
「顔洗ってくるか…… 」
そう言葉に出してベッドから這い出る。 時計を見るとまだ5時少し前。 もう一度ベッドに潜っても寝れそうにはなかったのでそのままシャワーを浴びることにした。 脱衣所で見た自分の顔はなんとも情けないもので、こんな表情を菜のはに見せられない。 不安な気持ちを振り払うように、頭から勢い良くシャワーを浴びる。 結果なんか気にするな…… 俺は佐伯に気持ちを伝えられればそれでいい。 両手で何度も頬を叩き、寝ぐせのついた髪をガシガシ洗った。
星院祭の振り替えで今日は星院東高校は休み。 だけどさくらの三和中学校は通常授業なので校門前まで見送りに出る。 一度家に戻って燕尾服の入った紙袋を持って、俺は吹石副会長の自宅へと足を向けた。 藍に聞くと吹石家は藍の自宅の近くにあるらしく、副会長と藍は小中学校とも同じだったらしい。
「ここ…… だよな 」
環状線を走るバスに乗り、住宅街を抜けた先に建つ3階建ての豪邸。 何かの施設かと思うような敷地の広さを囲う高い塀に、両開きの鉄の格子の門。 中を覗くと家を囲む花壇が広がり、その一画には建設中の平屋の建物があった。 多少ビビりながら表札の下のインターホンを押す。 ピンポーンではなく西洋風のブーという音がまたおしゃれだ。
「貝塚様ですね? お入りください 」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしていると、自動で鉄の門が開いた。 こんな家だからあちこちに監視カメラが付いているんだろう…… あらかじめ連絡はしておいたけど、面まで割れているとは思わなかった。
「燈馬君、こっちこっち! 」
びくびくしながら玄関までのアプローチを進んでいると、建設中の平屋の側で手を振っている吹石副会長を見つけた。 隣にはボーイッシュな私服の藍までいる。
「うぇ? なんで藍がいるんだよ? 」
「アンタこそどうしたのよ? 朝っぱらから 」
「俺はホラ、借りた燕尾服を返しに来たんだよ 」
「ちゃんとクリーニングした? 借りた服はちゃんと洗濯してから返すのが基本だよ? 」
先に言えよ! クリーニングに出そうかと迷ってはいたんだけど、吹石副会長に正直に白状する。
「すいません、こんな高そうな服をクリーニングに出していいものか分からなかったので…… 」
『いいのよ』と微笑む吹石副会長にお礼を言って燕尾服の入った紙袋を渡す。
「似合ってたじゃない。 この執事服を着こなすのってなかなかのものよ? このままウチの執事になってみない? 」
「…… でも一緒に菜のはをメイドにはしませんよ? 」
『バレたか』と笑う副会長はケラケラと気持ちよく笑った。 話題を変えるために藍に視線を向けてみる。
「うん? ウチはみどり先輩と弓道についてちょっと。 ここに弓道場を建ててるんだって! 90メートルの遠的も作っちゃうんだから凄いよ! 」
エンテキ? よく分からないが、はしゃいでいる藍を見るとそれが珍しいんだなと分かる。
「60メートルなら一般道場にあるけれど、個人的に90メートルに興味があってね。 完成したらいらっしゃいな 」
藍は満面の笑みで副会長に答える。 副会長と一緒だからなのか、弓道場が嬉しいのか、いい笑顔するんだなコイツ……
「それじゃ俺はこれで 」
用事も済んだし、二人の邪魔をしないよう早々に退散しようとすると、藍に首根っこを捕まえられた。
「コラ、逃げようとすんな 」
「おふっ! なんだよ? 」
「ウチから一つ報告。 紫苑のことなんだけど 」
早速聞いていたのか。 聞きたいような聞きたくないような……
「渉に付き合ってくれって言われたらしいよ。 アンタ、先越されて悔しくないの? 」
「悔しいも何もあるかよ。 赤西だって佐伯の事気になってたんだし、気持ちを伝えるのに遅いも早いもないだろ。 それを受け取るかどうかは佐伯の自由だ 」
藍と吹石副会長は顔を見合わせている。 俺、何かヤバいことでも言ったのか?
「相手の気持ちを優先する心は感心するけれど、恋は案外早い者勝ちよ? 燈馬君。 ムードも大切だけど、サプライズ的な強引さも必要なんだけどな 」
吹石副会長までが話に乗っかってくる。
「先輩、コイツいつまで経っても好きな女の名前すら呼べないんですよ? 」
『あらぁ』と吹石副会長は大げさに悲しそうな顔をする。 このやろ…… 今それを言うのか藍!
「呼び方は大事だと私も思うわ。 関係にも因るところはあるけれど、特に呼び捨ては愛称よりも親近感が湧くものよ 」
心理的な分析は二ノ宮会長譲りなんだろうか? 妙に説得力がある。
「いや、でも無理ですって 」
「アンタ練習してる? ウチの名前はすぐ呼べたくせに 」
「あれはお前が力ずくで呼ばせたんだろ! 」
ニヤッとする吹石副会長の顔に嫌な予感を覚える。
「じゃあこうしましょう。 紫苑ちゃんだっけ? 帰りたければその子の名前を大声で言えるようになることね。 私達が認めれば返してあげるわ 」
うぇ!? 冗談じゃないぞ! すぐに門に向けて駆けだそうとすると、既に門は閉じられて執事さんとメイドさんによって道を塞がれてしまっていた。
「「はい、どうぞ! 」」
声を揃えて俺を煽るこの二人、絶対面白がってる! 分かったよ、やりゃいいんだろ!
「し…… 紫苑…… 」
「ブー! 声が小さい 」
「しおん! 」
「ブー! 自信がなさすぎ。 燈馬君は男の子でしょう? ここは広いんだから遠慮などいらないわ 」
ため息をつく吹石副会長に、メイドさんが何かを手渡した。 なんだ?
ブブー!
早押しクイズに使う不正解のブザーかよ! ご丁寧にバツマークの札まで飛び出す仕様だ。
「燈馬! 本気で好きなら腹をくくれ! 男らしいところ見せてみろ! 」
お前の方が男らしいよ! と心の中で叫び、俺は二人の気が済むまで佐伯の名前を言い続けた。
ブブブー ブブー
いい加減にしてくれ…… 緊張と恥ずかしさで疲れてきた。
「腹の底から叫べ燈馬! 」
「熱意が足りないわ燈馬君! 男なら意地を見せなさい! 」
ぬおおおぉぉ! くそぉー! ヤケクソになって力いっぱい叫ぶ。
「紫苑ー! 」
その瞬間、二人がまたニヤッとするのが目に入った。 そして二人揃って吹石家の玄関を見る。 その視線を追いかけると、慌てて駆け寄ってくる佐伯の姿があった。
「どうしたの!? 貝塚君大丈夫!? 」
チーン
その時俺の頭の中には終焉を迎える鈴の音だけが響いていた。




