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21 誘拐犯

 アンティークの大きなデスクの上に、埃をかぶった古いパソコンがあった。

 サキがデスクの前に座ってパソコンのスイッチをオンにすると、ポワンと、パソコンが起動する音が書斎に響く。

 霧島は旧式のパソコンの遅さにイライラして煙草に火をつけた。


 サキが脅迫状にあるURLのアドレスを間違えないように注意して打ち込むと、「みんなでチャット」という無料チャットが立ち上がった。モニターに、地域や年齢、趣味などに別れた部屋のリストが現れる。チャットの数はざっと見ても百以上はあった。


「どこに入る?」

 サキがその部屋数の多さにうんざりして訊くと、霧島は脅迫状を見て答えた。

「ルーム、四十四だ」

「四十四と……あったよ」

 ルーム四十四は現在の参加者の数が1になっている。誰かが中にいるということだ。

 ルームナンバーをクリックするとパスワードを打ち込む画面になった。

 霧島がアルファベットをよみあげる。

「パスワードは、K・I・D・N・A・P、キッドナップ。誘拐という意味だ」

「ちぇっ」サキが舌打ちした。「随分と舐められたもんだね」

 ふてくされながらもサキはパスワードを打ち込んで、チャットルームへ入った。


『サキさんが入室されました』 十一日、十七時二分


誘拐犯「ようこそ。待ちくたびれたよ」


 チャットにサキが入室するやいなや、誘拐犯が書き込んだ。

 サキは振り向いて、指示を仰ぐように霧島を見つめる。霧島が会話を続けろと指示し、サキは誘拐犯を相手にチャットを始めた。


サキ 「おまえは誰だ?」

誘拐犯「誘拐犯だよ。書いてあるだろ」

サキ 「空と翼は無事か?」

誘拐犯「今のところな」

サキ 「おまえがふたりを誘拐したという証拠を見せろ」


 画面に、空と翼が目隠しをされて縛られている写真が映る。


「この野郎。ふざけやがって!」

 写真を見てサキは怒鳴った。

「挑発に乗るな。チャットを続けろ」霧島が静かな声で言う。

 サキは唇を噛みしめて、モニターの先の卑怯な犯人を睨みつけると、声を聞かせろと、タイプを打った。

 すると、突然、リビングで家の電話が鳴った。

 サキは霧島と顔を見合わせる。霧島がうなずき、サキはリビングで電話に出た。


「特別大サービスだ」

 間延びした低い声が受話器から聞こえた。パソコンで声を加工している。

 チャットでは実体がなかった犯人に血がかよい、サキは鳥肌がたった。

「空を出せ」

「待っていろ。今、声を聞かせてやる」

 受話器の先で、がさごそと音がする。

 霧島が紙に『録音できるか?』と書いた。

 サキはうなずいて録音ボタンを押す。

 しばらく、受話器の向こうでごぞごぞ音がした後に、空の声が聞こえた。

「サキ、ごめんなさい」

「空、大丈夫か? 翼も一緒か?」

「はい。翼君も一緒です。僕らは平気です。どこも怪我をしていま……」

 突然、電話が切れた。


「ちっ、切りやがった」

 サキは悔しそうに舌を鳴らす。

 だが、普段と変わらぬ空の声を聞いて、サキは少しだけほっとしていた。

「こっちへ来い」

 先に書斎にもどった霧島がパソコンの前でサキを呼んだ。

「やつは、チャットを続けているぞ」

 霧島に言われて、サキは急いでデスクの前にもどる。


誘拐犯「これでわかっただろう。素直に従え。翼の母親とおまえが金を運べ。

    明日の夜八時に車で木場のサイトーヨーカドーへ行き、下着売り場で待て。

    警察を見かけたり、GPSを使ったりしたら取引はすぐに中止する」

サキ 「無理だ。時間がない。親が海外に行っていて金の工面が出来ないんだ」

誘拐犯「だめだ、取引は明日の夜だ。金が用意できなければ子どもが帰らないだけだ。

    翼の母親にはピンクのシャツを着せろ」


『誘拐犯さんが退室しました』 十一日、十七時二十八分


 白く輝く画面に、誘拐犯の退室を知らせる文字が浮かんだ。


「くそ、言いたいことだけ言って落ちやがった。この家のどこに二千万あるって言うんだ」

 サキは拳を握って机を強く叩いた。

「翼の両親に会ってくる」

 霧島がジャケットを掴んで玄関に向かう。サキは慌てて椅子から立ち上がって、霧島を追った。

「あたしも行くよ」

「すぐに特殊班の人間をよこして調べさせるから、おまえはここで俺の電話を待っていろ」

 サキは不安そうな顔で霧島を見つめた。

「俺に任せろ。必ず連絡する」

 霧島はサキの頭に手を当てると、軽く二回叩いてから乱暴に撫でた。


 独りになると次から次へと悪いことがサキの頭に浮かんだ。サキにとって自分が痛めつけられるよりも愛するものが危険にさらされていることのほうが辛い。サキは愛する者を失うことにいつも怯えて無意識に人との距離をとっていた。友人や家族。それは、自分はどんな目にあっても泣き言を言わないサキの最大の弱点だった。


 急に隼人の声が聞きたくなった。隼人はサキの心をいつも穏やかにさせる。

 サキは隼人に電話をしようとして、すぐに受話器をもどした。隼人が秋葉原のアニメのイベントに行くと言って、授業が終わると同時に急いで教室を飛び出したのを思い出したからだ。


 サキは大きく一回深呼吸をすると、目をつむって心を落ち着かせた。今、出来ることをしよう。乱されてはいけない。自分に出来ることをひとつひとつ、やってみるしかない。


 ふと、犯人の要求に違和感を覚えたサキは、麻生の書斎へもどった。

 麻生が調べ上げた数々の事件のファイルをひっぱり出してみる。翼の家で起きた事件、父が警察を辞めることになっても調べ続けたこの膨大な資料の中に何かヒントがあるかもしれない。見つけたい物のあてのないまま、サキはその何かを探し始めた。

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