20 事件の発覚!
「大変です。たった今小学校から連絡があり、また少年が消えました」
電話に出た女の刑事が、捜査本部中に響き渡る大きな声をあげた。昼飯を交代で取った捜査員が全員、捜査本部にもどってきたころのことだ。寛いでいた捜査員たちの間に緊張が走り、和んでいた空気が一変した。
「消えた少年というのは、麻生空じゃないだろうな?」
霧島が鋭い視線を女刑事に向けて怒鳴った。
「麻生空です」
女刑事は顔を曇らせて悔しそうに答えた。
捜査本部にいた全員が、愕然として言葉を失う。
「やはり、狙いは元首相の孫だったってことか?」
若菜が口火を切った。
「犯人は佐藤翼と麻生空を間違えたのか?」
「いや、まだそう断定するのは危険だ」
「学校関係者にも注意を促していたはずだ。いったいどうやって学校から拉致したんだ?」
刑事たちは動揺して憶測が飛び交う。
「いなくなったときの状況は?」
霧島がひとり落ち着いた声で、女刑事に質問した。
「給食を食べたあとすぐに姿を消したようです。給食後に空君を見たものはいません」
「学校の出入り口は正門と裏門の二カ所で、どちらにも防犯用のカメラが設置されており、録画もされています」
若菜が説明をしながらホワイトボードに学校の見取り図を書く。
「吉岡、すぐに録画された映像の手配をしろ」
霧島が女性の刑事に指示し、吉岡は返事をすると共に受話器に手をかけた。
「裏門は常に閉じられていて、大きなものを搬入するとき以外は門に鍵がかかっています」若菜は説明を続ける。「正門も九時を過ぎると閉められて関係者以外は出入りできません」
「正門と裏門以外からは侵入する方法はないのか?」
霧島が訊いた。
「裏庭の塀が壊れていますが、おとなが出入り出来る大きさではないです。塀や門も乗り越えることが出来ないので、犯人がカメラに映らないで校内に侵入することは不可能です」
「よし、一班は学校付近の聞き込みをしろ。不審な車が止まっていなかったか、怪しい人物を見かけなかったか、目撃者を探せ。二班は学校内の捜査だ。児童を中心に話を訊け」
霧島が怒りをあらわにして声を荒げると、刑事たちは慌ただしく部屋を出ていった。
* * *
サキは時間を気にしていた。掃除当番だったうえにエリカにつかまってしまったのだ。
ボーイフレンドのひとりが弁護士で、iPS細胞の汚職事件で自殺した佐伯の弁護士の助手だったという話を延々と聞かされて帰るのが遅れた。もう、とっくに空は家に帰っているだろう。若菜がいるから心配はないが、なるべく一緒にいてやりたい。すでに四時半を過ぎている。校庭から時計台を見上げて、サキは自然に足を速めた。
スーパーにも寄らずにまっすぐうちに帰ると、霧島が家の前で待っていた。
サキと目が合うと、霧島は煙草をもみくちゃにして携帯灰皿へ乱暴に突っ込んだ。
「今日は随分と早いじゃん。中に入っていれば良いのに」
サキは霧島に話しかけてポストを開けた。
「空がいなくなった」
ポストに左手を入れたまま、サキは眉間にしわを寄せて振り返った。
「いつ?」
「昼休みの間に忽然と姿を消したらしい」
「どういうことか説明しろよ」
サキはポストの中から郵便物の束を掴むと、厳しい口調で霧島に詰め寄った。
「学校に設置されている防犯カメラの映像には不審な人物は映っていなかった。もちろん、空もだ。現場を検証した若菜の報告では、裏庭の塀の一部に壊れている場所があったが、おとなが出入り出来る大きさではない。犯人がカメラに映らないで校内を出入りすることは不可能だ」
「じゃあ、どうしていなくなったんだよ」サキは霧島にくってかかった。「翼といい、空といい、警察はちゃんと調べてるのか!」
「空が学校に着いてから消えるまでの間、誰も表門の防犯カメラに映っていない。裏門は給食の車が一台だけ映っていたが、空がいなくなった時間にはまだ校内にあった。学校周辺でも、怪しい人物や車は目撃されていない」
霧島が表情を変えずに冷静に答えたので、サキも気を静めて声のトーンを下げた。
「魔法みたいに空が学校から消えるわけねえだろ。まだ学校にいるんじゃねえの?」
「校内を隅々まで警察と教師とで探したが、空は見つからなかった。警察は内部の犯行の可能性も考えて学校の職員をすべて洗っているところだ」
親しい者を再び失うという恐怖がサキの心を乱す。サキは動揺を隠すように郵便物に視線を落とした。
差出人をざっと見て、震えている手で目を通したものから後ろにまわしていく。突然、サキの手が止まった。ゆっくりと封筒を裏返して差出人の名前を見る。サキの目が大きく開いた。
「どうやら、あんたの出番らしい」
一回大きな溜め息をつくと、サキは見つめていた封筒を霧島に差し出した。
白い封筒の表には何も書かれていない。霧島が封筒を裏返すと、差出人の名を書く場所にありふれた字体で「誘拐犯」と印刷されていた。
「開けるぞ」と言って、霧島はサキの返事を待たずに封を開けた。
『子どもをふたり預かった。明日の十九時までに旧札で二千万円を用意しろ。
これからの連絡はネットを使ってチャットで行う。次の連絡を待て』
印刷された文章に続いて、連絡用のチャットのURLとパスワードが書かれていた。
「犯人が見ているかもしれない。中に入れ」
霧島の言葉に従って、サキは素早くドアを開けると部屋に入った。左右を見渡して霧島もサキに続く。
「ふたりはやっぱり誘拐されたんだ。二千万なんて金、うちには無理だ」
サキは両手で頭を抱えた。
「へこんでいる暇はないぞ」霧島が厳しい口調で言った。「パソコンはあるか?」
「化石みたいなパソコンでよければ、オヤジの書斎にある」
「このアドレスにアクセスしてみよう」
サキは力強くうなずいて、霧島を麻生の書斎に案内した。
泣き言を言っている場合ではない。出来ることをやるしかないのだ。空を絶対に救いだす。
サキは自分にしっかりと言い聞かせていた。




