境界のリンカーネーション 4話 縁
境界のリンカーネーション
4話 縁
色々とずれた冒険者の対応を終えたドレアは丁寧に見送った後、ようやく息を吐き出した。
慌てて、次いで顔色を変えて戻ったミホットを心配して交代したが、自身のその判断が間違っていなかったことに胸を撫で下ろしたことが1つ、そしてもう1つが――
「……ふう。名前を聞いた時の反応は肝が冷えたが、どうにか無事に終えられたな」
それは名を尋ねた時のセイの雰囲気が明らかに変わったからだ。
それも良くない方向に。
ドレアの経験上、こう言った反応を返すのは先ず間違いなく過去にやらかした人間なのだが、同時にセイが純粋な悪人ではないとも告げていた。
「妙な男だ。名を聞いた時は殺気すら感じたってのに、名前も知らねえ筈のミホットの体調は気遣う。体が目当てって訳でもないみたいだし……そうなるとお人好しとしか思えねえ。なのに脛に傷を持ってるってのは……初めて見るタイプだな」
どちらにせよ、過去の調査は必要と判断し、早速組合長に掛け合おうと戻って行った。
「こちらはいかがでしょうか?」
「……もう少し動きやすいのでお願いします」
一方組合を出た後、セイは紹介された衣料店でグッタリしていた。
最初は何度言っても似たような物ばかり持ってくる店員にウンザリしていたのだが、少し強めに自身の要求を告げた店員が今度はそのニーズを満たしつつも拘りを見せ、結果着せ替え人形のようにとっかえひっかえさせられていたからだ。
(これならさっさと店を出るんだった)
そう思うが後の祭りであるセイは徐々に気力が萎み、最終的には持ってこられた物に袖を通すマシーンとなる以外に成す術が無かった。
「これが! これこそが当店自慢のコーディネートでございます!」
その後も着せ替えごっこは続けられ、されるがままだったセイを待ちに待った言葉が現実へと引き戻した。希望の言葉に我に返ったセイの瞳にハイライトが戻る。
しかしそれは束の間見えた光明に過ぎなかった。
ここに来ての数年でファッション欲とでも言おうか、兎に角年相応に持っていたファッションへの渇望や感覚など当に消え去って久しいセイですらこれはないと言う出で立ち。
一度は戻ったハイライトが再び活力を失いつつある中、自身満々に服とそのファッションセンスを自画自賛する店員に、冷ややかな視線を浴びせ続ける。
「如何です? 当店の、私のコーディネートは! 素晴らしいの一言で――あ……」
反対に熱を帯びた口調で尚も自身への賛辞を垂れ流していた店員がその視線を上へと上げる。そこでようやく全体像を把握したのか、恐ろしく冷静な顔に戻ると一転して白々しいまでの慇懃な態度へと変貌した。
「大変お似合いでございます。しかしながら、聊かサイズが合っていないご様子。直ぐに別の物をお持ちしますので今しばらくお待ち下さい」
「もうすこし、うごきやすいものを、おねがいします」
もしもセイがモデル並みか、そうでなくとも顔のないマネキンであったなら、似合っていただろう。しかし顔と言う余分なパーツがそれを許さなかったのだ。
優しさが痛みを伴うことを噛み締める時間を満喫したセイは結局かつてと変わらない出で立ちで店を出た。そうして手製のカッパを仕舞い込むと気を取り直して歩き始めた。
自身が思う以上の金を稼いでいたことは衝撃だったが、それ以上に疲弊していたセイはこれ以上歩き回る気に成れず、自然とその足取りはかつての塒へと向かうのだった。
それからしばらくの時間、セイは歩き回ったが、かつての塒への道を見つけることはできなかった。その時見覚えのある看板を見つけたセイは必要になるものを先に調達しておこうとドアを開ける。
「あ、いらっしゃいませー」
しかし返ってきたのは記憶にあるおやっさんの声ではなく、それよりずっと若いが怠そうな声だった。
「…………」
「ん? なーにあんた冷やかし? あーあ、愛想振りまいて損しちゃった」
どうやら先程の気だるげな挨拶は愛想の内に入るらしい。それは兎も角、セイとしても用があったのは間違いないためそれを済ませようと気を取り直し、目当ての物を見繕って貰うべく口を開いた。
「いえ違います。実は依頼の際の必需品、食料や水、その他のアイテムを携帯するための物が欲しいんですが。出来るだけ動きの邪魔にならないような物で」
「ん〜? お客だったの? あるけど高いよ?」
「予算はこれだけ。これで見れる範囲でお願いします。ついでに幾つか防具、こちらは軽いのを優先した物をお願いします」
「……上客だ」
「何か?」
「んーん、何にも! あたし、アネル。君は?」
「…………セイ、です」
「セイくんかー。ここらでは全然見ないけど、最近来たのー?」
「ええ、まあ」
「ふーん。もしかして、先代目当てだったりする?」
「先代?」
棚の方を向いて品物を探していたアネルが見繕った物をカウンターに並べ始めた。
「そ。前の店主。腕は良かったんだけどねー。火薬の取り扱いで事故ったらしくてさー。怪我は治ったんだけど鎚が握れなくなったんだって。それで店を畳むって言うからあたしが買い取って続けてんのー。でもぜーんぜんお客が来てくれなくってさー。皆あたしを見たら帰っちゃうんだー。失礼しちゃうよねー、こーんな可愛い子を前にしてさー」
「そうでしたか。おやっさん、引退したんですね」
「セイくんもやっぱり帰っちゃう?」
「? まだ何も見てませんよ?」
「あ。だ、だよねー! はいこれ! これなんかおススメだよー」
そう言うとアネルは一つだけ作りの違うベルトを取り出した。他の幾つか似通った作りの物とは違い、これには何処か遊び心がある。幾つか留め具が設けられており、更に良く見るとそれぞれにアタッチメントを付けられるようになっているようで、それがセイの子供心を擽った。
「これは?」
「これはねー、実はあたしの手作りなのだー。装備にもよるけど、背負うのは色々と邪魔でしょ? 確かに容量は少なくなるけど、やっぱいざと言う時動けないと危ないじゃん?
その点これなら邪魔にならないと思うんだー。それにこれは結び方次第でバリエーションが出せるから、べんり……」
「幾らですか?」
「え?」
「買います。幾らですか?」
「いいの?」
「理想的です。これなら他の装備の邪魔にならずに済むし、何より動きを阻害しないのが気に入りました。これを下さい」
「あ、えへへ。まいどー!」
まだまだ予算には余裕があったが、持ち越す気のないセイはそれが許される範囲で装備の充実を図る。勿論必要な物を、だったが。そのお蔭か、アネルに気に入られたセイは少し割引をして貰い、それが今までボッチで過ごしてきたセイの琴線に触れ、逆にアネルを引かせているのだが、対人スキルが異様に下がったセイが気付くことはない。
早速購入したベルトを装備し、他の武器も身に着ける。武器が増えた分重量は上がっているのだが、ベルトのお蔭でそこまで気にならない負荷にまで抑えられていた。
「ありがとうございました、アネルさん」
「まいどー。でもさー、そんなんでホントに良かったのー? セイくんくらいならもっと大きい武器を使った方が効率いいんじゃない?」
「そうでもありません。俺にとって重要なのは身軽さなんです。大きい武器はそれだけデッドウェイトになりますから、武器としてはこれがベストでしょう」
「んーそっかー。あ、じゃあさ、今より軽い武器ならいいんでしょ? こー見えてわたしってば鍛冶も大したもんなんだー。だからさ、わたしが作った物を試してくれないかなー?
テストをお願いする訳だから、少ないけど報酬も出すよー? 割引とか……」
「いいんですか!? 是非、是非お願いします!」
「え? ああうん……それなら依頼の帰りとかに寄ってくれるー?」
「勿論です! それじゃまた!」
「はーいまたねー。……いっちゃった。割引受けるにはウチで買うしかないんだけど、ホントにいいのかなー。絶対突っ込まれると思ったのに、あの反応はなー、罪悪感がなー」
頭を掻きながらセイを見送ったアネルがそう独りごちる。が、直ぐに気を取り直すと店の中へと引き上げて行った。
「まーいっか! 正直でいたからってお金が降って湧く訳じゃないしねー。いやー久々に売れたお蔭で今日はちょっと贅沢できそうだなー。ワインも付けちゃったりして!」
ほくほく顔でドアの立て掛けを引っくり返すと、戸締りを済ませたアネルは市場へと向けて歩き出すのだった。




