15話 星院祭に向けて
「お兄ちゃーん、まだ寝てるのー!? 」
微かに聞こえた菜のはの声と、腹部の圧迫感で目が覚めた。
「起きてよ! 遅刻しちゃう! 」
薄目を開けると、制服姿の菜のはが俺の上に跨ってユサユサと体を揺すっていた。 時計を見ると7時半を過ぎた頃…… うわっ! ヤバっ!
「きゃう!? 」
遅刻ギリギリの時間に、慌てて飛び起きて菜のはを掛け布団でサンドイッチにする。 昨日は夕方までソファで寝ていたせいで、夜はベッドに横になっても中々寝付けなかったのだ。 コイツのせいだ! と、ぐるりと部屋を見渡して楓を探す。
「あ…… そっか 」
寝坊する原因になった楓は無事に体に戻ったんだっけ。 幽体でいる筈がないよな。
「何が『あ…… そっか』なの? 朝ごはんできてるよ 」
「ん、ああ。 ありがとうな、菜のは 」
モゾモゾとベッドから這い出てきた不機嫌そうな菜のはに愛想笑いをするけど、のんびりしている時間はない。 パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ散らかし、ワイシャツに腕を通しながら俺は洗面所へとダッシュした。
「珍しいね、お兄ちゃんが寝坊するなんて 」
菜のはが用意してくれたトーストをしっかり食べて、俺達は通学路を小走りで進む。 朝ごはんを抜けば走らなくてもいい時間ではあったんだけど、海上保安庁に勤める親父の影響で小さい頃から朝食はしっかり食べるのが我が家のルールだった。
「昼寝なんて似合わない事するからだよ。 どうせ寝れなかったんでしょ? 」
仰る通りです。 迷惑そうにツンとそっぽを向いてしまった菜のはに謝りながら先を急ぎ、いつもの場所で菜のはを中学校へと送り出す。
「帰りは迎えに来るからな 」
うん! といつも通りの笑顔で校門へと走っていく菜のはに安堵し、俺も遅刻しないよう星院東高校へと急いだ。 中道を行く途中で青葉と合流し、正面玄関で佐伯と藍の後ろ姿に追い付いて軽く朝の挨拶を済ませる。
「おはよう、燈馬! 珍しいね、寝坊でもしたの? 」
軽く息が上がっている俺に気付いた藍は小馬鹿にする視線を俺に向けた後、ハッと顔色を変えて周りを見渡していた。 楓を警戒してるのか? 俺が首を横に振ると、ホッと安堵のため息を漏らしていた。
「藍? 貝塚君もどうしたの? 」
「え? いや、なんでもないよ。 行こ! 予鈴鳴っちゃう! 」
「ちょっと! まだ上靴のかかと入ってないよ! 」
挙動不審の藍と俺を不思議そうに見ていた佐伯は、藍に背中を押されて階段を上っていった。
「なんかあったのか? お前ら 」
肘で小突いてきた青葉に、平然を装って何もないと素っ気なく答える。 そう、もう何もない。 いつも通りの毎日に戻る筈……
「おや、おはよう燈馬。 昨日はご苦労様 」
んげ!? 二ノ宮会長が上靴のロッカーの影から俺に声を掛けてきた。 この人は神出鬼没だな!
「お、おはようございます会長。 昨日はお疲れさまでした! 」
俺達の挨拶を聞いていた周りの女子達の殺気を帯びた視線が気になったが、とりあえず会長と朝の挨拶を済ませる。
「何事もなかったかい? 」
「え? まあ…… はい 」
何事も、というのは楓の事か? それとも俺が二ノ宮親衛隊に襲われていないかという事か? どちかは分からないけど、そう答えると会長は『それはよかった』と爽やかな笑顔を残して去っていった。
「なんだ? お前二ノ宮先輩と昨日会ってたのか? 」
青葉の何気ない一言が周りの女子の殺気を増幅させた。
「ばっ! 何もねーよ! 」
身の危険を感じて俺は慌てて階段を駆け上がり、自分の教室に逃げ込んだのだった。
星院祭という、この学校の一大イベントが秋から冬にかけて控えている。 超進学校ということもあってイベントがこの学校祭しかないけど、ハロウィンと開催日を被せたり各企業から協賛があったりと、一高校レベルでは難しいクオリティがあるのだ。
「今日の議題は、我が二年Aクラスの出店内容と執行委員の選抜、それと…… 」
終業のチャイムが鳴るなり、クラス委員長の阿笠が教壇に立ってクラスを取りまとめ始めた。 忘れてた…… 今日から週一回で星院祭のミーティングが放課後にあるんだっけ。 そっと内ポケットからスマホを取り出して菜のはに『迎えに行けないゴメンナサイ』とメールを送る。
「皆知っての通り、毎年二年生は模擬店での参加となる。 今年はホテルヨネクラさんと日の出食品さんから協賛があって、食材の提供と技術提供をしてくれるそうだ 」
ホテルヨネクラと言えば、ランチビュッフェやディナーバイキングも評判の有名ホテルだ。 日の出食品は食材が安い近場の庶民スーパーで、俺もよく買い出しに行く。 よくヨネクラが協賛してくれたなと考えると、二ノ宮会長と吹石副会長の顔がポンと出てきた。
「そこで、調理スタッフとホールスタッフを各10名ずつホテルヨネクラへ一日研修に出す。 希望者は手を挙げてくれ 」
次々に手が上がる中、俺は手を挙げなかった。 星院祭の準備は授業が終わった放課後に限られているから、菜のはを迎えに行けなくなるからだ。
「燈馬、アンタも手を挙げなさいよ 」
二つほど斜め後ろの席の藍が声を掛けてきた。 おお? 随分とやる気のある目をしてるぞ。
「いや、やめとく。 ってお前だって弓道の練習あるんじゃないのか? 」
「二週間後の大会が終わればしばらく大きな大会はないからさ。 年一のイベントなんだから楽しまなくちゃ 」
まあ一理ある。 けど俺は星院祭に菜のはを招待するつもりだし、裏方に回って当日は校内を案内したい。 と、藍はチョンチョンと廊下側の前の席を指差した。
「ふおっ!? 」
佐伯も手を挙げていた。 黒板を見ると調理スタッフの方に佐伯の名前が書かれている。
「近づくチャンスなんじゃないの? 紫苑は自分からあまり話しかけないタイプなの知ってるでしょ 」
確かに! 同じ調理スタッフになれば一緒にいられる時間も増える。 俺も料理は苦手ではないし……
「菜のはちゃんは任せなって 」
ボソッと呟いた藍の言葉に、俺の手は自然と上がっていた。
「貝塚もだな。 よし、これで決まりだ 」
俺が最後の一人だったようで、阿笠は俺の名前を黒板に書き始めた。 これで佐伯と少しでも距離が……
え……
『佐伯 調理スタッフ』
『貝塚 ホールスタッフ』
な…… なんですとおぉぉ!?




