11話 逃げられたのですが
「あれ…… 君は燈馬かい? 」
「え! あ! は、はい! 」
しまった、という顔で二ノ宮会長は額に手を当てる。
「これからが大事な話なのに、どうして逃げてしまうかな…… 」
「あの、二ノ宮会長。 会長は楓の事を知っているんですか? 」
「直接会った事はないけどね。 鳥栖の身内が事故に遇われたというのを姉から聞いたことがあるんだ。 確か2年前…… 今もベッドの上で療養中だとか。 君の昨日の話でピンときてはいたんだよ 」
多分楓の事だ。 やっぱりアイツ生きてるんじゃねぇか……
「会長、アイツはもう自分の体に戻れないって言ってました。 そんなに酷い状態なんですか? 」
「調べさせよう 」
そう言って二ノ宮会長はスマホを構えた。 『僕だ』と電話に出るなり、端的に用件を伝え始める。 相手は…… 秘書? 執事? よくドラマで見るデキる男の図に、男ながらカッコいいと思ってしまう。 いや、二ノ宮家ってどんだけなんだ?
「すぐに折り返し連絡が来ると思うから、少し時間をくれないか? 」
はい、と答えて腕時計を見る。 やべ…… 間もなく12時。 菜のはには昼には戻ると言っちゃったんだよなぁ。
「うん? 何か急ぎの用事でもあるのかい? 」
表情で二ノ宮会長に悟られてしまった。
「いやあの、妹に昼には戻ると言ってきたもので…… 」
「そうか、君はシスコンで有名だったね 」
有名って…… 俺の事もしっかり調べられてるし。
「それじゃ妹さんも一緒にお昼をどうだい? 生徒会も午前で切り上げるつもりだったし、この後みどりと昼食を約束していたんだ 」
「いや、お二人のお邪魔をしても悪いじゃないですか! 」
楓の事は気になるけど、あまり会長とお近づきにもなりたくないというのが本音だ。
「私は構わないわよ? 蒼仁の話っていつも心理学よりになっちゃってつまらないの 」
「おわっ!? 」
忍者かよと思うくらい気配がなく、いつの間にか戻って来ていた吹石副会長にビックリした。 傷つくなぁ、と会長が言うと副会長はクスクス笑ってペットボトルのお茶を用意してくれた。
「自慢の妹さんとぜひ一緒にお昼ご飯を食べたいわ。 高校生? 」
「中学三年です。 自慢できるほどの妹ではないですけど…… あの、もう一人連れてきてもいいですか? 」
俺は家で菜のはの面倒を見てくれている藍も誘ってみることにした。 藍とどこかに出かければいいと言うのなら、このお誘いもアリだろうし菜のはも納得するだろ。 会長と副会長の了解を得て菜のはと藍に連絡すると、電話口で藍はパニックになっていた。
「ちょっと燈馬! どどどどういうことなのよこれ! 」
待ち合わせのレストランに着くなり、藍は既に浮かれまくっていた。 藍が浮かれているのは二ノ宮会長ではなく吹石副会長の方だ。
「はじめまして、かな? よろしくね楠木さん 」
「は…… はい、よろしくお願いします! あの…… ずっと…… 」
聞けば藍は女として吹石副会長に憧れていたのだという。 夢みたいだと俺の襟を握りしめて振り回し、吹石副会長の顔を見て呆ける。 まあ吹石副会長の人気は男女どちらにも高いし、藍が取り乱すのも分からなくもない。 俺ら凡人じゃ接点ない人だもんな。
「君が燈馬の妹さんだね、初めまして。 3年の二ノ宮蒼仁と言います 」
「初めまして! 兄が大変お世話になっております。 貝塚菜のはです 」
ほぉ…… 菜のはってばしっかりとした挨拶出来るのね。 お兄ちゃんちょっと感心しちゃいました。
「キャー可愛い! しっかり者だし笑顔可愛いし! ねぇ燈馬君、私にちょうだい! 」
副会長は菜のはに挨拶するなりギュッと胸に抱きしめる。
「ダメですよ、菜のはは誰にもあげません 」
「ケチー。 ねぇ菜のはちゃん、私の妹にならない? 星院高生徒会特権もいっぱいつけるわよ? 」
胸の中であたふたと顔を赤らめる菜のはを見て、副会長は更に可愛いと抱きしめていた。
「いい加減にしてくれみどり。 いつまでも中に入れないじゃないか 」
二ノ宮会長がそう言うと、副会長は菜のはの手を取ってレストランへと入っていく。 ウマヤラシイ…… じゃなくて、菜のはもあまり警戒しなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「すまないね燈馬。 彼女があんなに誰かを気に入るのも珍しい事なんだ、勘弁してやってくれ 」
俺はいいけど、藍は…… と様子を伺うと、藍も諦めたように苦笑いをしていた。
「さあ、僕達も入ろう。 好きな物を食べていいからね 」
「ありがとうございます会長。 あの…… 楓の事は…… 」
「菜のは君には話さない…… 分かってるよ。 そんなことをしたら僕が君に嫌われてしまう 」
会長は俺にウインクをして先にレストランの入口へと向かっていった。
「良かったじゃない、イイ人ができて 」
ジト目でニヤける藍がムカつく。
「お前は二ノ宮会長は別にいいのかよ? 」
「ウチ? ウチはみどり先輩と話せただけで幸せだもの。 それよりも、みどり先輩の前で余計な話はしないでよね 」
「余計って? 」
「なんでもない 」
そう言って藍もレストランへと入っていった。 恥をかかせるなってことだろ? わかってるって。 二ノ宮会長の奢りということもあって気は引けるが、せっかくのご厚意なのでありがたく頂戴することにした。
話は弾み、気が付けばもう陽が傾いていた。 藍は弓道の稽古があるからと先に帰り、俺と菜のはもそろそろお暇しようと席を立った。 二ノ宮会長と吹石副会長は少し仕事の話をしてから帰るという。 生徒会の仕事は俺達が思うより大変らしい。
「良かったな、いい人達で 」
菜のはと肩を並べて家路をゆっくり歩く。 うん、と答えた菜のはは副会長にもみくちゃにされながらも、パフェやらケーキやらをしっかりと頂いてご満悦のようだ。
「生徒会長さん達とお知り合いなんて凄いね、お兄ちゃん。 でも何の用事だったの? 」
「ん? ちょっと昼メシに誘われただけだよ 」
「制服で? 午前中から? 」
楓の事も二ノ宮会長に告った事も菜のはには話していない。 うーん…… 困ったな。
「実はな、生徒会に誘われてるんだ 」
「えー! お兄ちゃんが星院東の生徒会? 似合わないよー! 」
笑いながら全力否定するのも妹ながら失礼だな。 まあ誘われても生徒会に入る気は更々ないけど。 途中、二ノ宮会長は何回か席を外し、別れ際に後で連絡すると笑顔だった。 多分楓の所在が分かったんだろう。
もう少しであの生霊から解放され、平穏な日常が戻ってくる…… そう考えていた俺は甘かったのだった。




