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13話 王子様は迷わない

 お姉さんと思っていた女性は楓のお母さんだった。 かなり若作りなお母さんに案内されて階段を上り、楓の部屋のドアの前まで来た。


 「いいですか? 入っても 」


 「ええ、楓ちゃんにはお友達と呼べる人がいなかったものだから…… きっと喜びます 」


 お母さんの了解を得てドアを開けると、まず目に飛び込んできたのは楓がいつも身に付けている制服だった。 ハンガーに掛けられ、スカートの折り目は綺麗にプレスされている。 あまり飾りっ気のないシンプルな部屋の窓下に置かれたベッドに、楓は真っ白い顔で微動だにせず寝ていた。


 「…… 」


 何もいう事が出来ず、思わずドアの前に立ち尽くしている楓の幽体を見る。


 「そんな顔しないでよ。 死んでる訳じゃないんだから 」


 そっけなく言う楓に軽く頷いて、ベッドの上の楓の胸元を見る。 僅かに上下に動いているのを見て、やっと肩の力が抜けた。


 「お母さん、少し僕達だけで楓君と話をしていってもいいですか? 」


 ええ、と微笑んで答える楓のお母さんは、お茶を淹れてきますと階段を降りていく。 ドアを閉めベッドの側に寄り、楓の顔を覗くと左頬に大きなガーゼが貼られていた。


 「事故の時についた傷よ。 もう消えないってお医者さんが言ってた 」


 幽体の楓の表情はとても暗い。 きっと相当な傷がついてしまったんだと想像した。


 「戻れないのか? 」


 「…… 見てて 」


 楓は自分の体の上に浮遊して、体と同じ姿勢を取って下降し重ね合わせる。 しばらくそのまま時間を置き、上体を起こしたのは幽体だけだった。


 「いくらやっても体には戻れなかったのよ。 何度やっても同じ…… もうどうにもならないの 」


 力なく笑う楓に、俺は掛けてやれる言葉が見つからない。


 「楓君は? 」


 会長も心配そうにベッドの上の楓に視線を落としていたが、俺が説明するとそうかと目を細めていた。 ノックの音がして静かにドアが開く。 楓のお母さんが麦茶を俺達に持って来てくれたのだ。 トレイにはコップが3つ載っていて、もう一つは楓の分らしい。

 

 「ただ寝ているだけみたいでしょう? 体に異常はないのだけれど、意識だけが戻らなくてもう二年になるの 」


 娘を優しく見つめるお母さんに、楓はそこにいるよとはとてもじゃないけど言えなかった。 幽体の楓はお母さんの顔をじっと見つめ、目を潤ませて目を背ける。


 「ゆっくりしていってね 」


 お母さんは優しい笑顔を残して部屋を出て行った。


 「楓君、聞いているかい? 」


 ベッドの上の楓を見つめる会長は楓の頬に手を添える。


 「ショック療法を試してみないかい? 」


 「「へ!? 」」


 裏返った声で楓とハモってしまった。 頬に手を添えられて真っ赤な顔をしていた楓はそのまま固まっている。


 「ほら、白雪姫は王子様のキスで目を覚ますだろう? 昔からそういうショック療法はあるんだよ 」 


 いや会長、白雪姫は棺を担いだ家来が木につまずいた拍子にリンゴを吐き出して生き返ったんじゃないですっけ?


 「会長、心に決めた人がいるんじゃなかったんですか? 」


 「いるよ。 でも今の楓君にとっては僕が王子様らしい。 僕は彼女から告白を聞きたい…… 可能性があるのならそれもアリだと思っているんだ 」


 「%#@&#¥!? 」


 楓は既に言葉になっていない。 息をするのも忘れてんじゃないのか?


 「あ、楓は真っ赤になって固まっちゃってますけど 」


 会長に幽体の楓がどこにいるか聞かれ、俺の横にいますと指を指す。


 「いいかな? 」


 フッと微笑む会長は本気だ。 両手で口を覆い、コクコクと何度も首を縦に振る楓の様子を伝えると、会長は優しく微笑み返した。 イケメンって何をやっても絵になるなぁ…… なんか悔しい。


 「じゃあいくよ…… 」


 会長がスッとベッドの楓に顔を寄せると、幽体の楓は慌ててベッドの楓と重なった。 足が微妙にずれているのは黙っていることにする。


 会長の唇と楓の唇が触れるまであと数センチ…… 見ているこっちが緊張してくる。 あ! これって見てたら失礼なのか!? でも目が離せない! 会長は静かに唇を重ねた。


  うおぉぉ! なんか映画のワンシーンみたいでカッコいいぞ…… 会長すげぇ! あ!?


 「楓君、戻れた…… かな? 」


 ベッドの楓と幽体の楓の足の位置はずれたまま。 会長のショック療法でも楓は戻れなかった証拠だった。 が、俺は確かに実体の方の楓がピクッとしたのを見た。 これもしかしたら戻れるんじゃね?  


 「会長! 今楓の体が動きましたよ! 」


 「本当かい!? 」


 会長は今度は少し荒々しくキスをした。 うげっ! 楓のヤツ体が浮いてきてピクピクしてるぞ。 念願叶ってそのまま昇天しちゃうんじゃないだろうな……


 「楓君、楓君! 」


 会長も実体の楓が反応したことに気付いたみたいだ。 少し体を揺すったりもしていたが、肝心の楓は幽体のままフヨフヨと放心状態になっていた。


 「楓! そんなとこに浮いてる場合じゃねぇぞ! 二ノ宮会長の気持ちを無駄にすんな! 」


 と言ってみたが、楓はとろけるような目で放心してて俺の声は届いていない。


 「燈馬、頼みがある 」


 会長はいつにもまして俺にカッコいい目線を向けていた。 嫌な予感しかしない…… この流れ、きっとこう言うに違いない!


 「君のキスなら戻せるんじゃないか? 」


 やっぱりーー! 


 「いや! 会長で無理なら俺になんか無理ですって! 」


 「そんなことはないだろう? 考えてもみてくれ、どうして楓君はわざわざ面識のない君の所へ助けを求めに行ったんだい? ただ僕に想いを伝えるだけなら、僕の夢枕に立てば良かっただろう 」


 うっ…… 正論です。 いや、でも俺関係ないし、紫苑って好きな人いるし!


 「君には楓君を救う力があるんだと僕は思うんだよ。 他人には出来ない、君だけの力がね 」


 なにその『君は勇者で世界を救えます』的な設定! それならもっとカッコいい冒険物にしてくれ!


 「君にしか出来ないんだ! 僕からもお願いする、楓君を救って欲しい! 」


 俺…… なのか? 真っ直ぐに見つめる会長に、楓を救うことが出来るのは俺しかいないと思えてくる。


 「会長、でも俺キスしたことないですし…… 」


 やり方は知っている。 さっき目の前で見たし、それ系の動画も漫画もいっぱい見てきた。


 「上手にスマートになんて考える必要はない。 燈馬は燈馬のキスをありったけの気持ちを込めてすればいいんだよ 」


 ポンと力強く肩を叩かれて、俺はすっかりその気になっていた。 楓を救えるのは俺しかいない……


 「頼んだよ 」


 俺は会長に強く頷いて立ち位置を代わり、楓の顔に近づく。


 「ちょ!? ななななにをしようとしてるのよ!? 」


 我に返った楓の言葉は、俺の心臓の音に掻き消されて囁きにしか聞こえなかった。


 「蒼仁先輩の神聖なキスが消えちゃうじゃない!! やめて! やめてー!! 」


 目の前で腕をバタつかせる楓なんて気にしない。 俺は楓を救うんだ…… 俺は勇者だ! 楓の唇まであと数センチ…… 俺は目を閉じて唇を重ねた。


 「いやああぁぁぁ!! 」


  ゴス!


 脳が震えるような衝撃…… これがキスの味なのかと思ったのも束の間、俺の意識は暗闇の中に吸い込まれていった。

 





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