16話 ホテル・ヨネクラ
一週間後の日曜日、友達と遊びに行くと言う菜のはを家に残して、俺は8時に家を出た。 目的地は二ノ宮クリニックの斜め向かいに建つホテルヨネクラ。 星院祭の模擬店に関する技術指導を行ってくれると金曜日に阿笠から招集がかかっていたのだ。
「こっちだ、貝塚! 」
ロビーに入ると、隅の方に溜まっていたクラスの仲間達から声をかけられた。 その中には、女子達と会話を楽しんでいる佐伯の姿もある。
「おはよう、貝塚君 」
俺に気付いた佐伯が声を掛けてくれた。 白のワンピースに薄い水色のシースルーの私服姿が可愛い。 いや、可愛すぎますよ紫苑さん!
「お、おはよ。 あれ? 藍は来てないのか? 」
「うん、大会が一週間前だからって今日は無理みたい。 そのかわり、貝塚君に後で教えて貰うからしっかり覚えて来いって伝言預かってきたよ 」
「あ、うん。 頑張るよ 」
それならそうとメールくれればいいのに。 わざわざ佐伯を通すのはアイツなりの気の遣い方なんだろうな。
「お時間になりましたが、お揃いになりましたか? 」
振り返ると、オールバックでビシッと決めたタキシード姿の長身の男性が俺達に声を掛けてきた。 ほえー、カッコいい人だな。 その後ろにはワインレッドのコックタイが可愛いコックコートの女性が立っていた。
「ホテルヨネクラ、チーフマネージャーの中島と申します。 本日は皆さんのお相手をさせて頂きます、どうぞよろしくお願いします 」
腰からの斜め45度が美しい…… 阿笠を先頭に、俺達もよろしくお願いしますと頭を下げた。
「それでは、調理スタッフとホールスタッフに分かれて講習を受けて頂きます。 ホールスタッフの方は私の後に、調理スタッフの方は鈴木シェフの後に続いて下さい 」
あー…… ここに来た意味が既にわからない。 講習は昼までらしいし、佐伯と一緒に何か出来るかなと思ってたけど、こんなもんですよねー。 クラスメイトに続いてトボトボと最後尾をついていくと、佐伯に呼び止められた。
「頑張ってね! 」
はい、頑張ります! パタパタと走って皆に追い付く佐伯の姿を見送って気合を入れる。 男って単純だなぁと思う瞬間だった。
「ありがとうございました! 」
前半の講義を終えて15分の休憩に入る。 ホールスタッフは全員ホテルで用意してくれたベストとスラックスやスカートに着替え、後半の実技指導に備える。
「へぇー、貝塚君ってタキシード似合うね! なんかできる執事さんって感じ! 」
偶然更衣室から出てきた佐伯はコックコート姿だった。
「おお! 佐伯だって似合ってるよ! 可愛い! 」
素直に出た言葉だったけど、言ってから猛烈に恥ずかしくなる。 他のクラスメイト俺の様子を見て笑い、佐伯は真っ赤な顔をして奥に引っ込んでいってしまった。 いや、バカにされようが、佐伯のレア衣装を見れたんだから構うもんかよ!
後半の実技はあっという間だった。 というか、顔を赤らめた佐伯のコックコート姿がずっと目に焼き付いていてあまり内容を覚えていない。 講習を終えて生徒全員で挨拶を済ませた後、せっかくなのでとホテルのランチビュッフェを食べていこうという話になった。 用事のあった者はそのまま帰ると言い、菜のはが待っているので俺と佐伯もその輪に混じる。 チャンスなんだからと藍の言葉を思い出して送って行こうとも考えたけど、佐伯は頬を赤らめて目すら合わせてくれない。 完全にやらかしました、藍さん……
「それじゃまた明日 」
最後に笑ってくれたからまだ救いはあったけど、俺はホテルのロビーを出た所で仲のいいクラスメイトと帰る佐伯の背中を見送った。
「あ…… 」
歩道から見ていると、向かいに建つ二ノ宮クリニックの駐車場に入っていく黒い車が目に入った。 多分二ノ宮会長なんだろう…… 連鎖的に楓の事を思い出す。
「リハビリ…… か 」
三日前に二ノ宮会長からメールが届いていた。 一度だけでも楓に顔を見せてあげて欲しいという内容で、ご丁寧にスプーンを持つ訓練をしている楓の姿を写した写メ付きだった。 学校で会長と顔を合わせても、特にしつこく楓の事を話してくることはなかったけど、俺はもう彼女に会う気はない。
「頑張れよ 」
二ノ宮クリニックを一度見上げて、俺はさっさと帰ることにした。
夕食を食べ終わった後、菜のはに友達から借りてきたというDVDを一緒に見ようと誘われた。 テレビアニメが実写化した映画で、過去に亡くなった友達の幽霊が主人公の前に現れて伝られなかった言葉を伝えようと頑張る姿を描いたものだ。 菜のはには母さんのことがあるからあまり見せるべきものじゃないとは思うけど、いつかは乗り越えて欲しいという願いを込めて止めはしなかった。
「…… ぐす…… 」
中盤から箱ティッシュを抱えて涙を拭きながら見ていた菜のはは、ラストには俺の袖を掴んで大泣きする始末。 感動のラストで面白い作品なんだけど、菜のはにはまだ早かったと後悔する。
「お兄ちゃん…… 」
「わかったよ、今日は一緒に寝てやる 」
風呂は朝に入ればいいと菜のはを説得し、明日は学校があるからと早めにベッドに入る事にした。
「ねぇお兄ちゃん、ママももしかしたらあんな風に思ってるのかな? 」
腕を絡ませて俺の肩に顔を寄せる菜のはは、ボソッとそんなことを言う。
「ありがとうって? そうだな、そうかもしれないぞ? 」
さりげなく菜のはをなだめて頭を撫でてやる。 気持ち良さそうに目を閉じた菜のはは、やがて小さな寝息を立て始めた。
「ありがとう……か 」
死後の世界なんてあるわけがないと俺は思ってるけど、家族を残してがんで亡くなった母さんはどう思っているのか、知れるものなら知りたいとは思う。 楓ならそれに近い状態だったのだから分かるんだろうか……
菜のはが眠ったのを見届けて俺も目を瞑ると、午前の講習が効いているのかすぐに眠気が襲ってくる。 明日から星院祭の準備が始まるから菜のはの迎えには行けなくなるなぁ…… 当日はどうしようか…… そんなことを考えながら俺も眠りについた。




